第65話 うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと

 棺の中の双子はへその緒で繋がれていた。

 2人とも、ここではないどこかを見続けている。

 1人は現実を、1人は夢を見て、互いは互いを補完し合っていた。


◆◆◆◆


 地下の大広間に巨大な焼却炉を創り上げた。

 排出される煙と匂いはマンションの内部を少々いじって通り道を作り外へと排出。その匂いと視覚情報はそれを隠蔽可能な能力を持つ者により市井からは隠す。


 こういう場では何かしら宗教色のある葬式を行うのが世の常だが、そうした色は無く、ただ、出棺に際し死化粧を施した遺体を棺に入れて希望者はそれに別れを告げたり一緒に焼いてもらう花を捧げるなどしていた。


 そして羽二重リンの棺の周りにも数人。

 その数人の中には武藤圭介と能登柚月ノトも含まれているのを棺の中から棺姫は観測する。

 焼却炉から離れた、いつもの位置から。


 ノトはボロボロと表情を崩して泣き、圭介は沈痛な面持ちで亡骸を見つめていた。

 それをいくらか無感動に眺める棺姫。


 出棺から焼くまでの手順は全て漆原に手配を頼んで手持ち無沙汰で。

 だから、少しだけ眠りについて夢を見る。


◆◆◆◆


 あの人の顔はよく覚えていない。

 何せこの世に自分の創り出された瞬間の出来事だ。

 それでも覚えているのは


「ああ……こうなってしまったか」


 という失望とも諦めともつかない声だった。


 その人物——寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマンは加えて独りごちた。


「彼は、どうするだろうか……果たして伝えるべきか……」


 その言葉の真意を知ることになるのは、それから少し先のことだった。


◆◆◆◆


 彼と初めて話した際、私は彼がただ私という存在を受け入れてくれるかどうかだけを心より心配していた。

 その時の私はすでに思考がハッキリしていて、邂逅の時はちょっと背伸びをするイメージで大人っぽい私の分身を作ることにした。


 そして、話して、多分楽しかったんだ。

 純粋に楽しかったのはその時だけだったかもしれない。

 その時は戦後間もなく、魔術師共が派閥に分かれ暗闘を繰り広げたその時代。

 世界はどこまでも残酷で、まだその時は生きるための基盤を築くのに必死だったけど、でも、多分楽しかった。


 それに安直だけど「ヒツギ」っていう名前をもらえて、誰かに贈り物をされるのは初めてだったから。

 そして、そんな争いの日々に一つの区切りがついて、計画に着手しようというその時、ある時から彼が私との話を露骨に避けるようになった。


 それがなんでだか分からなくて悲しくて、でも、もっと悲しかったのはある時彼が銃口を向けてきた。


 だから私は咄嗟に撃ち返してしまった。

 その瞬間の躊躇はなく、ただやってしまった混乱と戸惑いと後悔が後から押し寄せた。


 それもすぐに冷えていったけど。


 私は彼の娘の1人であり『外道者アウトサイダー』だったから。


◆◆◆◆


 理由がわかった。

 自分が計画のためには余計な存在だということに気が付いた。

 私が計画の邪魔をしていることに気が付いた。


 アマネがまるで目覚める気配が無いのは、どうやら私のせいだったらしい。


 私は本来、アマネの付属品でしかなかった。

 魔術師が自身の魔術を最も効率よく使うための道具と同じ理由。

 魔術師は自身の血縁者の骸を魔術の触媒や道具として使うことで効率を上げる。

 私は本来そのための存在で、人類の『外道者アウトサイダー』化の力を宿すアマネと、その補助具であるはずの私。

 だから、本当はアマネが目覚めて私が眠っていなきゃいけなかったんだ。


 それが、あべこべになっている。

 私の力が他のみんなより強力なのは死んだように眠るアマネの力が流れ込んできているから。


 それなら、私が死んで、力が流れ込んでくるのを遮断したらアマネは目覚めるかもしれない。

 それで、私の死体を彼女のために使えば、あるいは……


◆◆◆◆


 彼は、彼自身は毎回同じ自分だと言っているけど私から見れば彼は毎回かなり違う。

 だって今度の彼はどうすればアマネが目覚めるのか知っているのに、私を殺そうとしなかったから。

 それどころか一緒に逃げようとしてくれた。

 優しさを感じる。

 でも、私はその優しさを信じきれなかった。


◆◆◆◆


 酷く、冷たい気分になっていた。

 私の望むものは、おだやかな生活。

 私が望むのはおだやかな暮らしと未来。


 その全てが私の進む先には無い。

 もし、彼が女性との間に子供を作り、私とアマネが生まれたとしても、その私は結局はアマネの力を十全に作動させるための道具でしか無いのか。

