第63話 獅子身中の虫

 とっぷりと日は暮れて時計が夜半を告げる中、棺姫と漆原は代表者との打ち合わせを終えて対面で向き合っていた。

 テーブルを挟んでソファに座り、しかし元々6人用に用意された家具はその代表者4人を帰してしまえば空席の目立つ映画館に似ている。

 ここが空間として広すぎるのもその印象に拍車をかけるだろう。


 そして、


「『内通者』か……」


 漆原がそうやって先までの話を思い返す。


「実際、どれほどだと思う。それが紛れこんでいる可能性は……」


 棺姫に問うた。

 2人は待っている。圭介とノトを。

 彼らがすでに道を引き返してマンションの帰路へついていることは監視の情報から伝わっている。

 しかし、それまでいくらか時間があるだろうことを思い、暇を持て余していた。


「可能性ね……」


 長いソファの肘掛けに頭を預ける彼女。

 身の丈を寝そべり、棺姫はチラと漆原を見た。


——先ほどの代表者を交えた話、その内容は


 マンションの片付けと負傷者の治療についての報告。

 死者の火葬の日取りの打ち合わせ。

 最後に内通者がいるかもしれないという話の通達と対策について。


 大まかにはこの3件。

 ただ、


「さっきも言ったけど『内通者』って表現は誤解を招きやすいな。どちらかと言うと『工作員』の方がしっくりくる」


「重要か?それ」


「重要。『内通者』って言い方だと裏切り者がいるみたいだもん。順当に勝ってる側から裏切り者出るなんて馬鹿みたいじゃん……」


 ひとしきりそう言った。


「それで、話を戻すが——」


「——7割……いや、8割ってとこかな」


 虚空を見つめて言った。


「……ま、それぐらいか」


 漆原はひとまず自身の目算とズレが無いことを思い、納得。


 『内通者』、あるいは『工作員』。

 それがこのマンションの中へ紛れ込んでいることを2人は警戒していた。

 というより、敵である殲滅部隊が次なる手を打つとすれば、それが一番有効的という目算。


 この2人の頭に殲滅部隊がこれで引き下がるという考えはない。組織の恩恵を受けられず、かつ後続の部隊もいないという極端にアウェイな状況で、最低限の勝ち筋を揃え、正面から堂々挑んできた連中だ。

 そんな易い相手ではない。


「先の正面切ってのぶつかり合いは互いに相手の手の内を知り尽くさない状況での衝突だった。それで、順当にこちらが勝ったわけだけど、逆に手の内を知られた上で、それでいてまだかろうじて作戦が続行できる余力を残し逃げられた、とも言える……」


「……つってもあの状況じゃ削りを入れつつ逃げてもらうのが最善だった」


 いかなる戦争でも死兵——即ちもはや死ぬしかないと分かった状況で、命懸けで、自らの命を顧みず襲ってくる連中ほど恐ろしい者はいない。


 特に、これは静的現実というルールに則った分かりやすい闘争ではない。

 異能という、いわば相手が何をやってくるか全く読めない要素の絡んだ闘争だ。

 例えば自身の命を対価に大規模な殺戮や破壊を起こした例など世に腐るほどある。

 それで優勢が劣勢へひっくり返された例はいくらでもある。

 だから相手の手を探りきることは何にも勝り重要で、時には敵を追い詰めすぎず手を引くことも重要なのだ。


「……そうだね。それで、敵にアレと同規模の戦力をまた投じる余裕が無いことは明白。だとすれば搦手による削りや、暗殺を警戒する必要がある」


「その布石として敵が1番用意しやすいもの。先のぶつかり合いに紛れてこのマンションに罠を仕掛けておく……」


 この可能性は、それこそこのマンションを戦場とし、敵を誘い込む戦略を立てた段階で予想していた。

 しかし、敵の大半の戦力を確実に有利な戦場へ誘い込める点と、敵の行動を誘導できる点でメリットが勝ると判断。

 異能という、はたから見ればなんでもあり得る武器を持つ敵の行動を誘導、制限できるメリットは計り知れない。

 そして、敵が正面切っての勝利を諦めた場合、最も有効であろう手段が内通者、もとい『工作員』を送り込むこと。

 魔術など異能を持つ者であれば不可能な話ではない。超常を前提と考えるのならば常識的に考えてそれが可能かどうかよりも、それをやって相手が得をするのかどうかから推測を始めるのが鉄則。


