第21話 機転

——昔のことを思い出している


 私——能登柚月のと ゆづきが『外道者アウトサイダー』になる前の話だ。


 私がソレに変質したのは16歳の頃で、今から3年前。

 まだ3年しか経っていないのか、と愕然とすることは度々あり、そのぶん今の日々の濃度が以前よりも濃いことがうかがえる。


 多分、人並みに普通の小学生、中学生、高校生になって、普通に将来について考えて若干憂鬱になったり、普遍的な友人関係を築いたりしていた……それらの記憶を思うたび、それを自分の手でグチャグチャに破壊してしまったことも同時に思い出す。


 『外道者アウトサイダー』は人狩りの怪物だ。

 人間に似て非なる存在たる『6匹の怪物フリークス』は、能力や体質よりも、より根本的な、その精神性が怪物そのものと定義される。


 それが最も顕著なのが『外道者アウトサイダー』で、元々の人間としての価値観を残し、そのままの人格と記憶のまま殺人衝動が芽生える。


 だから、かつて親しい母と父と弟と友人6名を刃物で刺し殺した私は、私自身の人間的な部分では自分の行動に恐れ慄き死んで消えてしまいたいと思う一方で、そうした自分を俯瞰的に見て制御している怪物の側面も同時に存在する。


 少女A。

 かつてメディアでそう呼ばれた私の起こした事件は、私が捜査の手を抜けたことでセンセーショナルなニュースとして話題になり、中学の卒業アルバムを始め、何から何までがネットを通じて公開された。


 だから、今は整形された顔と指紋でまったくの別人だし、名前もかつて使っていたものとまったく違う能登柚月のと ゆづきで、かつての私とは違う能登柚月という1人の『外道者アウトサイダー』が今の私。


 1匹の怪物という強固なアイデンティティで精神の均衡を保つよう自分を律する。


 人から『外道者アウトサイダー』へ変質するのは概ね10代半ばの思春期ぐらいの頃が多い。

 だから、結構な奴が人間だった頃の価値観を持ち合わせていて皆何らかの形でそれに踏ん切りをつけている。


 その例外と思わしいのが、棺姫さんとリンと、新しく入った武藤圭介とかいう奴。


 棺姫さんについてはよく分からない。あの人は自分のことをまったく語らないから。

 リンについては事情を知ったらその辺の葛藤がまるで無いことに納得した。


 でも、武藤圭介はちょっと不可解だ。

 それに多分、私はアイツが気に食わないってよりは怖いと思っている。


 一通りの経歴は情報として渡されたけど、ある程度家庭環境が荒んでいたとはいえ、バイト先や学校では無難にやってたらしい。


 それが、『外道者アウトサイダー』の価値観に最初だけ戸惑いつつもすぐに馴染んでしまったという。

 さらに『殲滅部隊』の1人を殺すという手柄も挙げた。


 天才という言葉で括るのは簡単だ。


 でも、多分、アレはもっと根本的に何かおかしい。


 多分、何か……



——視界に光が差し込む


「っ……」


 意識が現実に引き戻された。

 天井。見慣れた白い天井が目に映る。

 住み慣れたアパートの一室。

 近くの棚には本棚があるけど、その本棚に本は一切収められていない。


 代わりにサブスク系のアプリでは配信されない日本のインディーズバンドのCDが収められている。サイケデリック・ミュージックが多め。


 そして、ベッドに寝かされて脇には点滴が吊るされ腕につながれている。


 いったいどれくらい……


「どれくらい経った?」

 

