第58話 始祖
地下の大広間で過ごす彼女の時間はいつも穏やかなものだった。
何か、特別なことが起こるわけではない。
一人ぼっちでもない。
己を
空中に絵を描くように好きな物をこの場に創り出しても良い。
それで誰かに怒られるわけでもない。
ただ1人。それを見せたい相手はいるけれど
——コール音が鳴る
少し、眉を顰めてズボンのポケットからスマートフォンを取り出しディスプレイを撫でる。
電話に出た。
と言っても相手は漆原だ。
彼は一方的に用件を告げてくれるのでほぼ何も話さなくとも良い。
「後10分ほどで代表者4人がそちらに行く」
それだけを端的に告げた。
スケジュール通りの進行。
普段であれば、後は彼女の「分かった」という一言で電話は切られるが、この時ばかりはそれを中々言わない。だから、
「どうかしたか?」
電話越しに漆原が問うた。
それでも数秒の沈黙を挟んで、
「2人は?」
静かに棺姫が聞き返す。
「圭介とノトは今コンビニの駐車場にいるようだ。一応監視は付けている……必要なら連れ戻すが」
「……いや、いいよ」
「そうか……」
漆原は少し、何か付け加えるような含みを持たせ返答した。それが、彼女にはなんとなく分かる。
——もう戻ってこないかもしれないな
おそらく、漆原はそう言おうとしていた。
状況を鑑みれば十分にあり得る話だが、その可能性がほぼ無いことも両者の共通認識。
未来はすでに方向付けられている。
そして、それだけを話し終えて棺姫たる彼女は電話を切る。
それから準備に取り掛かった。
これからの話し合いに向け内装を整える。
4人……まあ、今回は戦闘を目前とした緊迫した状況では無いためいくらか落ち着けるように配置した。
円形のカーペットを中心に代表者4人の他、彼女と漆原を含めた6人がゆったりとくつろげる間取りでソファを配置。
テーブルもカーペットの上に用意する。
飾り気のあるシックなやつを。
それから10分ほど経過して、上の階層から直通の隠しエレベーターで5人が降りてきた。
すでに彼女は分身を創り席に置いて待っている。
そして全員が腰掛けるのを待ち、各々の顔を眺めてから
「さて、始めようか」
そう告げた。
◆◆◆◆
車内の暖房はようやく暖かい風で空間を包み始めていた。
窓をすかしタバコの煙の逃げ道は作っていたものの、その寒さとは隔絶され始めた空間で、ノトは今の圭介の発言を理解できず、
「む、娘?」
どういうこと——と、その言葉の解釈の余地すらなく混乱の極みにある。
それでもあり得そうな可能性を頭の中で探った。
例えば……圭介は何度も生まれ変わっている、と先程本人の口から聞いた。
とすれば、前の生で子供がいたとしてもおかしくはない——と。
それなら一応の理屈は通る。
「多分だけど、その予想は違うよ。正確にはこれから生まれてくる娘だから」
何も言ってないのに回答を先回りされたが、それを回答として受け取るにも説明が不足している。
その意味不明さに釈然としない顔をするノト。
だから黙って続きを促す彼女は既にガラムの最後の一本を吸い終えていた。
「これは……どこから話そうか……」
圭介は悩んでいる。どうやらよほど込み入った話。
「まずは、この世界の未来という概念について……」
かなり話が飛んだ気がする。
「関係あるの?それ」
「大いにあるよ」
「じゃあ、聞くけど……聞くけどさ」
そう言ってラッキーストライク1カートンを包んでいたビニールフィルムを剥き始める。
少し、情緒の面でも落ち着いてきたかもしれないとノトは自身を
「……未来っていうのは、今の人類の認識の中にある。それは確定していないあやふやな物で、それを確固たる今に落とし込んだ時、それはある作用をする」
「よく分からないけど……未来予知にも関係ある?」
「そうだ。僕の未来予知は他者を媒介に、その人物が見ることになる未来を僕が見る。すると僕の認識上未来が現在に落とし込まれて現在の事象はその未来へ誘導される。例えば……」
そう言ってポケットの中を探る。
さっき、コンビニでコーヒーを買ってもらった際、お釣りの数十円をノトから気前良く渡されていた。その内の一枚を取り出す。
平成15年に作られた10円玉を。
「手ぇ出して」
「え?うん、良いけど」
そして、差し出されたノトの手へ置いて、それと同時に触れて先の未来を見た。
「え、何?未来予知?」
「うん。ノトは今から7回コイントスをする。そして、結果は表、裏裏、表、裏、後は全部表になる……これが未来」
ノトは言われるがままコインを弾き上げた。7度。
結果は当然の如く未来予知通り。
「これが未来予知。通常は現在という過程の果てに未来という結果が作られる。それが……未来予知により未来という結果が先に来て、現在はそれに誘導される、みたいな——」
ここで、急に圭介は言葉に詰まる。
いつか、どこかで同じような手法で同じ説明をしたようなデジャヴ。
10円玉のコイントスの説明。
現状に対する既視感。
いや、別にそれ自体は何ら気にする必要のない話。今の人生より前であれば充分にあり得る事で、それでもいつ、誰に、なぜその話をしたか全く思い出せないという——
「——大丈夫?」
「え?あ、うん。なんでもない」
「なら良いけど、それで……えっと、要するに結果が確定してから過程が作られる出来レースみたいってこと?」
「出来レース……その例えは案外しっくりくるね。要するに僕はレース結果を事前に決定できる賭けの胴元」
複数の未来を知った上で、それをどう選ぶか選択できる点も、その例えにそぐう気がした。
「ああ、それで。……棺姫との関係は……いや、ちょっと分かったかも。さっき棺姫は『これから生まれて来る娘』って言ってたよね」
「そう。だから、彼女は未来産まれるはずの僕の娘として創られた」
少し、ノトは時間を置いて考える。
予想とは若干違っていたから。
「未来からやってきた……ではないのか。てっきりタイムスリップ的なものかと」
某青色猫型ロボットがごとく。
「あー……それは違う。例えば、漆原の使う魔術の未来バージョンって考えたら分かり易いかも。アイツは過去の事象を現在に呼び出し再現することができる。だからこれは未来の事象を現在に呼び出し再現する魔術。未来の世界なんてファンタジックなものソイツの魔術の中で定義されていない。未来は現在を生きる人間の認識に
「……ソイツって?」
「それは——」
すでに冷め切ったコーヒーを飲み切る。
「——最高峰の魔術師たる『老人』の1人……『双頭の翁』『無貌の神』……多くの異名を持つ『怪人』
「えっと……」
話の情報量が増えてきた。
「ごめん、いろいろ聞きたいこと増えたけど、まず先に違和感だけ潰させて」
そして、つい先程の発言の違和を指摘。
「『彼ら』って?」
圭介は寧楽楪・ドップマンという存在を「彼」ではなく「彼ら」と呼んでいた。
「それは……ああ、寧楽楪・ドップマンの実態は集団に近い」
「組織?」
「大体そうだけど……奴は時を操る魔術の他に、自身の分身を無数に生む魔術も扱う。少なくとも公に知られる唯一の
手の中のカップを置く。
「よく分からないけど、同一人物で作られた組織って意味?」
「そう……そんな感じ。……で、漆原もそうやって生み出されたアレの分身の1人だし、ヒツギに至っては時を操る魔術と分身を作る魔術の
「……」
ノトは黙って聞いている。
話が込み入ってきたのもあるだろうが、それよりも次の話を求めている感じで。
「寧楽楪・ドップマンはね……ある時、この世ならざる存在に出会ったんだ。完全にこの世の
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