第12話 殲滅部隊/後処理

 彼らは常に上層部の意志により運用されてきた。

 その手段が過激ならざるえないことから非人道的として一時、組織自体が廃止されたものの、第二次大戦後、世界に散逸した『魔術師』達が派閥を分け闘争を激化させたことをきっかけに再編。


 教皇と半数以上の枢機卿の許可のもと出動すれば手段を問わず瞬く間に神の敵を滅ぼす。


 そして彼らの目的は超常的な存在の抹殺と隠蔽。


「つまり、この世には私たちみたいな道理を外れた存在はいないよって共通認識を彼らは守ろうとする」


「……でもあの『棺姫』さ……いや、言い難いな、」


「ん?」


「やっぱり『棺姫』さんって呼び方だと仰々しいので、ヒツギさんって呼んでもいいですか?」


「構わないよ」


「じゃあ、遠慮なく。……別にヒツギさんは世の中に自分達みたいのがいることを知らしめようとはしてないですよね」


「もちろん。我々は社会の陰に隠れ、存在は知られていない方が良い」


「じゃあ、なんで襲ってくるんですか……」


「それはそもそも私たちの存在を許せないっていうのもあるけど、ここまでの実力行使に出た理由は……」


 少し間を置く。

 この人は一々所作や話し方が仰々しいというか演技がかっているけど、鼻につく感じはしない。様になってる。


「分からないね」


「……そんな気はしてました。なんとなく」


「これについては調査を進めている。彼らに狙われるのは完全に想定外だった」


 ここまで言われ、逆に僕は少し安心した。

 なんとなく隙がない印象の目の前の女性が隙を見せたように感じたからだ。


「ただね、彼らがここまで無理に動いたとなればそれは相当なことだよ。極端な想像だと、私たちを殺さないと世界が滅ぶ——とかね」


「嘘でしょ」


「うん、冗談」


◆◆◆◆


 すでに夜のとばりが降り、本棚の列が闇に沈んでいた。

 しかし、やや郊外とはいえ人通りが近くにないわけではなく、遠くの方で車のエンジンの音を耳に捉えつつ、その男は2階へ到達。


 そして、辺りを見回し一言。


「……もう死体も残ってないか」


 中性的な声。

 金髪碧眼の華奢な体格の白人。

 その手には真鍮製の鳥籠がぶら下がり、中に白い鷹の剥製が収まっていた。


「アダム・スミス……そう簡単に使い捨てたくなかったな」


 そうつぶやく彼はこの街に住まう化け物——『外道者アウトサイダー』の抹殺を命じられた作戦の責任者だ。

 さらには部隊の監督役も任されている。


 任されていると言っても大方の職務は後始末が中心で雑用係のようなものだが。


 このときは一通り処理を終えていたので、こうしてわざわざ現場へ出向いていた。


 辺りを調べ、近くに本の数冊が棚から落ちていたこと、弾痕が残っていたことなど見つつ、己の部下が化け物と闘い、殺されたにしては綺麗すぎることを思う。


 おそらくこのまま放っておいても警察へ通報がいくことはないんじゃないか――と思ってしまう。

 

