第2話 サディスティックな彼女
私は「さて、どう料理したもんか……」なんてサディスティックな考えを浮かべた。
既にこの喫茶店に入って20分は経ったか。
チマチマ食べたパフェは大部分が溶けて、ただのミルク+αと化している。
もう食べようという気は起きないから行動に移すにはちょうど良い。
渡されたプロフィールを信じるなら目の前の同年代の——確か名前は武藤圭介——は、焦ってるのか額から一筋、ツーっと汗を垂らした。
よく見れば僅かに目が躍っている。
それを見て本当にこういう局面に慣れていないんだなという事実を噛み締めた。
ちょっと可愛い。
それに、自分が優位に立って相手がそれをくつがえしよう無い時、明らかな焦りを見せた今みたいな状況は噛めば噛むほど心が満たされるみたいで実は好きだ。
——でも、本気でやっちゃダメなんだよなぁ
刺激を与えろという指令を思い出す。
これでは生殺しだなと思う一方でこれを楽しんでる自分の内面も自覚する。
私みたいな奴は仲間内では少数派。
「どうしたの?汗かいてるけど」
少し口角が吊り上がってしまった。
いけない。これじゃあまるでいじめてるみたい——
「何が……」
「え?」
「何が目的?」
しどろもどろになりながらのボソボソした物言い。先までのハキハキした喋りは作っていたのか。
「何って……何が?」
少しおちょくる。
「そのナイフ……とか、それで僕を殺すつもり?」
そうじゃ無いけど——
「そう、って言ったら?」
「目的は?」
存外冷静に聞いてくる。
そして目的を聞かれて、
「なるべくこの少年の能力を調べろ」という注文を。
「目的は……君の能力について知りたいかな?」
私が何者で、質問してくる理由がまるで分からないから困り果てる少年。
こちらの言ってる『能力』というのがさっき、こっちの手に触れた時やった事とは理解できたらしい。
おそらく何かを『観測する』タイプのものと聞いていたけど……
なんて思考が逸れ始めたあたりで、少年が考えをまとめ口から一通り情報を吐く。
「えっと、1時間先の、触れた相手が1時間先までに見る景色が見える。30秒ぐらいかけて。自分には使えない。えっと、後は……ああ、1ヶ月ぐらい前にこの能力に気付い、気付きました……」
なるべく早く済ませたいのか、一息に内容をまとめてる。
ちょっとビビらせすぎたかも知れない。
少し声音を和らげた方がいいか。
「それだけ?」
仮に彼の話が正しいなら相当なレアだ。
——他人が見る未来を1時間先まで覗き見る。
ハッタリを言ってる感じはしない。
いや、そういう事言えるタイプと思えない感じ。
「……それだけって言うのは?」
「んー?例えば、あー……能力に限らずなんか変わった事は?急に目の前の人間殴りかかりたくなったり、ぶち殺したくなったりとか……」
「いや、無いですけど……何の話?それ……えっと、後……」
「なぁに?」
「帰って……いいですか?」
「駄目」
即答で言い放つ。
こっちの即答に彼が唾を飲み込んで、心なしか汗の量が増えている。
「あ、あの、お金、そんなに無いですけど……」
「いらないよ。それにこっちのやりたいこと、もうわかってんじゃない?」
そう言って見せる様にニヤつきながら右手のバタフライナイフを、手首のスナップを利かせ、振りで持ち手を開き、すぐさま切り掛かれるよう刃を剥き出す。
「え、」
刃を露出させた動作と並行し振りにいく。
なにか抵抗されたらその時、ぐらいの気持ちでこの時私は喉笛をかすめることに決めたけど——想定外。
想定外のことが起きた。
まずは頭の左側を横殴りにされるみたいな衝撃でテーブルに倒れ、目測誤り刃先は少年の喉元を少しだけ裂いて通り過ぎた。
「ひっ」
その悲鳴がナイフに向けたものじゃなく、じっと向けられた視線はこっちの顔面を凝視して
「あえ?」
なんか、生暖かい。
生温かさの中、身を起こす。
身体がだるい。
頭にバケツ一杯の生ぬるい油かぶせられたみたいで何か垂れて、あ、これ、血
「やば……」
前のめりに倒れるまでを私の意識は認識していた。
◆◆◆◆
「え、なん……は、え?」
何が起こったのか、僕には全く、さっぱりわからなかった。
口の中が渇く。喉の傷が少し痛む。
周りの数少ない客はその一連の物音に急遽こちらへ視線を向け、思考を停止させていた。
——その時、どこか遠くで花火打ち上げたみたいな破裂音が響き、そちらを見るけど冬に花火なんて上がらない
ただ、その視線の先にある、店向かいのビルを写す窓に小さな穴が空いている。
