第57話 棺の中で

 夕暮れ時。

 車は適当なコンビニの駐車場に停めていた。

 未来予知の結果、少なくとも1時間先までこの車を乗り回しても問題ないことは分かっていたが、結局2人ともドライブに飽きたのが原因で——


 ただ、収穫として車からラッキーストライク1カートンと銀色のジッポが見つかり、この両方は両者、車を乗り捨てても持ち帰るつもりでいた。

 そして、ノトはボチボチ自前のガラムを吸い、圭介はやはりどう見ても未成年喫煙なことを思い、吸うのはよしてホットコーヒーを啜る。

 目の前のコンビニで買ったもので、これはノトの驕りだった。


 道を行く人々は誰もが厚着をしていたが、2人ともラフな格好で出てきてしまったので、暖房をガンガンにかけている。

 ただ、この車の暖房は効きが少し悪く


「上着買う?」


 圭介が尋ねた。

 金を出すのはノトだから決定権は彼女にあり、コンビニへ停める直前、50メートル離れた場所に服屋を見つけていた。


「いや、良いよ。お金もったいないし」


「そう。ちなみに僕らのパワーって筋肉由来じゃないから寒さに強いとかは無いからね」


「知ってる」


 その言葉を聞いて、圭介は手元のコーヒーを啜る。

 ノトは吸い終えた煙草を灰皿に押し付けていた。

 そして、


「あの、あのさ……アンタって結局武藤圭介ってことでいいんだよね」


 側から聞けば意味の掴めない質問でも、圭介は理解が及ぶ。

 あまりに別人に見えたのだろう。


「僕はこれまでもこれからも武藤圭介だよ。相変わらずね」


 そう言ってコーヒーの、底の見えない黒を見つめた。


——……話すべきだろうか


 同時に少し考えた。

 自分がどういう存在か。

 棺姫が自分とどういう関係か。

 後は……なんだ、『外道者アウトサイダー』が何なのか、とか。


 少し横目でうかがうと、ジッと話を強要する視線を彼女は向けていた。

 瞳の大きい切れ長の目が。

 少し迷いを含んでいても、多分、その迷いもこちらを気遣ってのものだ。無理に話す必要はないという。

 話したくないならそれはそれで良いという。


 ……だから、話すことにした。

 長い話だ。コーヒーとタバコを携え進める。

 そう思い一つため息をつくと、白く空気に溶けた。


「僕は……率直に言うと何度か生まれ変わってる。比喩でもなんでもなく」


 コーヒーを啜る。

 なんとも現実離れして薄っぺらく感じる言葉。話してる本人も半ばそう思うし、この世に超常が存在しないと信じる者なら尚更。

 それが、超常の実在を知る者として、ノトは理解に努める。

 ひとまず聞きに徹して否定はせず、質問は少し聞いてからまとめてするつもりでいた。


「今の僕は9度目。それで、前の人生の記憶は引き継いでいても人格が同じではない。誰か別の人間の記憶が頭の中に入っていて、例えば感情的になった時、前の彼らの側面が噴出することはあっても主導権は僕にある……みたいな」


「……そう……えっと、なんか、急に大人びたのは記憶が戻ったからとかそういうこと?」


「大人びた……、多分……そうだね」


 大人びた——か。

 自分ではよく分からない。


「じゃあ、その、前の人生?前の人生の記憶がしばらく戻ってなかったのはなんで?毎回そんな感じ?」


「いや——」


 コーヒーを啜る。


「——毎回、16才前後の姿でこの世に現れて、その時既に前の記憶は持ってる。それが今回はアイツ……漆原に封印されて、違和感持たないよう偽の記憶植え付けられてた。彼は生物を軸に過去と記憶を操るから……」


「それは……」


 そうなった理由をさらに聞こうとして、ノトは意図的に隅に追いやった棺姫の話を思い出す。


 武藤圭介は『外道者アウトサイダー』を皆殺しにしようとした——という事実を。


 ……いや、確かこうも言っていた。「今の彼に生まれ変わる前」のことだと。

 それが今となっては少し意味がわかる。

 だから一時的に記憶を封印して様子を見ていたのではないか?棺姫と漆原は——という推察。


「聞いた?色々。ヒツギか、漆原から」


「ああ……うん、聞いた。……棺姫から」


「そう……」

 

