第13話 能登柚月(のと ゆづき)

 その日、その広々とした部屋にはくつろぎのスペースが用意されていた。

 地下室な都合、四方が壁で、寒々しい印象はあっても、中央にカーペットが敷かれ、その上にシックなインテリアたる天板が透明なガラステーブルとそれを取り囲む黒で統一されたソファが4台。


 近くにはドリンクホルダーまで用意され、金持ちが趣向を凝らしデザインしたように見えなくもなかった。


 わざわざ広いスペースを用意し、その真ん中あたりしか使わないという贅沢さがその印象の原因。


 それらを見て僕は、これもヒツギさんが創り出したのか——と思う。

 

 まだ、誰もいない。

 いや、常にこの部屋の奥には棺が置いてある。

 その棺に収まっているらしいヒツギさん。

 部屋の主人たる彼女はいつでもこの部屋にいる。

 いつもは入室してしばらくすると現れるのに、一向に出てこないのでソファに体重を預け待っていると、続き入室を果たしたのは


「あれ、私が2番目?」


 羽二重リン。

 こちらへ歩いてきて当たり前のように僕のすぐ隣、同じソファに腰掛ける。

 そして何を話すでもなくスマホを弄り始めた。

 僕は少しばかりスマホの画面を覗き込む。


 ありふれたソシャゲの画面。

 確か、サービスが開始して随分経っていたアプリのはず。

 運営もゲームバランスを取ることはとうに諦め、ごく一握り残ったユーザーからガチャで金をむしることにシフトした末期のゲームと記憶している。


「おもしろい?それ」


「いや、あんまり。でもずっとやってるし」


「……あそう」


 そして、少しばかりの沈黙。

 彼女は話すときにはとにかく話すのだが、別のことに集中しているとき、いくらか無口になることを最近知った。


 そして、親指のフリック操作をボケっと眺め


「構って欲しいの?」


 イタズラめいた表情。


「いや……別に」


「ふーん……へぇー」


 何か意味ありげにこちらの顔を覗き込んできた。

 その末に、唐突に履いていたスニーカーを脱ぎ散らかして彼女は足をソファに置き、そして、僕の膝を枕に寝転がる。

 そして、また、スマホでの作業じみた操作に専念し始めた。


 彼女のこういう家猫のような距離の近さには、ここ数日のうちに慣れつつあった。


 この『外道者アウトサイダー』と呼ばれる存在の集まりに入ることを決め、数日の間、何をしろとも言われず諸々の手配を進めてる間は待機と言われて、それから半ば強引ではあったが、最終的には僕が了承する形で羽二重リンの住んでいた部屋での同棲がスタート。


 それで数日過ごしてみたが、彼女も荒事が絡まなければ年相応というか、どこにでもいそうな女だってことが分かった。


 だから、会ったばかりの時のような近くに居られると命の危機を感じるとかそういうのはとうに消えた。


 でも、1つだけ疑問。


「僕の何がそんなに気に入ったかってことがなぁ……」


 そこだけが違和感を拭えず、頭の中に残り続けた。


「ん?なに?」


 彼女の声で、思わず口を突いて思考が漏れていたことに気付く。


「あ、いや……」


 取り繕おうとしたが、これはこれで良い機会のような気がしてきた。


「前々から気になってたんだけど。僕の何がそんなに気に入ったわけ?」


「んー……?」


 少し考え込むように彼女は瞳を右往左往させる。

 そして


「顔」


 シンプルな一言。

 いや、分かりやすいけど


「そんなに良いかぁ?」


「うん、好み。まー……でも、髪型は……今度切ってあげるよ。私、手先器用だし。後、服……も今度選んだげる」


「ああ、そう。それは……ありがとう」


 と答えつつ、先の『顔』という返答になんか腑に落ちない気がしてたら、ちょうどそのタイミングで、


「あ、来た」


 扉が開いた音の直後、リンがそう告げ、遅れて入室した人物を見た。

 見知らぬ女。

 多分同年代。


「お疲れ、ノトちゃん」


 リンに『ノト』と呼ばれた彼女は地毛と思わしき黒みがかった茶髪のポニーテールと、タイトなロングスカートを揺らしながらツカツカと歩いてくる。

 かけている細いフレームのメガネに光が少し反射していた。

 

 ノト……『能登柚月のと ゆづき』だったか。

 事前に名前はリンから聞かされていた。

 ただ、どんな人物かということについては


「んー……良い人だよ。しっかりしてるしね。友達友達」


 と、情報未満のものをザックリ教えられただけ。

 

 そして今日、この時にいつもの地下大広間にリンと共に呼び出されたのは、他のメンバー、即ち他の『外道者アウトサイダー』との顔合わせのためだった。


 といっても今回僕とリン以外に呼び出されたのはたまたま空いていた彼女——能登柚月のと ゆづきだけ。


 彼女は僕とリンで占拠したソファの真向かいのソファにゆるく腰掛け、どうも僕を警戒しているのか、目元が険しく。しかし聞いてみたら別にそういうわけでは無いらしい。

 ただ、


「イチャつくならせめて場所を選んだらどう?」


 とだけピシャンと言われた。


「えー、固いなぁノトちゃん」


「アンタねぇ……」


 呆れまなこでリンを見つめていて、それを受け、渋々リンは僕の足に頭を載せるのをやめた。

 なるほど、こういう人物か、と僕は思考する。少なくとも僕よりリンの扱いに長けていそうな気がした。

 それだけでなんとなく好印象を抱く。


「えっと、多分聞いてると思うけど僕は——」


「——武藤圭介……だっけ?よろしく」


「ああ……よろしく」


 発言を先回りされた。

 なんとなく壁を感じるなあってことと、別に同じグループに居るからって仲良くする必要もないか、という諦めの同居を感じているところで、部屋に4人目、いつも通りの黒スーツを着た漆原うるしばらが入ってくる。


「ん、全員揃っているな」


 補足だが、リンに聞いた話だと、『漆原』という名はヒツギさんが勝手に付けたらしい。本名は誰にも名乗ってないのだとか。


 それはさておき、そんな彼がまだ空いてるソファの一つにどかっと腰掛け、そして単刀直入に


「えー、まずお前、武藤圭介」


 指で僕を指し示しながら


「お前には最低限動けるよう色々叩き込む」


 少し間をおき


「そんで、その後、目処が立ったらお前達3人で仕事に当たってもらう」


 そうやって告げた。

 仕事——その詳細を聞いてみれば、それは例の『殲滅部隊』への対処のことを指していた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る