目の前、さっきまで僕を殺そうとしたっぽいこの女の子は、頭の左側からダラダラ赤黒い血を流し、目玉をひん剥いて机に頭を突っ伏して
「し、死んっ——」
「——ああびっくりしたぁ!」
ビクッと身が震える。
何か、出来の悪いグロテスク映画の中に居るみたいだった。
窓に開いた穴とか遠くの破裂音とかから目の前の少女は銃で撃たれたのだと冷静に分析できたけど、それこそ出来の悪い映画みたいに目の前の女の子は既に流した血を垂らしながら座り直し、テーブルに落ちたバタフライナイフを拾う。
その時、テーブルへ近づいてくる第三者の足音。恐る恐るコツコツ踏み出してくるその音。
「あの、大丈夫ですか?」
状況を受け入れられてないながらも、客を気遣う喫茶店の女性店員が声をかけてくる。
「え……えっと、」
何も大丈夫じゃない。
ただ、状況がわからなさすぎて何も説明できない。
だから困り果ててるうち、あろうことか助けを求め、さっき僕を殺そうとしてきた彼女へ視線を向ける。
多分、冷静な思考が伴っていない。
そして、見た先で、あの女はバタフライナイフへ付いた自分の血をジャケットの袖で拭き取り、ふと、立ち上がる。
訳もわからず目で追う。
彼女は無言のままその女性店員の肩に片手を置き、
「え」
もう一方の手で3度、その腹へバタフライナイフを差し込む。
抜いて刺す、抜いて刺すを繰り返す。
「「え?」」
と、声が重なるのは僕とその女性店員の2人。
「何……え、」
と唖然とし言いかけたその時、その刺された店員の顔から表情が抜け、冷静に、そのナイフを見ていた。
「……いつから、気付いた?」
店員が先までと同じ声、ただし抑揚のない声で尋ねる。人に似て人じゃ無いと明確にわかる声はよくできた合成音声に似ていた。
「この状況で逃げず話しかけてくる奴まともなわけないでしょ」
笑顔で言い放つやいなや、バタフライナイフは放り捨て、その首を片手で掴み、どんな馬鹿力か知らないが、馬鹿みたいな腕力で持ち上げ一息に、木目の床へ、その後頭部を叩きつけた。
人間の頭蓋骨がどの程度固いか知らないけど、まるで果物を叩きつけたみたいに中身を散らして爆ぜる。
それを眺め状況に嫌気が差す。
それでも異様な展開が繰り返され目の前で起こってる実感が這い寄ってくる。
「さて……」
たった今店員だった物を叩き潰した女は一仕事終えて僕の方へ振り向き、
「いっ」
ど、どうすれば……
「ああ、そんなに怖がらないで……ていうか、状況が……いや、頭下げた方がいいよ」
後退りしたその時、額の前を何か掠め皮膚が擦りむけた。
「ひっ」
狙撃してる人がいると思い出す。
「狙撃手はあんま腕良くないか……ていうか、襲撃は無いって話じゃ……労災案件ですよこれは……」
呆れてため息吐く彼女の指示に従い窓から見えない、椅子の陰に身を隠す。
そして、それまで焦って周りがよく見えてなかったけど、よくよく見れば奥の店の扉からワラワラ入店を果たす人の数、数える事数十人が押し寄せ出入り口を固めていた。
先まで店内にいた客も同様に表情の抜け落ちた顔で群れに混じる。
各々その手に鈍器やナイフやマチェットやら斧やらと雑多な凶器の数々。
「全員意識の無いゾンビで固めてるってことはぁ……相当準備してるなぁ」
それを眺め、羽織っていたダウンジャケットの中、背中にベルトか何かで括り付けていたのか、ホームセンターに売ってそうな凶悪で鈍重で細い腕に似つかない手斧を彼女は取り出す。
そして、
「あ」
何かに気づき一声。
「ねえ!」
僕に話しかけてきた。
「君さぁ。君、この状況で助けてほしいよねっ!」
「え?」
「いや、だって目の前にはあー……暴徒の群れ。人じゃ無いけど、暴徒の群れいるじゃん?アレ全部潰さないとここから出られないじゃん?」
「いや、それはあなたも同じじゃ……」
「……私は良いよ。窓割って飛び降りれば済むし」
「いや、ここ5階ッ……」
気付いた。
人1人片手で持ち上げ、床に叩きつける腕力を持つ少女。なら5階から飛び降りても無事と気づく。
とすればここで僕を見捨てても問題ないわけで、
「……助けてっ、欲しいですっ……」
もう、どうにでもなれっどうにでもっ。
「……じゃあ、じゃあさ、ここから出る手助けするからさ、私のお願い聞いてよ」
絶対碌なことじゃ無いとは思う。
でも選択の余地はない。
聞くしかない。
「私の彼氏になってよ」
なぜ?という以前に聞きたくない。
絶対に嫌だ。
なんで、なんでこうなった。
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