 聞いた話では、『外道者アウトサイダー』が人を殺した場合、死体はおよそ10分程度で消える。

 しかし争った跡は消えずに残る——だったか。


「随分あっさりと負けてしまったのですわね?勿体無い」


 ゾッとするほど聞き惚れる女の声が響いた。

 男の本能に揺さぶりをかけるような、神経の中枢に絡みつくような声。

 そんな声を持つ女性が現れ、部屋へと入室を果たす。


 声に気付き、目をやる。

 一瞬、闇の中に白い生首が浮かんでいるように見えた。

 というのも、彼女の身にまとうシックなワンピースもヒールも手袋も、全て闇そのものから作り産み出された様に黒で統一されているため。


 その茫洋とした佇まいが幽霊のようで、しかし声だけが特徴的。


「ええ、どうやら貴方の言った通りです」


 丁寧な言葉遣いで男は返した。

 いや、実を言えば男にとってこの女性にどんな言葉遣いをするかは目下、迷うところではある。


 『殲滅部隊』の監督役である男は部隊の一員であるため大元の組織教会の教義に逆らえない。

 魔術師や化け物はことごとく殺し、否定してしまえという方針には。


 しかし、それをあからさまにするには相手が大物すぎる。


「だからいきなり良いカードを切るのはおやめなさいと言いましたのに……」


 やや苛立たしげな態度が少し演技くさく見えた。

 男もその点には同意見。


「ええ、そうですね。彼、アダム・スミスを先に投入するのは愚策だったと私も思います。しかしですね、ある程度被害を見せておかないと危険を認知できない輩もいるのですよ。お恥ずかしいことにね」


 アダム・スミスという現状出せる最高のカードを初っ端に切ることとなったのは、上からの要請という側面が強い。

 つまり、このすぐそばにいる黒衣の魔術師の手を借りずとも組織内だけで対処できると言って聞かない連中が上にいたからアダム・スミスが出動した。


 しかし、彼がこうしてあっさり殺されたことで初めて作戦の主導権が現場――すなわちこの男に移る。

 誰をどのように使って目的をどう達成するかこちらで決められる。

 上からの横槍もこれで少なくなるだろう。


「あなた方の意向は分かっておりますわ。あなたも大変でしょうね。しかし、これからはお互い手を取り合いましょう。『外道者アウトサイダー』という存在を滅ぼすために」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします。あなたの協力があればこれ以上、心強いことはありません。偉大なる魔術師、寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマン様の使いである、あなたが」


 男は白々しさを微塵も見せない、


「いえいえ、共に手を取り合えて光栄ですわ。殲滅部隊監督役コルバン・ルガー様」


 彼女は男へ対し微笑を崩さなかった。


◆◆◆◆


 『老人』と呼ばれる魔術師が現在、世界に5人居る。

 各々がその在り方にちなんだ異名を持ち、また通称ではあるが『5人のおう』などとあだ名される。

 そして彼らは一人一人が桁外れの魔術運用を行う。


——1人目『悦楽の翁』

アハト・アハト・オーグメント


——2人目『天意の翁』

山田 鈴廣


——3人目『変節の翁』

アスィーラ


——4人目『崩落の翁』

エゴール・ルキーニシュナ・プーシキン


そして5人目『双頭の翁』

寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマン


 『双頭の翁』たる寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマンは、また別のシンプルな異名として『怪人』とも呼ばれる。

 それは、姿形を表した異名ではなく、その正体と目的の不明さから付けられた名だ。


 ある時は一国の破滅に加担し、またある時は戦火の絶えぬ国々の国境をあらゆる手を駆使し消すことで和平と救いをもたらし、慈悲深い神のように振る舞ったかと思えば別の時と場所で悪魔のように振る舞う。


 そのような振る舞いを楽しんでる様子もなく、そもそも、本人が姿を現すことは無い。


 その一方で時折姿を現す使者からの話によれば一つの身体に二つの頭を持つ人物と伝えられる。


 いずれにせよ、なにも定かではない。


 なに一つ定まったものがない不定の存在として語られる。


 そして、寧楽楪ねいらくちゃ・ドップマンの使者たる女が現れたのは、コルバンが極東の国、日本へ派遣される2ヶ月前のこと。


 彼女が一体どんな形で組織にコンタクトを取ったのかコルバンは知らない。

 というより、上の情報はコルバン・ルガーまで降りてくることがまず無いのだが、しかしある日突然諸々の事情を話されて「じゃあ後はよろしく」と言わんばかりに部下と共にこの国へ送り出された。


 まったく、上意下達が不足している。


 そういった理由でコルバンが内心不満タラタラなのは言うまでもない。


 アダム・スミスが敗北したことでようやく主導権が現場に移るが、それまでには幾らか時間の猶予がある。


 だから、それまでは自身と部下の安全のため情報収集や根回しを進めておくつもりだった。


 数多の職務を命からがら掻い潜り、一応は監督役という比較的致死率の低いポストに付けた彼は今回ばかりはちょっと状況の不透明さに苛立ちを感じている。

 

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