第19話 迷彩

——戦闘が始まる一昨日に、その説明はなされていた


 場所は元々コルバンが宿泊に使っていたホテル。11階一番奥のその部屋。


 カーテンはピタリと閉じ、外から差す光を遮断したかのようで、龍三はそれとなく息の詰まる思いがした。

 あまり長く居たくないと思わせるが、それは目の前にいる人物のせいでもあるだろう。


 『怪人』寧楽楪・ドップマンの部下にして魔術師。

 黒で統一した服の女、ジェーン・ドゥ。

 彼女は部屋の一番奥、窓近く壁にもたれかかり、龍三とマリアナの2人へ視線を送っていた。


「では始めますが……聞いてる通り、2人にはしばらく私の指示で動いてもらいますわ」


 そう言ったジェーンに対し、ソファに座るマリアナはすがめる様な視線を送り、龍三はなるべく思考を読まれないよう無表情で目をやった。

 この女とはできれば関わらないほうが良いと人間弱者の勘が告げる。が、それでも今回は関わらざるを得ない。


「指示に従うのはいいですが、報告見る限り向こう未来予知ができるんでしょ?どうするんです?」


 龍三が続け口を開く。

 敵は完璧な精度かつ融通の効く未来予知を行うと聞く。なら作戦は筒抜けになる前提で動く必要がある。


 相応の頭数が必要と考えていたが、今回の作戦で呼び出されたのは龍三とマリアナの2人のみ。


「まあ、今回やるのは今後の対策を立てるための実験と言った方が良いでしょうか」


「実験?」


「ええ。これから作戦までの間、あなたにはこれを着てもらいますわ」


 そう言った彼女が手元のジェラルミンケースを差し出す。

 頑丈そうな銀色のケース。


「着る?」


 受け取った龍三は、鍵のかかっていないことを確認しつつ開く。

 中には古びた灰色のトレンチコート。


「これは?」


「わたくしが所持する道具の一つ。簡単に言いますと、それを着た者は今、現在、この瞬間の認知でのみ観測できる」


「……と言いますと?」


「端的に言いますとね、それを着た人間は未来予知及び未来予測で観測出来なくなるということ。未来予知した状況にその人物がいない前提での未来しか見えない。対未来予知迷彩とでも呼ぶべき代物……」


 その情報を龍三はやや時間をかけ飲み込んだ。


「……なるほど。これを着ていればかえって不意をつくことができると……」


 これから行われる作戦に対し敵が未来予知を使ったとしても龍三がいない前提の偽りの未来しか見れないということか。

 そこまでを龍三は理解して、ある違和感を抱く。


「じゃあ、これをここで使うのは勿体無いのでは?」


 魔術を最も有効的に使う手段は初見殺しだ。

 相手が初めて目にする魔術に対応しきれぬうちに殺してしまう。そうすることで魔術のタネは割れないし敵を効率よく殺せる。


 その理屈に則れば、『外道者アウトサイダー』から差し向けられる刺客——せいぜい数人を相手にコレを使うのはもったいない気がした。


「いや、そもそもというのは?」


「……残念ながらそれが『外道者アウトサイダー』側の能力者の未来予知に100%対抗できると確信が持てないからですわ」


「……っ、なるほど」


 龍三は内心歯噛みする。

 そんな、使えるかどうか分からない装備に命を預けろと、命令を下されたことに。


「今回、こちらはわざと足跡を見せて敵を誘う。となれば向こうは罠を疑う。だから確実に未来予知した上で作戦に臨んできて、確実にソレの効果を試すことができる……お分かりいただけまして?」