 独り言ではなく明確な意図を持って話す。

 ベッドの脇の椅子に座り込むリンの姿が目に入ったからだ。


「あ、起きた、大丈夫?鎮痛剤は効いてると思うけど」


「鎮痛剤……ああ、撃たれたんだっけ」


 少し、記憶が混濁してるように感じたので頭の中を整理した。少しずつ思い出す。


 そして立ちあがろうとして、


「つっ」


 脇腹、肉の内側をジクジクと侵すような痛みを覚える。息を集中して、吐いた。

 多分、これでもいくらかマシになっているはず。

 汗が額に浮き出る。


「まだ動かないほうがいい。弾丸は摘出して、傷口も手当ては済んでるけど、弾丸が特殊だったみたいで……」


「っ、具体的には?」


「致死性の毒が仕込まれていて、今はまだ免疫で押さえ込んでるけど、いずれ容態が悪化する」


 『致死性の毒』『いずれ容態が悪化する』


 それらの言葉を聞いても精神が揺らぐことはない。

 『外道者アウトサイダー』は自身の死についてもいくらか冷静に受け止められる精神構造だと私は思う。

 同族の死には結構こたえて動揺をおぼえるけど、それもある程度鎮静化される。


 だから、自分の死の可能性を示唆されてもいくらか冷静でいられる。


「それで、最初の質問に戻るけど、あれからどれだけ経った?」


「大体30分ぐらい」


「そっか……なら、まだ時間はあるかな。他のみんなは?」


「今、地下で今後の対応話してるけど」


「あー……じゃあ行って話すわ。連れてって。なるべく早いほうがいい」


◆◆◆◆


「——それと招集はすでにかけておいたが、集まるには2日は見ておいて欲しい」


 と述べた漆原さん。

 扉を潜るとちょうどその場面に私は出くわした。


「そんなもんね。なら、現状の打開には今手元にいるメンバーで対処するしかないか……」


 棺姫さんがそう答える。

 2人の応答で話が進んでいく。

 武藤圭介は2人の話を聞きに徹し、なにか考えているのか、視線が何もない空間を見つめていた。

 そして彼が最初に私と、私を隣で支えるリンに気づき視線を向けた。


 地下。

 天井の水槽から柔らかい光の降りたその場所へ、リンに肩を貸してもらってやってきた。

 なお、このマンションには実は地下直通のエレベーターがあり、それに乗ればあのクソみたいに長い階段を下る必要は無い。


「怪我はどう?」


 2番目に視線を向けた棺姫さんが聞く。


「いや、痛みますけど。肩貸してもらえば歩けるぐらい。激しい運動しなきゃ傷口も開かない……ですよね?」


「そう。私らの身体は自然治癒力も高いからね。だから、銃での負傷より仕込まれてた薬物の方がまずい。『殲滅部隊』特製の弾薬。弾頭の一部が傷の中で割れて、仕込まれてた毒が染み出す——」


「——要するにほっときゃ死ぬってことですよね、私」


「そうだね」


 棺姫さんはそうやって肯定する。

 肯定されるとかえって安心する。

 腹を括るしかないと、覚悟を決められる。

 多分、『外道者アウトサイダー』は自分の死にも動揺しないのだと思う。


「OK。分かりました。じゃ、私はこれで」


「え……ちょっと、」


 リンに肩を貸され踵を返そうとしたところ、ここで一言思わず出てしまった風に言葉を発した武藤圭介。


「なに?」


「いや、OKって……そんなあっさり……」


「あっさりって……別に私だって死にたかないけどさ。どうしようもなくない?実際」


 語気が荒くなる。

 目の前の男は何か言いたげな目を向けてくる。

 それを見てると少しイライラしてくる。

 こいつはなんとなく得体の知れないやつだと思っていたが、理由が今少しだけ分かってきた。


 多分、自分が心の底に埋めてきた人間っぽさ、人間っぽい立ち振る舞いを自然に発しているからだ。


 人殺しの化け物でもあるのに、こういう上っ面の善意があるように見えるのが、少し気持ち悪い。気に食わない。偽善者だ。偽善者。


 で、そんなやや張り詰めた様子を見かねたように。


「そこまでだ」


 ここで漆原さんが一言制す。


「ノト、いったん座れ」


 そう言われた途端、私の背後に椅子が現れた。クッション付きのやけに座り心地の良さそうな椅子。

 釈然としなさを感じつつも促され、リンの助けを借りて座る。


 ちなみにリンもその横に出現した似た感じの椅子に座る。

 両方とも、今棺姫さんが出した椅子だ。


 座る時、すこし脇腹の傷が痛む。


「では、改めまして」


 棺姫さんが取り仕切った。


「ノトちゃん。最初に言っておくとね、私は『外道者アウトサイダー』全体の利益を取る。だから、正直なところ君のことは見捨てるつもりだったんだ。申し訳ないけど毒の成分を調べるより、ノトちゃんが死ぬのが早いし、その銃弾を使った輩を捕えるにはリスクが大きすぎる」


 少し、棺姫さんは息継ぎ。

 私もそうなると思っていたし、そうするべきだと思っている。


「でもね、今回に限れば話は違う。実行可能なプランで、その毒の無効化が図れると思う」


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