第47話 一刀

「状況は?」


 彼があんまりにも周りの空気に揺るがず冷静で焦りを見せず聞くものだから、ノトは最初それが誰なのか分からなかった。


 戸惑いを隠せず「えっと」と言って言葉に詰まってしまうと、


「状況は?」


 焦れたように語調を強めて言う。

 銃声が響いて声があちこちで上がっているのにそこだけ周りと切り離されたようで。

 息を吐いて整い、ノトはゆっくりと答えた。


「5階で3人。この6階で5人やられた、いや、死んだ。能力は予知にあった『口』。ただし壁床天井、止まってる物以外にもあのゾンビとか空間にも口を作れる……」


「なるほど……」


 そうやって落ち着き答える圭介。

 落ち着き過ぎている。戦場を常としてきたかのように。


「あの、えっと」


 本当に武藤圭介なのか聞こうとして、それがこの状況で聞くにはあんまりにも冗長であることにノトは思い至り、そして、


「あの、リンは?」


 この場にいない彼女について聞いた。

 てっきり一緒に行動しているものと思ったから。


「ああ……リンなら上にいる。今、ちょっと動けない状況だから……」


 静かな返答。


「え、あ……そう。でも無事なら良かった」


 リンが動けない状況というのがノトには思いつかなかったけど、しかし死んだかもしれないという可能性に結局辿り着かなかった。


「ああ、うん。そうだね……」


「あの、大丈夫?」


 それでも、圭介の様子に何か違和感と言うべきか、何か釈然としないものを感じ、そんな風にノトは言う。

 全てを心のうちにしまい込んでしまっていると思ったから


「大丈夫だよ」


 圭介はどう解釈したのか、おそらく目の前の敵に対するものと解釈したのかもしれないが、その言葉は妙に腑に落ちて、理由のない安心が芽生えるのをノトは感じていた。


◆◆◆◆


「魔術を無効化する?」


——そうだ。廃工場に仕掛けておいたカメラでその様子が映されていた


 廃工場での戦闘はリアルタイムでの観測はしていないが、事前に仕掛けておいたカメラで様々な角度から録画はしていた。

 そのカメラだけは事が終わり次第速やかに鷹の剥製を使って回収し、脳味噌演算機バイオコンピューター3機を使ってその全ての情報をコルバンの脳にインプット。


 そうして得た事実だ。


 ただ、魔術を無効化できるとはなから知っていたにしては少し、その行動に違和感があり……

 しかし、それを実際に使った場面では把握した上で運用しているように見えた。


 そもそも無効化できる対象が魔術のみなのかすら判然としない。

 つまり正体不明の能力を持つ敵を他の複数の敵を同時に抱えたまま相手取らねばならない状況。

 であれば即座にチャミュエルを下がらせ、様子を見るべきだと判断したのだが、


——本当にやるのか?


「やる」


 普段は聞き分けが良いのに、こういう時だけ強情だ。

 コルバンはそう思いつつ即興の策を立てる。

 この状況、彼にとって欲しいのは想定外の利益。だから安全策を揃えた上で敵の情報収集を行う。

 チャミュエルは仕留める気満々だが、それは無理だとコルバンは踏まえている。


「まずは背後に下がり剥製の群れに隠れろ——


◆◆◆◆


 未来予知は使わないことにした。

 これ以上敵に情報を与えるのは良くない。

 どの道、目の前の魔術師を殺したところで情報が遮断できるとも思えない——としつつ、心は落ち着いて鞘におさまる脇差の柄を撫でる。

 柄頭から糸で編まれたザラザラした持ち手を撫でて、悠々と歩みでる。


 背後、呼びかけるような声が聞こえるが、銃声は鳴り止んでいる。

 真横を通った時「正気かっ!」と誰かに叫ばれたが無論正気のまま歩いている。


 いや、正気とはなんだろうか。

 殺人をその衝動として抱える怪物に正気を説くとは何とも滑稽な話に思えて、でも口元に微動すらない。

 ただ使い慣れた凶器どうぐと漠然としたブランクに思いを馳せていた。


 目の前の魔術師が剥製の群れの中へと引き下がる。


——誰か指示を出してる奴がいるな


 あそこまでノリに乗ってる魔術師に言うことを聞かせられる、そういう主従関係の扱いに長けた奴が。


 勢いそのままに前に出てくれるなら早くカタが付いたが……いや、それにしてもアレは感情的に振る舞う一方で聞き分けが良い、その動きは犬というより子供のようだ。

 そう思った矢先、先頭の剥製がまばらにややずらしたタイミングで動き始めたかと思えば、その動作がさながら獣のように這うような動き、二足歩行、その中間の怪物のような動き、各々が足並みを揃えない突進を始める。


