第11話 加入

——その日、訳あって僕はその男を殺した。


 手口と言えるほど込み入った手を使ったわけじゃなく、台所にあった安物の包丁を一本手に取り、背中から刺した。


 後から考えれば、中途半端にしか刺さらず反撃を受けるとか不測の事態を招く悪い手だったとは思うけど、そんなこといちいち考えてられなかった。

 というのも、ある感覚が心に湧いていたからだ。


 心が満たされた感じ。

 殺して、そして何か心の空白が埋められた感じ、妙な心地良さは全てこの男への恨みを晴らした喜びだと思っていたけど、まるで見当違いだったわけだ。


 一方で、後に残された死骸は畳敷きの部屋に置いておくのが汚らわしく感じられて、その後風呂場の浴槽へ運び込んだ。


 そのやけに重たかったのを覚えている。


 そして、浴槽にうつ伏せに足と手をゴム人形みたいにぐにゃりと曲げて打ち捨てた様子を見て、やけに心のうちが冷静だったのを覚えている。


 それら全て、その時感じた感情は今になってみればあの時すでに『外道者アウトサイダー』に変質していたからだろう。


 だから、結局のところ僕が人を殺したいと思っていなかったのは、この男をすでに殺していたからそういう欲求が満たされていただけなんだろうと、今になってみれば分かる。


 『棺姫』と名乗った女性はそのことを見抜いていた。


「それで、ここにあった死体は結局、なに?」


 その言葉で思考がせき止められる。

 横から羽二重リンによる質問。

 興味の声。


「父親。一応ね」

 

 関係としてはそうなる。

 血も繋がっている。


「そう」


 単純な受け答えで彼女は返す。


「後悔してるの?」


「別に。死んでも良い奴だと思ったから」


 これは若干本心からズレる。

 あの男には死んで欲しいと思った。

 だから殺した。

 死んでも良いのではなく死んで欲しい。能動性の多寡が違う。


 ただ、それを詳しく語ろうとは思わなかった。


 それで、僕は死体が消え去ったことではなく、自身が手にかけた死体を置いたその場所を見て自分がなにを感じるのか確かめにきた。


 あのアダム・スミスという男を殺し、そして父親という関係の男を殺した事実を受け入れ、そして自分がまだ人間なのかどうかを確かめたかった。


 いや、結局確かめるまでもなかったか。

 結果論だけども。


「行こうか。ここにもう用はないし」


 そう言って彼女に声をかけた。


 それに長居は危ない気がした。

 今日襲ってきたあの男は僕の名前をなぜか知っていたからだ。

 だから、よくよく考えれば、元々住んでいたこの場所を割り出されていてもおかしくないわけで。


 そう思い先に彼女の視界を借りて未来を見て安全を確保したけど、いつまでもここにいたいわけじゃない。


 だから、相変わらず建て付けの悪い扉を開き外に出て、そして、


「あのさ、入るよ。君のボスの組織」


 彼女にそうやって告げた。


◆◆◆◆


「ルールを一応確認しておこうか」


「ルール?」


 あの長い階段を下った地下の部屋。

 目の前には『棺姫』と名乗った女性。


 アパートの地下の、今は天井がアクリルガラスになって柔らかい光が差し込む、広い部屋にまた戻ってきた。


「いや、大したことじゃないんだけど、これから先は原則2人以上での行動を心がけてもらう。取り急ぎペアを組んでもらうけど、羽二重リン彼女でいいかな?」


 羽二重リンにはこの話中、部屋の外で待ってもらうように頼んでいた。

 部屋には『棺姫』さんと僕の2人きり。


「いや、まあ良いですけど。一応、理由は?」


「近頃物騒な連中が多いからね。単純にその方が安全ってのと、私達の能力の特性を加味して」


「能力の特性?」


 天井の向こうで熱帯魚が蠢いて、ちょうど目の前の彼女に影を投げかけた。


「私達の能力は他人がいてはじめて成立する。君は他人の視界から未来を見るし、リンちゃんは他人の認識を書き換え自身の傷を無かったことにする。私もそうだ。他人の知覚にその品物があったっていう認識を刷り込み、現実に反映する」


 そう言って目の前で、広げた手の平から1匹の赤い金魚を産み出す。

 目は離さなかった。

 気づいたらそこに既にあった、という感覚だ。


 酸素を求めピチピチ跳ね、彼女が手のひらを傾け床へ滑らせ衝突する寸前にそれは忽然と消えた。

 なに一つ前触れない出現と消失。


「この能力は物品を創り出す。これが私の能力で、便利ではあるけど超常的な物は創れないし、私の分身以外に生き物は作れない」


「で、話を戻すけど『外道者アウトサイダー』は、例えば孤立した状況で無人兵器をけしかけられたら苦戦を強いられる」


「だから、ペア組んで、常に自分の力を使えるように?」


「そーゆーこと。それなら法外な強さを得られる。無敵ではないけど」


 ここまでを彼女は語り終えた。

 語り終え、ひと心地ついて


「ま、長くなりそうだ。座りなさい」


 そう言うと、彼女は椅子に腰掛ける。

 さっきまで無かった、どこぞのオフィスにでもありそうな椅子だ。

 僕の後ろに、もう一脚。


 そして座った瞬間、目の前に木のテーブルが出現。


 それらを見て、この部屋が殺風景な理由が分かった。

 家具が必要と思えばその都度創れば良いからだ。


「そろそろ、こちらからも質問いいですかね」


「というと?」


「いや、僕があなたのチームに入るのは安全のためです。色々気が変わったのもありますけど……」


 自分が精神面で既に人間じゃないと確信したのが理由の1つではある。


「泥舟には乗りたくないんです」


「うん、もっともなことだ。答えられることならなんでも答えよう」


 手で促され、頭の中でまとめた質問を話していく。

 

「まず、資金はどこから?この地下室とか作るの金かかったんじゃないですか?」


 資金調達……については多分コレだろうなという心当たりが付いている。


「資金?全て話すと長いけど、大半は……」


 そう言ってテーブルの上に手をかざす。

 そして下にあるものを見せつけるようにどかすと、何もなかったそこに真っ赤で、血管の浮き出た心臓があった。

 テーブルに直で置かれ体液がテラテラ光沢を放っている。


「たとえばこういう物を市場に流している。複雑な生き物フルセットは創れないけど、パーツなら別だ」


 そういうことだろうなとは思っていた。

 いや、臓器とか生々しい物じゃなくても金塊とか宝石を創って売れば資金の問題は解決する。


 そして、彼女がテーブルの心臓を隠すよう手をかざすと、それは瞬く間に消えた。


「じゃあ、2つ目。今回襲ってきた、あのアダム・スミスって男はなんなんですか?あの男の後ろにいるのは?」


 どうにもこの界隈に疎いから質問の仕方が漠然とする。

 一応羽二重リンからザックリとは聞いていた。


「んー……簡単に言えば、キリスト教の宗派の1つってとこかな。あの宗教ってかなり宗派分かれてるでしょ」


 カトリックと、プロテスタントと、あとは、なんだイギリス国教会か?

 僕はそれぐらいしか知らない。


「中でも異端審問官と祓魔師の流れを汲むバリバリの過激派組織。表向きは教会が存在を否定しつつ超常現象への懐刀として抱える組織。中でも使い捨てを前提とした『殲滅部隊』。ここまでは聞いたって話だよね?」


「ああ、そうですね」


「だから、まず知る限りの情報として彼らの目的を話そうか……」

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