第59話 オラクル・アウトサイダー

 ノトはタバコを取ろうとした手を止め、少し考えた末に続きを促す目をした。


「この種族はね、元々1度目の僕から始まった。第二次世界大戦終結後、一面の焼け野原とコンクリートの残骸、そして混沌の中から……

——2度の大戦を観測した寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマンは人の行く末を悟ったらしい。だから、人がこのまま緩やかに滅びを迎えるため冷戦を経た核ミサイルの応酬とそれに伴う第三次世界大戦を未然に防ぎ、争いを減らした。

——同時に人類に成り代わる種を用意した。その時の僕は、計画へ報いるため血肉を分け与え『外道者アウトサイダー』を増やしたけど、それはすぐに限界が来た。だからドップマンは理想の未来から現人類を新人類アウトサイダーへ変える能力を持つ『外道者アウトサイダー』を創り出した」


「それが……棺姫?」


「そう。僕の不完全な能力を受け継いで、そして完璧なものとして扱える存在。それで……」


 これまで話したこと、これより話すことはすべて罪の告白に似ている。


「それだけでうまくいく可能性もあったんだ……ほんとはね」


「……上手くいくっていうのは……人類がみんな『外道者アウトサイダー』になるってこと?」


「そう。ノトがある日突然『外道者アウトサイダー』になったみたいに。全員じゃないにしろ大勢がそうなる予定だった。現状でも人間が突発的に『外道者アウトサイダー』になることはあるけど、今のままじゃ席に限りがある。現状は『外道者アウトサイダー』の総数が決まっていて、そのうちの誰かが死なないと突発的に現人類が『外道者アウトサイダー』になることは無い」


「……えっと、ちょっと整理させて」


 考えをまとめるため、聞いた要素を頭の中でまとめていく。


「要点だけ。圭介が始祖の『外道者アウトサイダー』で、寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマンに作られた」


「うん」


「それで、寧楽楪・ドップマンは現人類を『外道者アウトサイダー』にする計画を立てた」


 無言で相槌を打つ。


「そのために『外道者アウトサイダー』を圭介の能力で増やそうとしたけど、少ししか増えなかった。だから、寧楽楪・ドップマンはその能力を完璧に使える棺姫を創った」


「そう」


 疑問の残る顔。


「でも、棺姫って、そんな……人間を『外道者アウトサイダー』に変える力、持ってないよね。それは……えっと、能力が2つあって実は隠してるとか?」


 棺姫の能力は物質の創造。

 それ以外にもう1つ——という推測。


「いや、彼女……ヒツギには能力は1つ。ただ、にはもう1人いる」


「ん……?」


 質問を投げようとしてノトは気付く。

 圭介は棺姫を頑なかたくなにヒツギと呼ぶ。

 それはある種のニックネームだと考えていて違和感はなかった。

 でも、記憶が戻ってからも同じ呼び方をする。


 そして、圭介が「ヒツギ」と呼ぶ時、それは一個人の名を呼ぶ響きを含むが、圭介は先ほど、確かに「棺姫」と呼んだ。

 それは一個人の名と言うより一つの種族の名を呼んでいる響きを含んでいた。


「棺姫はね、未来から創られた存在だから、原則として他者の認知の中に姿を現すことはできない。だから常に棺の中で姿を隠す。そして、棺の中には2人いる」


「……2人?」


「双子なんだ。棺の中の彼女達は。姉のヒツギと、妹の天寧アマネ。そして、未だ眠り続けるアマネが現人類を新人類へ変える力を備え、その眠りを覚ますのがヒツギの目的」


「眠ってる……のは、なんで?多分、昏睡みたいな意味だよね」


「それは……推測だけど、この世の最高クラスの魔術で創られたとはいえ、所詮は魔術で、これは静的現実を歪めているだけ。だから完全にはうまくいかなかった。でも失敗の可能性を織り込んだ上で寧楽楪・ドップマンは魔術を行使した」


「……って言うと」


「保険をかけたんだ。さっき言ったよね。未来を今に落とし込むと、ある作用が起こるって」


「えっと……現在が、その落とし込まれた未来に誘導される……だっけ、でもそれが、つまり?」


「これは単純な話で、僕が子供を作るとヒツギとアマネがいつかは産まれる。通常、『外道者アウトサイダー』同士交配しても普通の人間しか生まれない。でも、寧楽楪・ドップマンが見た理想的な未来からヒツギと、アマネの2人の娘は連れてこられた。だから、いつかは生まれる可能性が高い。それが、僕が始祖の『外道者アウトサイダー』だからってのが理由なのか、その辺りはよく分からないけど……」


