第18話 マリアナと龍三
——同時刻、同じホテルの11階にて
「あー……やだなぁ、くっそダリィ。やりたくねえなぁ」
そうやってグチる女はソファにダラリと、とろけたスライムみたいに寝そべった。
ファッションは適当に買ったジーンズとTシャツ、そして光沢の無い黒の革ジャン。
現地に溶け込むため先日買い集めた服を身にまとう。
「……気が散るからちょっと黙っててくれません?マリアナさん」
そうやって返した純日本人顔の男は、部屋の中央、暖房がかかっているにもかかわらず野暮ったい灰色のコートを羽織っていた。
室内には複数設置したディスプレイが並び、そこから少しばかり目を離し女を見据えた男。
一切隠すつもりのない、うざったいものへ向けた視線。
ある意味では気安さが窺い知れた。
男の見た目は30手前といったところで、女はむしろ少女と言った方が正しい10代半ばの容姿。
しかし、年齢はあくまで少女の方が上、序列も少女の方が上だ。
『殲滅部隊』の中での序列など、五十歩百歩で偉さに差がないので公然と男は少女へ無遠慮に話すが。
「そうは言ってもリューゾー君。この作戦はどうも胡散臭いんだぜ」
「それは今に始まったことじゃないでしょ」
「いやいやいや、坊やだなぁ。そんなんだからリューゾー君は半人前なんだ」
男まさりな口調で少女——マリアナは話した。謎の上から目線で。
そして不意に起き上がり、色が抜け切った長い
どうにも目立つので普段は帽子をかぶり隠していたが、この時は帽子を床に放っていた。
「どうも今回ばかりは
「……確かに私も色々思うところはありますがね。だからって逆らうわけにもいかないでしょう」
「どうかな。こうも上がごたついてると、つけ入る隙もありそうだけどね」
マリアナがそう言って、それきり会話は打ち切られた。
ディスプレイへ監視を続けるリューゾーが11階廊下へ到達した侵入者の姿を捉えたからだ。
「出番みたいですよ。マリアナさん」
ディスプレイに映った標的——2人の女の姿を見つつの言葉。
「あいよ。じゃ、隙を見てこっち来てねリューゾー君」
「……分かってます。こいつの効きめが無きゃ無駄死にですけど」
そう言ってコートの襟を掴む。
彼が言ったこいつとは羽織っている灰色のコートのこと。
こんなコートは本来彼の趣味じゃない。
これはジェーン・ドゥとかいう女が授けた代物。
このホテルの作戦における秘策と聞いていた。
効果の説明は受けたが、うまく作動するかどうかは試さなきゃわからないと言われ、正直勘弁してくれと彼は思う。
しかし、その役目を同僚であるマリアナには押し付けられない。
向こうは向こうでかなり危ない橋を渡り、ジェーン・ドゥがもたらした未来予測によると十中八九死ぬらしい。
その状況をこの装備で覆せるかも——という話だったが……
どの道これが使えるのは魔術師か、ただの人間に限られるようで、人外たるマリアナには使えない。
「じゃ、今回はお互い生き延びれるよう神にでも祈っておきます?マリアナさん」
不意にそんな言葉が出た。
ちょっとばかしのヤケクソ。
それに後ろ姿のまま少女は右の中指を立て応えた。
◆◆◆◆
「さて」
マリアナは廊下を歩く。
同僚であるリューゾーこと
その点は疑いようが無い。
成功するかは別として。
「どうしたもんかね……確かに人外と正面切ってド突きあえんのはアダム・スミス除きゃ私ぐらいのもんだけど……」
マリアナは自身の正体たる『
ハーフヴァンパイアともあだ名される『
そのほとんどは生まれて即座に殺されると聞くが、ごく稀に生き延び化け物狩りのハンターとして飼育されることもある。
マリアナもそういう経緯を辿ったわけだ。
完全な『
さらに明確な弱点を持たない点は『
そんなわけでマリアナは武器で敵とド突き合う前衛を務める機会が多かった。
そんな彼女は今回の武器について考えた。
「どうしよっか……」
そう言って右手を握り込み、掌に爪を食い込ませ血を流す。
