第26話 グダン・ガラムはキツいらしい
マンションの屋上は日の光がさして暖かく、寒い日が続いてこの気候だったので上着を着るには微妙な気温だった。
そんな中、ここへ足を運んだのはなんとなく。
なんとなく「そういえばこのマンションの屋上に来たことがなかったな」と思い立ち僕はここまで登ってきた。
屋上。
こういう場所はどの建物も似通ってるようで、黒ずむコンクリートの床はガランとして広く特にこのマンションは大きい方なのでスペースを持て余している。
その隅の方。
大して意味は無い。
ただ、身体能力の上昇は目にも影響するようで、くっきり一人一人の見分けが付いた。
「武藤、なにやってんの?」
声がかかる。
そちらを見てみれば、髪を下ろしたノトが立っていた。
ほとんど部屋着のまま出てきたようで、普段の彼女に比べラフな格好。
パーカーのポケットに手を突っ込んでる。
「いや、べつに……下眺めてただけだけど……」
ノトの体調は数日前に回復したと聞いていた。
「ふーん」
そう言いつつおもむろに彼女はタバコの箱を取り出したので、その銘柄を僕は見た。
「グ……ぐだんぐがらむ?」
赤いパッケージ。『GUDANG GARAM』と書かれたアルファベットは読み方が合ってるのか自信がない。
「ん?ああ、これ?コンビニに売ってないんだよね……後、読み方はグダン・ガラム」
そう言って箱を差し出し、
「吸う?」
「いや、いいよ。未成年だし」
「私もだけど。気にするんだ、そういうの」
そう言って差し出した箱を手元に戻し、一本抜き出すと口に咥え、ノトはライターで火を付けた。
パチパチと音を出し付けられた火と彼女の吐き出す煙。いかにもヤニ臭く、しかしお香のような香りを含んでいた。
吸いながら彼女も欄干にもたれかかる。
「……それで、なに?」
正直なところ、まだ彼女の人となりが分かってないから落ち着かない。
だからまず用件を聞いた。
ちょっとぶっきらぼうに聞こえたかもしれない。
「なにって……ここは私も普段使ってるんだけど……」
「はぁ……なるほど?」
「いや、違うな。そーゆーことが言いたいんじゃないな。あー……」
ボソッと呟くように言った。
「なんてゆーか一応、礼は
「礼……?」
「いや、結局私に鉛玉ぶち込んだ男仕留めたのあんたでしょ?それが解毒に繋がったって聞いたけど」
「ああ、あれは別に……」
そう言おうとして、ノトがコンクリにタバコの灰を落とすのを見た。
灰皿使わないんだなと思う。
よく見たらその辺りが特に黒ずんでいた。
「……あれは、なんつーか、漆原さんの仕掛けたことでしょ。僕はそれに乗っかっただけ」
「……ふーん」
そう言って彼女は再びタバコに口をつける。
タバコがそれほど良い物なのか?——と、ふとそんな疑問が湧いたけど、そもそも吸ったことのない僕がそれを考えても意味がない。
だから、これは好奇心だ。
「やっぱ一本ちょうだい」
「ん」
言うや否や彼女は一本箱から抜き出すと僕の口に吸い口を押し込んでくる。
——甘い?
シロップでも塗ってあるんだろうか。
そして一瞬、未成年喫煙という言葉が浮かんだけど、そもそも僕がこれまでどれほど人の道から外れてきたかを思えば、それを気にするのも変な気がした。
すでに3人、人を殺してる。
そして、安物のライターで火をつけられた。
「ほら、吸って」
吸ってみる。それほど強くなくストローから水を吸う感じで吸おうとして——むせる。
「えふっ、え゛っほ……」
クツクツ笑い始めるノト。
確信犯か。
「はっは」
「んん゛っ、あ゛ー喉イガイガする。こんなのがいいわけ?」
「ふくくっ……私にとっちゃね」
「笑わないでよ。ほんとこれの何がいいんだか……」
「ごめんて……なんつーか、あんたさ。本当に素でそんな感じなんだね」
「……?なにが」
やや表情が和らいだ気がする。
風が彼女の髪を撫でた。
「いや、正直さ、私らって殺人を定期的にしないと正気保てないじゃん?だから、まあ暗い奴が多いわけよ。元々の人間だった頃の倫理の名残あるから。だから……あんたはリンに似てるなって……」
「リンに?」
どういう……
「ナチュラルに殺人できる感じ?」
「……人聞き悪くない?」
「いや、でも……じゃあさアンタは人殺した時何考えてる?例えばこの前、私に鉛玉ぶち込んだ男、殺した時」
「何考えてるって……んー……その男をなるべく覚えておこうと思ったかな」
「なんで?」
「なんでって……うまく言えないけど、だって人に限らず生き物って死んだらそれまでじゃん。だからさ、せめて誰か覚えておくべきかなって……向こうとしちゃ自分殺したやつに覚えられるの嫌かもしんないけど……」
「うん……そう……」
そう言って彼女は吸い終えたタバコをポケットから取り出した携帯灰皿に捨てる。
捨てながら、その目線はマンションの下の方を横目に眺めていた。
灰皿持ってたのか——と僕は思う。
「やっぱりアンタ、イカれてるわ。いや、『
「え?」
「普通さ、そーゆー思考になんないよ。私なんかは殺した相手のこと即刻忘れたい。そんな奴いなかったと思いたい」
「え……なんで?」
「良心が耐えきれないから。人を殺したいけど人殺しに心が耐えられるわけじゃない……みたいな?もう慣れたけど」
僕が、おかしい?