◆◆◆◆


 銃把。握り慣れた滑り止めのざらつきを感じる。

 狙いを定め、引き金を引いた。

 龍三は手の内に炸裂と弾丸の押し出された反動と、それに比し気の抜けるようなパスッ、パスッという音を聞く。


 減音器サプレッサーで抑圧された銃声とはそのようなものだ。


 背後に階段へ至る扉を控え、撃つべき標的は既に10メートル離れた位置。

 この後の逃走のため、その位置まで離れるのを龍三は待っていた。


 このホテル11階の廊下は大まかに言って直角に折れた一本の線の構造。

 ちょうど曲がり角で始まった、斧を持った女とマリアナの血みどろの至近戦、そこからやや離れ銃撃でサポートする短機関銃MP7の女。


 マリアナには劣勢になりがてら徐々に廊下の奥の方に下がってもらい、曲がり角の向こう側に行ってもらう。

 そうすると銃の射線を通すために自然と短機関銃の女も奥へ進んでいく。


 そして、短機関銃の女がちょうど曲がり角に至ったタイミングは龍三から見れば射線が通り、なおかつ距離が最大限に離れて不意打ちのタイミングとしてちょうど良い。


「う……あ」


 ポニーテールを揺らしながらへたり込む女のうめきを龍三は耳で捉えた。

 銃弾を2発、短機関銃の女にぶち込んだのだ。

 『外道者アウトサイダー』はマリアナと斬り合ってる様な一部例外を除けば肉体強度は人間並みと聞く。


「ふぅ」


 油断はできないがここまでは順調という事実に思わず一息ついた。


 標的は未来予知で未来を知っている安心ゆえに龍三に易々と奇襲を許した。


 龍三はひとまず自分の着ているコートが未来予知の対策として機能していることを理解しつつ、そして速やかに逃走へ思考を切り替える。


 作戦はこれで終わりだ。


 マリアナがまず『外道者アウトサイダー』2人を引き寄せる。


 龍三はこの間、11階一番奥の部屋で監視を続け、折を見てホテルの窓の外、外壁に張っておいたワイヤー伝いに最も階段に近い部屋へ移動。

 廊下に出て戦闘に集中している『外道者アウトサイダー』に奇襲をかけ、その結果からコートの機能を確認する。


 標的を即死させられたら本当は良かったが、拳銃の精度で頭や心臓など急所を狙い撃つのは難しい。


 そもそも実験が目的で殺害は絶対ではない。しかし念のため弾丸にはある仕掛けが施されていた。

 その結果を見届けるより今はただ逃げに徹するしかないが。


◆◆◆◆


「かっ……あ゛っ」


 痛いというより熱い。

 まるで脇腹に熱した鉄パイプ捩じ込まれたようで、そんな感触をノトは感じていた。

 唾液が、口の端から垂れる。


 流血は確かめるまでもなく、臓器は貫かれたか。近くの壁に体がもたれかかり、力が抜けていく。


「どごから……」


 呂律が回らない。

 首を巡らせ、遠く、廊下の奥。

 さっき自分たちが居た階段のドアの手前、野暮ったいコートの男が拳銃を構え銃口から煙を漂わせていた。


「くそっ゛」


 咄嗟に短機関銃のセレクターをフルオートに切り替え、片手、やや霞む視界という悪条件で男へ向け乱射を敢行するが、しかし壁、天井を傷つけるばかりで掠りもしない。


 その音に何事かとわずか気を取られたリンと、彼女のノトへの少しばかりの視線移動を見逃さぬ半吸血鬼マリアナ


 マリアナは咄嗟、口中にありったけの血液を溜め頬を膨らませ——


 それは口から霧状に噴き出され、煙を撒き散らしたように辺りを包む。


「なっ、」


 それを見てリンが不意を突かれたのは一瞬。

 そのすぐ後、マリアナが逃走を図ったと察知したリンは血煙で視界が遮られた中、勘で斧を一振り投擲。


 それがマリアナへ当たったのかは確認できず、数秒後、血煙が晴れ廊下の突き当たりの窓が開いていたこと、その手前に斧が落ちていることを確認した。


「……」


 リンの頭の中は冷静であることを強要する。

 これは『外道者アウトサイダー』の本能のようなものだ。


 焦りを押し流す様に息を吐く。


 そして、リュックから念の為ということで持たされていたトランシーバーを取り出し、

ある人物へ連絡を取った。


◆◆◆◆


 龍三は拳銃を懐にしまい階段を駆け降りていた。

 いや、駆け降りるというより半ば踊り場ごとに飛び降りてゆく勢いだ。


 それだけの行動に疲労を感じることはなく、しかし仮に上からあのマリアナを狩り殺さん勢いだったあの『外道者アウトサイダー』が追ってくるかもしれないことを思えば足を止める理由はなかった。


 あれとまともに命をり合えば、龍三では瞬く間に殺されてしまうだろう。

 『殲滅部隊』では数少ない、ただの人間で長年生き残った彼にしてみれば。


 そして、3階と2階の間。

 下の踊り場にを見つけ咄嗟にその足を止める。


「……そりゃそうか」


 正直かなり参った、とでも言いたそうな表情をする龍三。

 踊り場から飛び降り、次の踊り場を見た瞬間、そこに1人の少年を見つけ、絶望がわずかに込み上げてきた。


 簡単に逃がしてくれるとは思っていなかった。


 しかし、アダム・スミスを殺した『外道者アウトサイダー』の少年の方まで来ているとは、過剰戦力ではないかと思わなくもない。

 さらに、情報では彼が未来予知を行えると聞いていた。

 そういう奴は普通大事にしまい込んでおくのがセオリーだ。


「そこ、通してくれないか」


 声は震えていない。それでも、少し馴れ馴れしい日本語だったかもしれない。


 対し、少年は無視を決め込んだ。

 視線だけは冷徹なまま。

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