しかし溢れた血は、手にまとわりつくものの一滴たりとも床に落ちることはなく。まるで傷口を出てもなおも循環するよう蠢き、手に留まり続けた。
彼女が引き継いだ
血液の操作。
あまり複雑な動きはさせられないながらも、鋼鉄以上の強度への凝固、かつ何らかの形状を型取れる自在性で擬似的な武器として運用が可能。
そして彼女はこの廊下の横幅が狭いので長柄の武器は選択から最初に省き、マチェットの長さと鋭さを血液で
刃渡りは30センチ。
よく切れるだろう。
その鮮血の刃物は。
そして、1つ目の廊下の角を曲がったところで、
「っ」
猛然と迫る女の姿が見えた。
ライムグリーンの髪。『
両手に斧を持っていた。
刃と持ち手全てが金属の重さ。鈍重。
速度。
食い入り向ける目つき。
まるで、この瞬間、マリアナが角を曲がってくるとわかっていたかのように最高速度に達し——マリアナの首を根元から削ぎ飛ばした。
両手の斧で挟み込んだのだ。
それと合わせる形でマリアナもマチェットを振るい、同様にライムグリーンの髪の首を
◆◆◆◆
「うわ……」
いくらか見慣れていたとはいえ、ノトはその光景にちょっと引いていた。
リンが11階の廊下の曲がり角へ走り、その瞬間にちょうど向かいから来た女の首を刎ね飛ばしたかと思えば、リンの首も刎ね飛ばされた。
互いの首が刎ね合われ宙を舞うという、何か冗談みたいな光景。
しかし、次の瞬間には両者の首が元通りで元気一杯に命の獲り合いをしている。
——リンは首が飛んだ次の瞬間にはそれが嘘だったみたいに、コマ撮りで急に首のくっついた人形に切り替わったみたいに
——白髪の女は首の切断面から吹き出す血が粘性を持って伸縮し首と胴をくっ付けるように
元通りになった。
そして折を見てノトは銃撃を加える。
セミオートで1発1発。
おそらく致命傷でもあの白髪女を殺すことはかなわない。
通常であれば敵がどうやったら死ぬか冷静に探り出す必要がある。
人外を相手取った場合、人より異様にタフで生半可な傷で致命傷たりえないことが多々ある。
だからこそ前衛と後衛の役割分担だ。
リンが前衛で敵を食い止め押し切れるならそのまま押し切る。そしてノトが銃撃でサポートしつつ戦況を冷静に分析。
覗き込んだ
この階層に客が他にいないことはすでに確認済み。
敵は目の前でリンと切り結ぶ白髪女ただ1人のみ。
今回に限れば、このまま手足への射撃を続けつつ、リンが無慈悲に切り刻むのを繰り返せば決着は付くと把握している。
少なくとも
◆◆◆◆
目の前で斧を右と左で2本振り翳し、その人外たる
この2人の『
だが結局のところ——これは勝てないというのがマリアナの冷静な見立てだ。
その最たる要因はマリアナと斧の女とでは自己治癒の
少なくとも自己治癒に限れば斧を振り翳す『
マリアナは傷を負うたびに血液を行き渡らせ繋ぎ、凝固させ、急速に自然治癒を進めるのに対し、リンは傷を負った次の瞬間には負傷が全くの過程をすっ飛ばし消えている。
瞬く間に健康優良状態へ逆行。
その過程の有無が結局のところ傷を負うたび必要な手間の差として積み重なり、その手間はマリアナの挙動を少しばかりリンより遅れたものとする。
腕が切られたならそれを治癒して攻撃を繰り出す必然性は互いにノーガード戦法をとってる以上、マリアナにとって着実な遅延の原因となる。
「ちっ」
マリアナは舌打ちを漏らした。
守勢にまわればもれなく主導権を取られ、どのみち詰み。いや、そもそもそんなことをすれば廊下の奥の2人目からの銃撃で瞬く間に戦闘能力を削がれる。
少しでも狙われないようにするため動き続けるしか無い。
そして結局のところこの状況は想定内と言えた。
そもそもマリアナと龍三の今回の作戦はあくまで情報収集。
それは今後『
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