第17話 ウェルカム・トゥ・ホテル
駅から離れたホテル。
新しさとは無縁で既に建てられてから15年は経過しているその建物は、古びていながら経営は安定していた。
出張でやってきたサラリーマンが客の大半で、日々金を落としていく。
その1階のロビーへとこの時やってきたのは2人の女。
「ここかー、ノトちゃん、11階だっけ?」
と言ったのは羽二重リン。
そんな彼女をため息混じりに眺めて
彼女が邪魔にならないよう後ろで括ったポニーテールが、歩くたびゆらゆら揺れた。
「11階の1105室」
「りょーかい」
手慣れたやり取りだとノトは思う。
羽二重リンと組むのは近頃はそうなかったが、それでも自然に息が合う。
そう思いつつ眺めた周囲。
やや手狭なロビーは夕方以降は人も多そうだが今は昼間。
ガランと空き、受付の女性が暇そうにしていた。
敵の潜伏先にしてはさほど警戒されてないように見える。
見張りはなく、魔術による目らしき物も存在しない。
隠されているのかもしれないが。
しかしこのホテル全体の監視が甘いのか、見る限りで監視カメラは少ない。
それも一階に限った話か——とノトは思う。
そうした景色を後にツカツカ歩いてノトはエレベーターの前へ。ボタンを押そうとして
「あ、待った」
羽二重リンが、一言制す。
「階段で行こう」
立ち止まってしばし、ノトはリンの目を見た。
「……ああ、そうだっけ」
そう呟くと2人は階段のほうへと向かう。
ノトとしてはイマイチ信じきれていないが、エレベーターは乗ってからしばらくしたら吊り下げてるワイヤーが切られ、即席の棺桶にされてしまうことを既に知っていた。
◆◆◆◆
事の発端はつい2時間前のこと。
一般的な居住者が住んでいることになっている『
この1週間は『殲滅部隊』のこの街での活動の痕跡を探るよう言われ、しかしさほど情報が集まらなかったところ、「来い」の2文字で表せる連絡と共に
多分彼の方で何か情報を掴んだのだ。
ちょうどいい。
ここ数日は進展の無さでちょっとイラついて吸うタバコの量が増えていた。
ノトは見た目が10代後半にも関わらずゴリゴリのヘビースモーカーである。
時折リンから咎められたが、ノトにしてみれば、こういう毒物にはイラつきを麻痺させる魔力があるように思う。
あと、最近入った
で、規則正しく早起きと朝食、身支度を済ませ、最後に昔からの癖で着けてる度の入ってない眼鏡をかけた彼女は、指定された時間に漆原の待つ地下へ訪れた。
いつも正しい生活リズムを心がける彼女に隙はない。
そして、そこで既に待っていたのは、やや不満気で
天井は蛍光灯の光が照らしてることから『棺姫』は眠っていることがわかる。
「あの、どういう状況ですか?」
漆原に問うてみたが、返答を返したのは羽二重リン。
「あ、聞いてよノトちゃん。漆原ったら酷いんだよ。彼をこんな状態にしてさ」
そして床に寝転がる少年を見る。
ついさっきまで戦闘の手解きを漆原から受けていたらしかった。
「私とか、ノトちゃんならまだ戦闘向きだから分かるけどさぁ」
「……あのさぁ、リン。その話は脇に置いて、本題の話しない?」
「えー……」
何か訴えるような目をしてきたけど、それは努めて無視。
漆原へ視線を送り、話すよう促す。
「敵の潜伏先が分かった」
簡潔な一文からの報告。
漆原らしい話し方。
話がわかりやすいのは1つの美徳だとノトは考えている。
それから、敵の情報。
金髪碧眼で、ナヨっとした線の細い男の写真と、ホテルの間取りを見せられ、一通りを頭に叩き込んでいく。
羽二重リンもこの話となれば黙って聞く。
すぐ近くに横たわる少年を労わりながら。
たまに彼にも声をかけている。
そして、一通りの話を終えた末、
「で、結局彼はなんのために?」
とノトは問う。
彼——即ち武藤圭介を脳震盪なのか、あんな状態なのに引っ張ってきたのは何か理由があるはずだ、という推論。