——乱戦に持ち込む気か


 先までの行進は群れという単位を効率よく進ませるため行軍さながらの精緻さを保ったのに対し、こちらはてんでバラバラに、状況を読ませない布石。


 それでも未だ脇差は抜きすらせず、ただ悠々と歩んで。

 すぐ走り抜けたくあっても、様子を見るためにゆっくりと歩く。

 コツコツ床を鳴らしながら。


 チャミュエルはその剥製の対処に圭介が手間取る隙に諸共、口で齧り取る目論見。

 依然として変わらない正攻法の徹底がそこにあった。

 剥製は進軍の兵であると同時に主力メンバーの盾にして隠れ蓑でもある徹底が。


 世に蔓延るもの、その全ては優れているなら形と仕組みは変える必要はない。注射器にしろ、キーボードにしろ、蛇口にしろ——それは戦術という仕組みにも言えて、結局、人同士の合戦さながらの状況は不確定な項目が多過ぎて次に起こることが読みづらい。


 そうしたカオスをこの場に作り出した上、仕留めに行く。


 それが迫る中、柄を撫でていた手のひらがピタリと止まり握り込むような、柄に添える形を取る。


 ただその手にあったのは先まで使うタイミングを思案し、撫でていた脇差ではなく大刀の方。


 本来、刃圏の短い脇差が屋内という環境下で障害物に当たり辛いはずだが、この状況はより刃渡りのある大刀の使用を決めていた。


 理由はなんとなくだ。

 なんとなくその方が良いと思った。

 積み上げられた経験に基づく直感。

 ただ、経験に基づくならそれは未経験のそれより馬鹿にならない。


 迫る剥製の群れを前に、その刃を引き——抜かず、歩んだことに誰も気付けないような挙動の起こりの曖昧さ。

 ただ進む動作に上下の運動はなく、足の無い亡霊が滑るような動きのなさは単に迫る障害をすり抜けて、そして、ある程度進んだ先でパチリと納刀の音が聞こえた。


 納刀の音が聞こえた。


 もはや記憶と人格が突如蘇った混乱と感情の揺らぎはなく、かつて使い込んだ得物を得て彼の心は夕凪のように何も無い。


 何も無いから、何も無かったかのように全て終えられた。


「えあ……?」


 二閃、その身体を引き裂くことにしたのは一度裂くだけでは死なない相手もいるからで、しかしこの場合は余計な動作。


「……鈍ったな」


 ぼそりとつぶやいて、


「なにを」


 と言ったチャミュエルが背後。

 先まで前にいた男が気づけば背後まで通り過ぎていたことに気づき——熱く。

 まずは魔術を使おうと差し出した手首が椿つばきのように落ちるを見て、次にその首が転げ落ち息絶えるまでに自身の体を見つめていた。


「ああ……」


 彼は気付いた。


「やっぱり子供だったのか」


 チャミュエルのその、一際小さな身体を見て彼は不快げにつぶやいた。


◆◆◆◆


「っっ……」


 押し殺すように、押し出すようにコルバンは言葉を詰まらせた。

 一瞬だけジェーン・ドゥに見られていることを忘れつつ。

 少しだけ口元を緩めている彼女に見られていることを忘れながら。


 息を吐き落ち着くなどというのは結局人間独自の反応で、その体を捨て去った彼にはその必要はなく、その動揺はそこに元からなかったかのように瞬時に消え去って見える。


 そして廊下と残された剥製の群れは既に崩し始めた防衛線へ再びぶつけることにし、この特記戦力の『外道者アウトサイダー』はこの場で仕留めることを諦める。


 だから、彼が廊下の先へ急ぎ押し通ろうとしたのを察知し、その道だけは事前に開けるようにした。


 その行先と意図が明らかだったからだ。

 地下大広間の戦闘への介入と。

 であれば無駄な消耗は避けるはずで、彼にしてみれば海を割るように剥製の群れが開き、その間を通ることに躊躇ちゅうちょは無いだろう。

 

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