 だから、私は本来なら意思を持つ必要なんて無かった人形のようなもの。

 それが、まかり間違って意思を持ってしまった。

 それが全ての間違いで、だから、それなら、私は生まれてきたくなかったんだ。


 そう思っていた。

 そんな折に、ある時、が彼を連れ去っていった。


◆◆◆◆


 棺をノックする音で目が覚めた。

 周囲を知覚してみると、漆原の存在を感じる。


「終わったぞ」


 周囲にすでに人影はなく、創ったまま残された焼却炉がタンパク質を焼いたわずかな異臭を流していた。

 漆原が「終わった」と言ったということは焼かれて残った骨と灰も全て片付け終えたということ。

 だから、焼却炉をその場から消すと、わずかに除ききれなかった細かな塵が宙を舞って天井の灯りで照らされキラキラと、都会の星のように光る。


 どんな存在も、死んでしまえばこんなものか——そんな風に漠然と虚しさを覚えたのはいつのことだったか。

 おそらく彼を初めて手にかけた後始末の際思ったのが初めてだったと思う。


 棺の上に分身を創り出して立ち、見下ろす位置で漆原と目を合わせた。


「今何時?」


「16時を回った」


「……そう」


 その、なんてことのないやり取りの後、彼は棺を載せた台座まで歩み、背中をもたれ、少しそのままに。

 なにか言いたげに迷い、口を開いて、


「ここ最近の出来事について。もう少し信用して欲しかったなと思ってな」


 独り言のようにこぼし始めた。

 それにどう応答したものか、探り、


「いや、いい。これはただの愚痴だ。おまえの説明つかない行動に説明がついたから納得はしてる。ある程度な」


 そう言って、手元の杖をいじっていた。


「武藤圭介が過去にやったことを思えば、どんな手を使ってでも敵に寝返らないようにするのは合理的……しかし、リンを犠牲にする必要があったとは思わない」


 漆原は別にリンのことが嫌いではない。

 向こうは嫌っていたらしいが、それとて可愛げのあるものだと彼は思ってる。

 真の嫌悪の行き着く先はいつだって積極的殺意だから。


「その辺り、俺とお前の価値の違いかもしれんが、俺はこんなことしなくても仮にこの先圭介が記憶を取り戻してもこの組織に居続けた目はあったと思う」


 ……そこは、同意しかねた。

 前の圭介と今の圭介とはやはり何もかも別人のようだけど。だからこそ危うい。

 漆原も前世までと今世で彼を全く別の人物として捉えている。その上で言っているのだからこの点は擦り合わせきれない価値観だ。


「万全を期すと言えば聞こえは良いが、結局どうやったってどう転ぶかは分からなかったってのが俺の推察。……横からグチグチ言ってるだけだがな。だから事前に相談して欲し……」


 少し、言葉を詰まらせた。

 何かひらめいたように。

 今は顔を見てないので感情を読めないが、


「……いや、違うな。もしかしてお前は、リンがあの女みたく圭介を連れ出すと思っていたのか?」


 そう言って、少し、棺の上の私を見上げるように首を動かす。

 角度的に顔は見えないだろうけど。


「正直言えば、かなり同情している。父親に殺されかけ、俺の前任者あの女に父親連れてかれ、だから、お前は結局、そういう諸々が積み重なってトラウマになってるだけなんだと思う」


 全く的外れだと否定できない私がいた。

 しかし、彼との付き合いはもう長く、いくらか気安くはある。だから意外と冷静に聞き取れた。感情の激昂もない。

 ……もう長いこと生きてきて感情の起伏も特定のシチュエーションを除きあまりないのもあるけど。

 それが、例えばノトには不気味に見えるだろうことは理解していた。


「ま、なんにせよ。あの女にはケジメを取らせる。そこは安心しろ」


 そう言ってあの黒衣の女を思い出し漆原は話を締めくくった。

 そして、私はため息をつく。

 漆原が振り返る。


「なんだ?」


「いや、別に」


 そう言ってしゃがみ込んだ。

 顔を合わせ、少し視線をズラす。


「……彼を前にするとどうも冷静になれない感じがする……それは置いといてさ、結局、アマネを目覚めさせるには私が死んで身体をアマネの魔術の補助具に変えるのが一番手っ取り早い」


「それは、嫌なんだろ」


「一応、私を性交を介して作り直してもらえばアマネが目覚めた状態で生まれる可能性はある。何せ未来にはいくらか不定性が含まれるわけで……でも、そんな低い確率に頼るわけにいかないのはわかってるし……今は殲滅部隊の残党とあの女の排除に注力しよう」


 どの道、連中を排除しなければ十中八九、邪魔が入る。だから排除する必要がある、この現状が、皮肉にも助けになっている気がした。

 目の前にやるべきことがあると、それに集中すれば良いから。

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