第25話 全てはどうでもいいこと

 コルバンとジェーンの話はそれだけで終わるかに思われたが、コルバンはほんの少しだけ身を乗り出し続けた。


「で、今回話しておきたいことが実はもう一つありましてね……おい、お前は外に出てろ」


 その前にウィンター・ミュートへ退室を命ず。

 うんともすんとも言わず、それに粛々と従う彼女ウィンターの挙動。


 体の動作自体は人間的と言えるが忠実と言って良いものか——とジェーンは考えた。


 自分の意思で忠誠を示せるのは生ける者の特権だ。アレは彼の言うことを聞くよう忠誠を植え付けられた人形であり紛い物と言って良い。


 そんなアレを使役するこの男コルバンはジェーンの目にはかなり利己的な人間に見えた。

 人間不信と言っても良いだろう。


 生ける部下を従えつつ、真に信頼するのは傀儡かいらいとして使役する死した部下のみ。

 それも彼の経歴を思えば分からなくはなかったが……


「それで、話とは?」


 考えてばかりでは話が進まない。

 ジェーンは紅茶を口に運びつつ告げる。

 彼女にしてみれば必要な会話は全て片付いたように思えたが。


 彼の話しそうなことは全て把握しているつもりでいた。


 だから、その時コルバンの言った話は意外で……


「いや、大した話ではないのですが……人類が10年以内に滅びる。それは覆しようがないってのは本当ですか?」


 ほんの少し、息を呑む。

 驚愕……というより感心と呼ぶべきか、その時の感情は。


 それからの話もまた長く、結局明朝始まった会談は昼前まで続いた。


◆◆◆◆


 一通り、コルバン・ルガーと話し終え、昼食を終えた昼下がり。

 ジェーン・ドゥはウロウロ街を散策した挙句、人影ひとつない小さな公園へ辿り着く。


 そして何を思ったか、古びたベンチに腰掛けた。


「ふぅ」


 一息つく。


 今日は忌々しいほどの晴天。

 だから、黒のファッションに合わせ黒い日傘をさして陽光を遮る。

 そして何をするでもなく先のコルバンの話を頭の中で反芻するように思い出し


「くふっ」


 笑った。

 小さく吹き出す笑い。

 その感情へ行き着いた訳はあの男が予想以上に情報収集に長けていたからだったし、その彼が知り得た情報をあくまでどうでも良いことと捉えた彼のその在り方だ。


 あの男は利己的である——とジェーンは評価していたが、ほんの少しそれを修正せねばなるまい。


 あの男は……


——などと思考に耽るなか、ジェーンの正面からやって来た見知った男の顔


 黒スーツに黒ネクタイ、後は頑丈そうな杖を突きゆっくりと歩いてくる若い黒衣の男。

 髭を生やすせいでいくらか歳を召して見えた。


「あら?これはこれはお久しぶり」


 歩いてきた男——漆原うるしばらはジェーン・ドゥの隣に腰掛ける。

 さして遠慮もなく、ドカッと体重をベンチに預けた。


「まだそんな話し方してたのか」


 開口一番の呆れた物言い。

 いくらか話し慣れた空気。

 親しげではない。寧ろ突き放すよう。


「ええ、これがわたくしのアイデンティティ。変える気はありませんわ」


「いや、わざとらしく聞こえるんでな。こだわる必要もないんじゃ?——と思っただけだ」


 そうやって話しながら視線は合わせない。

 両者互いの存在を認知しないかのような態度で正面を向き続ける。


「そう。それでなぜこの場へ?」


「知れたこと。呼びつけたのはお前だろう?未来予知に対しあれだけピンポイントに対策を取れる魔術師がお前以外いるか。わざわざ手勢の1人を犠牲にし宣戦布告出すのもお前らしい」


「まあ、人聞きが悪い。あくまで私は最善を尽くし誰も死なないよう手を尽くしましたのに」


 呆れたように目を向け


「お前がそんなタマか」


 漆原は吐き捨てた。


「ふふっ。ふふふっ」


 その笑みを崩さぬ様子を見て、少し気味悪く思えて彼はため息をつく。

 そうして再び目を前へやった。

 人っこ一人いない午後の公園。


 誰か来る前に話を終えたいと思う一方、思いの丈をとりあえずぶつけておきたい欲もある。


 八つ当たりとも言えた。


「今日はやけに機嫌がいいんだな」


「……少し、面白い人を見つけましたので」


「『殲滅部隊』か?」


「ええ、1人……ね」


「あれが今回のテメェの手駒か。正直もうほっといとくれと思うんだがな。人類はとっととその座を明け渡せと思うんだがな」


「それは出来ない相談ですわ。私の使命をやめろということですもの。何も存在しない静寂、それを追求しろとのね」


「別にあの単為生殖で増えるジジイにそこまで入れ込む必要もねえだろ」


「あら、あなたは入れ込んでないとでも?使命を遵守してないとでも?『外道者アウトサイダー』へ入れ込むその気持ちは……」


「俺は、俺だ。俺は俺だけのものだ。俺以外には踏み入らせない」


「その気持ちも作られたものと考えたことはなくて?」


 漆原は軽く舌打ちをする。


 だから、極力会いたくなかった。


 こいつは嫌なことしか言わない。

 この女と大元では同一人物という事実がそもそも嫌だった。


 しかし、どちらかがその存在が近くにあると認識し、そして適当に移動すると偶発的に出会ってしまうことがある。


 それは本能のようなもので、そのような仕掛けが生みの親から施されていた。

 しかし離れるのはいつでも自由だ。


「もう行く」


 最後に、それだけ告げて漆原は立ち去る。

 やはり会うべきではなかったと後悔しながら。


◆◆◆◆


 薄暗い地下へやってきた。


 ヒヤリとした空気。

 上から差す柔らかい光と蠢く魚の影。

 漆原がいつものマンションの地下、大広間に足を踏み入れると棺姫は起きていた。


「どうだった?」


「……別に、いつも通りだな」


 簡潔な2人きりのやりとり。それは口数が少ないというよりは、関係の長さからそれだけで大体の意図が量れるためと言えた。


 いつもの地下の大広間で、棺姫は黒い棺の上にで腰掛け素足をプラプラと。

 対し、漆原は彼女の出現させたパイプ椅子に座る。


「あの女が関わってる以上、本腰を入れなきゃならないと確定した」


「そうだね。今回も何人か死ぬだろうね。嫌だなぁ……」


 嫌だなぁと言いつつ、それはある程度犠牲を容認した言い方。

 できる限り誰も死なないよう手を尽くす。

 それでも死んだら仕方ないと切り替える。

 そこに一切迷いはないと言うような。


 棺姫だけでなく漆原にもこういう側面がある。

 あくまでも第一優先は定めてあり、そのため犠牲を払うことに感情的な意味で嫌悪はあれど、拒否感はない。

 全ては『外道者アウトサイダー』という種の存続に優先される。


 どれだけ仲間が死のうとも。

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