「だから、リンもあんたに執着するんだろうね——」
そこまで言ってノトは何か気づいたように
「——ごめん、言いすぎた。ともかく言いたいことはさ、リンのこと。あの子ちゃんと守ってあげなね。あの子やたら前に出たがるから、そのうちコロっと死ぬんじゃないかって思ってさ……」
「それは、構わないけど……」
ちょっと言い方が気にかかる。
まるで親が長男に妹の世話を任せるような感じ。
「なんか、リンのこと子供扱いしすぎじゃない?」
「んー?だってあの子、こないだまで14だったし。ちょっと前15になったばっかだよ」
「……僕より年下……マジ?」
てっきり同い年か1つ2つ上かと。
だって、ノトとタメにすら見える。
「あー……そっか。……まあ、綺麗な子だから。知らなきゃ間違えるか。それで、結局私が言いたいのはそんだけ。あと、伝言頼まれてる」
「伝言?」
「いや、これから大掛かりな作戦に移るから、その前に私ら休暇だってさ。1週間は敵も動かないから今のうち休んどけって」
「休暇?休暇って……」
「ほんとほんと。今のうちリンと適当に出かけたら?遠くはいけないだろうけど」
「いや、今出歩いて大丈夫なの?あの『殲滅部隊』に襲われたりとか」
「それこそいらない心配じゃない?街歩いて遭遇する確率って何割よ。あ、一応新宿から出るなって言ってたけど」
「ふーん、そう、出かける、出かける……か」
言われてみればリンの部屋に住み始め自分の意思で外に出た覚えが無いことに気付く。
暇な時は、リンから漫画借りるかサブスクで映画見て暇を潰していた。
「ん?」
「なに、どした?」
「いや、リンと出かけるって、これ、デートかなって」
「じゃないの?何を今さら」
「そっか……いや、デートってどこ行きゃいいかなって……」
「え?え……それは……どうだろ。なんか、行きたいとこは?」
「えー……」
「じゃあ、昔よく遊びに行った場所とか、思い出の場所とか?」
「あー……どうかな……思い出の場所……?」
思い出の場所?
思い出の場所……思い出の場所がないことに気づいた。
「どした?急に冷や汗かいて」
「いや、なんでも、ないけど」
いや、別に変じゃ無いか。
別に変なことじゃない。
——自分にそうやって言い聞かせた
◆◆◆◆
ノトに少し心配されながら、階段を降りてリンの待つ部屋へ戻る。
そして、
「タバコの匂いがする……」
部屋に入り玄関で出迎えられ開口一番に言われたのがそれだ。
急に爪先立ちで高さを稼ぎ僕の耳の後ろに鼻を近づけられながらそんなことを言われた。
少しして顔を離したリンにジットリとした視線を向けられる。視線が水気を帯びるよう線のように見えた。
「ああ、上でちょっとノトと話してたから」
「そう、じゃ、いいや」
そう言うとリビングにササッと引き返し、床に置いた携帯ゲーム機を拾い、進行中のゲームへ彼女は戻った。
時折だが、彼女があんな側面を見せることがある。
そもそもマンションからそう滅多に出ないから部外者と会うはずないのに何を気にしているのか——と僕は思うけど、彼女なりに多分気にかかることがあるのだろう。
そして、僕は靴を脱いで
「あ、そうだ」
「んー?」
「いや、しばらく休暇らしいから明日どっか出かけない?」
ガターンと、わかりやすい音を立て彼女の手からゲーム機が滑り落ちた。
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