「ああ、こいつの能力を実践でも試してみようと思ってな。おい、リン、そいつを叩き起こせ」
「えー……」
などと明らかに嫌そうな顔をしつつ、ため息をつき、彼女は渋々従う。
「起きて、おはよう、朝だよ」
などと言いつつペシペシ頬を叩かれた末に少年は覚醒。
急ぎ立ち上がり、おそらく直前まで格闘技術を叩き込まれていたゆえだろう。
素人離れした速度——しかし、ノトの目から見ればまだ粗のある動きで速やかに立ち上がり、周囲を見回す。
そして、彼が尋ねた。
「あの、どういう状況ですか?」
「お前の能力を使ってもらおうと思ってな」
◆◆◆◆
2人は階段を登る。
その予知の通りにホテルの従業員が下へと下っていくのを見届けた後、羽二重リンが口を開く。
「で、結局もろもろ全部罠ってことなんでしょ?」
「
リンの話にノトが答えた。
ホテルの11階は未だ遠く、階段を踏む音がわずかに周囲へ響き渡る。
「あの武藤圭介ってやつの能力どうなの。それで1人
「どうって……あー、あれは多分100パー当たるんだと思うよ。少なくともあれのおかげで私は危機を脱してるし」
「ふーん、でもさ、たとえば私がこのまま階段に居座り続けたらあの予知は外れるわけじゃん」
予知では特に無駄足は踏まずに階段を登ったと言われている。
「いや、そうはならないよ。ノトちゃんは絶対に途中で立ち止まらない。必ず11階に向かうよ」
「まあ、それはそうなんだけど……」
ノトにしても先の発言は漠然とした反骨心から出た言葉だ。
未来っていうあやふやな物をピタリと言い当てられてしまうのはそこに介在する生き物の意思とかを
全ての行動に意味がないような気がしてしまう。
ノトとしてはそんなふうに考えるわけだ。
「で、仮に正しいとしたらアタシたちは罠に飛び込むわけだ」
「でも、今回はそれも目的の一つだよね。敵の出方を直接見るっていう」
漆原から告げられた『殲滅部隊』の情報の1つとして、連中の動きがらしくないというのがあった。
初っ端に無理やり仕掛けてきたかと思えば、それ以降ほとんど情報をつかませない。
そういうチグハグさ。
敵の指揮系統が混乱しているのか、これも罠なのか。
いずれにせよ後手に回るのは避けたい。
そして、武藤圭介の能力があればこそ敵に対し安全を確保し攻められる。
今回はそういう背景のもとの作戦。
「そろそろ出して、手ぶらだと落ち着かない」
そう言いつつノトはスカートのポケットからグローブを取り出した。指抜きの黒いグローブ。
滑り止めで掌側に細かな突起が付けられていた。
「はいはい」
そう言ったリンは背負っていたリュックから短機関銃を取り出し、ノトに渡す。
続き取り出された黒い筒——
銃把は右、フォアグリップを左手で握りつつサイトを覗き込み具合を確かめ、セレクターは
「後方支援はよろしく。私が斬り込むから」
そう言ってリンは続き、リュックからマガジンポーチを取り出しノトのベルトに取り付けていく。
予備のマガジンは3つ。マガジン1つにつき装弾数30発。余程ばら撒かない限り、まず充分な量。
なお、ボディアーマーはリンとノト共に身に着けない。
戦闘向きの魔術師との戦闘で、魔術を防ぐうえで充分な強度を持つ防具はまず存在しないからだ。
なら少しでも身軽な方がいい。
先のアダム・スミスの一件が良い例。
あそこまで極端な例もそうそう無いが。
「なるべく当てないでね。私ごと撃っても良いけど」
そう言って最後に2振りの手斧をリンは取り出した。刃部のみならず持ち手までも鈍重な金属の一品。右手と左手で一振りずつ。
リンが刃物で切り込み後方からノトが銃撃を仕掛ける。
2人で組んだ時のお決まりの戦術。
「当てないよ」
銃の具合を確かめながらノトはポツリと呟いた。
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