「一応、戦闘中のカメラ映像は一通り浚ってさらってもらってる。今の所は何もないし、敵ながら上手くやってる。他のもっと良い作戦を用意したから何も仕掛けてないって可能性は否定できないが……」


「そう……隠しカメラで四六時中監視し続けるってのは……」


「無理だな。仕掛ける数を絞らなけりゃ人が足りない。このまま『工作員』がいる可能性を一部の者にしか公開しないならな」


痛し痒しいたしかゆしって感じか……」


 当面の対策として、単独での行動を禁じること——これは適当な理由を付け、なるべく全員に強制する。

 さらには先の話し合いに参加してもらった代表者含め一部の者に『工作員』の存在を知ってもらい、密かに捜索をしてもらう。


 『工作員』がこのマンションへ潜り込む手立てとして最も警戒しているのが『外道者アウトサイダー』の誰かになりすましているパターンだ。ちょうど何人かの死体が出た折で、『口』を操る魔術師との戦闘によりそもそも死体すら残らなかった者もいる状況。

 どさくさに紛れ誰かになりすますには絶好の機会。


 情報を明かし捜索員とする者を少数に絞るのは疑心暗鬼を防ぎ、かつ「捜索員=工作員」という最悪のパターンを防ぐため。


 そのためこの役を担う者にはをしてもらう。


「ま、ベストじゃないかもしれないが、ベターってところじゃないかね」


「んー、そうだね」


 そうして、2人の話はひと区切りついた。

 ヒツギは再び天井を見上げるように寝転がり、漆原はそんな彼女を見ていた。そして、そんな時間が長くは続かずスマホのコール音が反響して鳴り響く。


「俺だ」


 漆原がスーツのポケットからスマホを取り出し耳に当てた。そして、「ああ」と言ってしばらく、そして「分かった」と言って電話を切る。


「もうじき圭介とノトがマンションに着く。俺は……どうする、席を外そうか」


「ん、いや、いいよ。私が上に行って出迎える。もう少しここでくつろいでて」


「そうか……それで、大丈夫か?」


「……何が?」


「いや、いい。聞かなかったことにしてくれ」


 その言葉に忠実に、棺姫はなんの前触れもなくソファの上から消えた。

 それからしばらく、少し考え込むような表情を見せた座り込んだ漆原も後、さほど間をおかず杖を片手に立ち去った。


◆◆◆◆


 車は適当な場所で乗り捨てた。

 少し不用心だったかもしれないが、その辺りの問題はこのマンションを出た時から監視としてついてきた彼らに任せることにする。


 隣ではノトが歩いていた。

 周囲は行きでも通った城のようなホテルの建ち並ぶ通り。

 日中とは打って変わり、若い男女のペアがそこへと誘われるように入ってゆく。

 とはいえ、この光景もこの辺りで暮らしていれば見慣れたもので特に動揺するものでもない——と思っていたのは僕だけのようで、ノトは心なしかさっさと通り抜けたいようで早足になっていて、それに同じスピードでついて行く。


 そして、マンションのある裏路地の前へたどり着く。ここでようやく彼女が足を止め、少し、覚悟を決めるような顔をしていた。


「大丈夫?」


 話しかける。


「大丈夫。大丈夫だけど、よくよく考えたら棺ひ……」


 本名を知った今、少し呼び方を考えている。


「あの人に啖呵切って出てったから戻りにくいなって……」


「それは……それは、そういうこと言えるんなら大丈夫じゃない?」


 そう言って手を取り


「え、ちょ」


 引っ張っていく。

 さして抵抗もせず付いてくる。

 ちょっとだけ困ったような、嬉しそうな顔で。

 そして一階のエントランスの中。

 煌々と光の灯る出入り口を通ると、そのちょうど脇で椅子に座るヒツギの姿があった。


「おかえり」


 一言、彼女はそう告げて僕の顔を見ていた。

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