 押し黙る。その態度から何を思っている見抜かれるかもしれない——圭介はそう感じつつコーヒーを啜った。

 ノトはタバコを一本抜き、咥えた。

 火を付ける。

 ガラムの最後の一本だ。

 その火の付く様をしばらく見ていた。


「怖いとか、思わないの?」


 ノトは吸い口を離し、


「え?あー……どうなんだろ。よく分からないのが正直なところかな……それに、今のアンタとその、皆殺しにしようとした奴と、ほぼ別人みたいなもんじゃん?聞く限り。だから——」


「——多分だけど、今の僕でもキッカケあれば同じことできるよ」


 あの時の自分が頭がおかしかったような記憶は圭介にはない。違う人間でも、その大元の人格は似ている気がする。

 表面的に取り繕い、違うように見えても。


「え?ほんと?」


「多分」


 少し、見定めるように視線を合わせていた。そんな時間が数秒続き、


「多分……多分かー……それは、困ったな。命乞いしてなんでもするから殺さないでってお願いするかも……」


「……ごめん、嘘。多分やらない」


「そうでしょ……言い方が本気じゃないし」


「……それに、今の僕は……『外道者アウトサイダー』と敵対することはできないと思う」


「それは……それは良かった」


 結局、その点は棺姫の回りくどい謀略が功を奏したのか。

 ノトはそう考え、それに安心とも、居心地の悪さとも、その両方を合わせた想いを浮かべる。加えて少しだけ胸の締め付けられる思いも。少しだけ。


 そして、なんでその時の彼は『外道者アウトサイダー』を皆殺しにしようとしたのか——については気になったものの、聞き辛くあったこと、そもそも目の前の圭介にそれを聞いても推測の答えしか出ないんじゃないかという予感で迷う。聞くかどうかを。


 その逡巡しゅんじゅんの中で


「リンが死んだこと、ヒツギはなんか言ってた?」


 圭介が先に聞く。


「それは……『都合が良い』って言ってた」


「『都合が良い』か……言いそうだな」


 思い出すだけであの時の感情が蘇るような気がする。結局、あの人がなんでそんなことを言ったのか、理屈の面での理由は聞いても理解できる気がしない。

 そもそもソレができる精神性がノトには理解できなかった。もし本気で理由がそれだけなら、それは感情を持ち合わせない昆虫のような存在であるべきだと思う。


 そう見えないから、だから……


「気味が悪いんだ……私は」


 ポツリと呟く。


「ん?」


 聞き損ねて圭介が聞き返す。

 それへ答える前に、再びタバコを咥え煙をその感情を吐き出す代わりに吐く。

 宙へ溶ける。


 圭介は棺姫の発言に対し「言いそうだ」と言っていた。それは圭介が棺姫をいくらか知っていることに他ならない。

 そう考えて、だから、


「結局……棺姫とはどういう関係なわけ?」


 単刀直入に聞く。

 彼はコーヒーを口に運ぶ最中。

 その苦味を飲み込むように喉を動かした。


「棺姫とは?」


 ノトは重ねて聞く。結局、その存在をただ理解できぬものと切り捨てるのも気に食わない。

 そういう意味でノトは真面目すぎた。

 対し、圭介は表現に困るような顔をし、散々考え抜いた挙句、


諸々もろもろの事情を省いて話すと、娘」


「娘?……えっと棺姫が?誰の?」


「僕の」


「…………は?」


◆◆◆◆


 長い黒髪を垂らし着崩したスーツの棺姫はただ1人、天の水槽の向こうからの柔らかな光を、眩しさをその身に浴びる。

 すべきことは大方したと言って良い。


 ここはマンションの地下大広間。

 彼女にとって知り尽くした狭く狭量な世界。

 彼女の本体が収まる棺は現在、木組みの簡素な台座に置かれ、その上に彼女が仰向けに寝そべり、水槽の中を泳ぐ魚の動きを目で追っていた。

 魚影が降りてくる。


 そして、寝返りを途中で止めるように体を横向きに、右耳を棺に当てて、その姿勢で薄い板越しの中の音を聞く。

 わずかに聞こえる自身の鼓動を。

 微かなる別の鼓動を。

 細い呼気の音を。


「多分、もうすぐ。もうすぐだから……」


 大人が子供に言い聞かせる際、安心させるため子供と立場を合わせたように見せかけ話すことがある。

 そんな声。

 祈りに似ていた。


「もうすぐ。きっと、もうすぐ生まれてこれるよ」


 優しい声をかけ、中から棺を蹴る微かな音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る