 しばらくフロントガラス越しにコンビニを見て話していて、それからノトの方を向くと、少し居づらそうな顔をしていた。


「ああ、ごめん、なんか、生々しい話で、」


「いや、いい。良いけどさ。でも、それだと棺姫の、『リンが亡くなって都合が良い』っていう発言が噛み合わない気がするけど……」


「そうだね。そう。……いつだったかな。何度目だったかは忘れたけど、ヒツギとアマネ、2人を棺ごと運び出して、他は全部放り出して一緒に逃げようとしたことがあって」


「え?」


「でも、その時は最後ヒツギに撃ち殺されたんだよね」


「……な、なんで?」


「さあ……分からない。でも、その時から、ヒツギのことがよく分からなくなったか……もしくは何か忘れているのか……だから、だから——」


 迷いの無い目で


「——僕は、戻らなきゃいけない」


 酷く、純粋な目で。

 ノトにはそう見えた。

 その裏ではおそらく迷いもあるのだろうけど


「すごいね……圭介は……」


 ノトは……自分の気質に嫌気のさす気がした。

 未だにこのまま現実逃避を続けたい思いを抱えている。

 どこにも行けないから、いつかは戻らなきゃいけないけど、でも、戻りたくない。


 それでも、圭介の意を汲みノトは車のエンジンスタートボタンを押し込み車がわずかに揺れ始める。


 車のギアをチェンジ。ハンドブレーキを外しアクセルを踏もうとして、


「ノトは……どうする?」


「どうするって……何が……戻るかどうかってこと?」


「うん、そう」


「それは……え?戻るしかなくない?他に行く宛て無いし」


「いや、実はそうでもない」


「……へ?」


「昔、昔さ。前の人生で、いざという時のためセーフハウスと当面の金、工面して隠してたことがあって、で、別人になっても問題なく使えるようにしてあるから、お金と不動産を渡すことはできる。しばらく生活に困らない程度の」


「え?」


「海外だから、現地の言葉覚えるまで苦労するかもしれないけど、戸籍は新しいの用意するツテあるし……一筆書けば良いから。筆跡で伝わるし」


「いや、でも」


「どうする?」


「……急に……」


 迷う。

 散々逃げたいと思っていても、逃げる勇気も自分には無かったのだと彼女は愕然とした。

 1人では逃げることすらできない。


 蜘蛛の糸を目の前に垂らされても迷っている。


「ちょっ、ちょっと待って……考えさせて」


 そう言ってギアを戻し、車のエンジンを止めた。

 周囲が静かになり、それから数秒後、


「どう?」


 その声を聞く。慈愛に満ちているように思えた。残酷だとも思う。

 少し、息を吐き、ハンドルに顔を突っ伏した。


「あの……あのさ」


 面を上げ、圭介を見て、目を合わせ、口の中で抱え込んだ言葉を吐く。

 泣きそうに。


「一緒に……逃げちゃわない?」


 引き攣って、苦しげな笑みで言う。

 それを、圭介は黙って若干の微笑みで見つめ返した。

 その目は暗にそれができないという意志を示していたし、逆にノトは自分の口からそんな言葉が出てしまったことが意外だった。

 言ってからだいぶ気持ち悪いこと言ってしまったんじゃないかと気づく。


 だから、続ける言葉が見つからず、


「それは、できない。どの道、僕と一緒じゃ見逃してもらえないと思うよ」


 誰に……というのは言われなくてもわかる。棺姫に、だ。


「それに、あのマンションはリンと過ごした思い出があるから離れたくな——」


「——うん……いや、ごめん、ほんとごめん、これは言ってみたかっただけだから忘れて……私は、私も、戻るよ。戻る。私も別にあのマンションでの出来事は辛いことだけじゃないし……だから、戻る」


 そう取り繕うように答えた。

 そして、結局、帰りの運転は圭介の申し出で彼がしていくことになった。

 安全運転で、警察を避けて運転すれば問題ないだろうという主張。

 それで、圭介が運転席へ、ノトが助手席に座り、彼女は背もたれを倒し寝そべる。


 長いこと車内で過ごしていたので、少し身体が強張っていて、足を伸ばした。


 そして車窓を横目に見上げれば、空の星は都会の光にかき消され暗闇が目に映る。

 そして視線を右に。

 圭介の後頭部を少し見ていた。


「その……リンのこと。たぶん、幸せだったと思うよ……私が言えたことじゃないかもだけど……」


 数秒、間が空く。

 話すべきではなかったか、と、若干心配し始めて、


「……それは、良かった」


 前を見ながらの圭介の返事。

 その顔はノトからは見えない。

 それから、さらに数分が経つ。

 今日はかなり、長い話をした。

 お互いにもう話す気力も薄れてきて、だからその沈黙をボウッとして過ごすノトは、圭介の小さな一言を耳にする。


「……好きだったんだ……本当に」


 その顔は見えない。


 ノトは目を閉じた。

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