第4話 鷹

 タイピングの音が続くホテルの一室。

 カーテンが閉じられ街灯の光すらシャットアウトした暗い部屋。

 照明は灯されていない。


 その中でただ1人、男は暗さを好み机に向き合ってキーボードを叩く。

 彼がタイピングを続けるノートPCがブルーライトでこの部屋を照らしていた。


 そうしてタイピングとマウス操作の繰り返し、あるタイミングでキリが良いと判断したのか彼は、作成した文書を一度保存し読み直す。


 『報告書』


 そのシンプルなタイトルで始まった十数ページに渡る文字情報、一見するとなんてことないビジネス——骨董品を売買する顧客情報をまとめたものに見えた……というよりそう読めるように偽装している。


 暗号を用いた意味の偽装だ。


 古くは魔導書に用いられたこのような仕掛けは単純ながら効果は高い。

 暗号を解さず読めば真の意味には辿り着けず、理解する者だけがその意味を汲み取れる仕組み。

 セキュリティソフト、パスワードをどれだけ駆使しても通信を行う限り情報漏洩のリスクは免れず、こうした古典的な手法が彼の属する組織ではよく用いられていた。


「さて……」


 不意に漏らした一言はどこか中性的な声。

 その声音に似つかわしく、男の身体には筋肉が少ない。


 ただ、伸びをして手のひらを上に、両腕を上げるとベキベキとエグい音が鳴る。

 余程、筋が凝っているのか。


「こんなものか」


 そう言いつつ彼は文書にパスワードをかけメールソフトで送るべき相手へ送りつけた。


「『外道者アウトサイダー』か……俺たちの手には余るかな。上は何考えて……」


 と言った矢先。

 たった今送ったばかりのメールへ、ほんの数秒で返信が返ってくる。

 だからすぐさま男はその内容に目を通した。


 長文のため、忙しなく視線が動き、意味を一通り読み取る。


「なるほど、現状用意できる最高のカードをぶつけると……なるほどね。俺としちゃサポートに徹するだけでいい……」


 独り言が多い。

 盗聴対策は一通り済ませているから、その点で抜かりはないが。


 そうして彼はおもむろに立ち上がり、ベットの上へ鎮座したある品を手に取る。


 それは真鍮しんちゅうの鳥籠だ。


 中々大きさがある黄色のその中には一羽の白い鳥が収められていた。

 その大きさから羽毛が白い、アルビノの鷹ではないかと推察できる。


 だが、死んでいる。

 死んでいて、中身を大型取り除き、それは剥製にしてあった。


 海外からの旅行者に当たる彼は、空港に剥製を持ち込むことはできない。そのためペットとして貨物扱いでこの国に持ち込み、器具を揃えて残りの仕上げとして殺し、剥製に仕立てた。


 それはもう丁寧に。

 丁寧に処理するほど挙動の精度が良いことを彼は知っている。


 そして、しばらくその剥製の目を見つめ、鳥籠を開き羽毛に覆われた首に右手で触れ、何事かを唱える。

 そして、最後に


「Amen」


 その一言と共に十字をきれば、単なる精巧な剥製であったはずの骸がまるで自我を持ったように動き始めた。

 翼の筋肉から全身へかけ微動を起こし、ついにはその首を能動的に巡らせ己に触れる者を見つめ、認識する。


 その様子をなんら感慨に耽ることなく見届けると、彼は鳥籠を片手にぶら下げ、窓を開いたまま鳥籠の開閉口を外へと向けた。


「行け」


 蘇った鷹の剥製は主となる彼から下された命に従い、籠から飛び出しすぐさま翼を広げ風を掴み、羽ばたきと共に薄汚れた街の空へ抜けていく。


 それをしばらく眺めるのは、男にとってただの動作確認。

 その後、しばらく夜の街を眼下に収め、その混み具合、人間という要素をぶちまけた大通りとたまたま目につく駐車場の隅でゲロを吐く男を見て辟易を感じ、室内へ視線を戻した。


 外の、街灯と月明かりが差し込むその部屋は、先まで作業していたノートPCの他にベッドと壁の間に何かが三体、敷き詰めるように寝転がっていた。


 人に似たそれは、瞼を開き眼球を剥き出しのマネキンに見えたが、肌のきめ細かさやハリ、毛髪の生え方から、それらもまた剥製であると伺える。


「『人』の方は結構使っちゃたし補充しないと……」


 それらに目をやりつつ、最後に一言。


「つーか、俺の人形は戦闘用じゃねーっつーの、ったく」


 ぼやいた。

 ぼやきながら、今度は気分を変えるためかカーテンと窓を開いたまま、また机へと戻り残ったタスクの消化へ移る。


 仕事は未だ終わる気配がない。

 

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