コタツにまつわる話

タヌキング

魅惑のコタツの世界

「それでは僭越ながら入らせて頂きます。」


「ど、どうぞ。」


ゴクリ、何故僕が緊張しているのだろう?たかがクラスメートが初めてコタツに入るだけだというのに。

どうしてこんなことになったかと言うと、それを説明するには一時間程時間を巻き戻さないとならない。



僕こと神崎 巽(かんざき たつみ)は凡人の中の凡人、取柄も無ければ、これといった弱点も無い、何処にでも居るつまらない平凡な高校二年生である。

そんな僕にクラスでも一、二を争う美人さんが放課後に話し掛けてきたのだから、さぁ大変。


「神崎君、ちょっとお話良いでしょうか?」


「えっ?僕ですか?」


彼女の名前は有栖川 紫苑(ありすがわ しおん)さんといい、何をやらせても如才ない、ポニーテールと黒縁メガネが似合うクール系の優等生である。まさに高根の花と言った感じの彼女が、僕の様な男に何の用があるというのだろう?


「そうです。神崎君に折り入って頼みたいことがあるのです。」


「な、なんでしょう?」


有栖川さんが僕の目をしっかり見て話し掛けてくるので緊張してしまう。美人に見つめられるなんて幸運ゲージがぐんぐん減っている様な気がするので、今日更新されるゲームアプリのガチャは引かない方が身のためである。

それにしても有栖川さんと僕は、ほとんど接点が無いのだけど、本当に何用で話し掛けて来たのだろう?


「オホン、実はですね。アナタの家のコタツに入ってみたいのです。」


真顔でそんなことを言われて、僕は一瞬プロポーズされたのかな?と勘違いしてしまったが、すぐにそんな訳はないと自分の心を落ち着けた。


「僕の家のコタツにですか?それは何故のことでしょう?」


「はい、実は私、生まれてこの方コタツというモノに入ったことが無く、興味があったのです。それで一廉の人間を目指す身としては何事も経験が大事だと思い、機会があればコタツに入りたいと思っていたのです。それで先程アナタが御学友とコタツの話で盛り上がっているのを聞き、これはチャンスだと感じたので、ご提案させて頂いた次第であります。」


えらく堅苦しい感じだけど、要約するとコタツに興味があるからコタツに入らせてくれということだね。別にそれは構わないのだけど、それは色々問題があるのでは無いだろうか?


「有栖川さん、一応僕は男なんですが。」


「ん?存じ上げていますが。」


首をかしげて、僕が何を言っているのか分からないといった感じの有栖川さん。高校生の男の家に女子が上がるのが問題ありそうな気がするのだが、もういいか。この分だと僕は人畜無害の人間として彼女の脳内にインプットされているのだろう。僕にもその自負はある。


「・・・分かりました。僕の家のコタツで良ければ、いくらでも入ってみて下さい。」


「本当ですか♪ありがとうございます♪」


いつものクールは何処に行ったのだと言いたくなるほど満面の笑みを浮かべる有栖川さん。待って待って、そんな風にギャップを見せられたら男子高校生的には好きになっちゃうヤツだからやめて欲しい。


この様な経緯があり、僕の家に有栖川さんを招待し、僕の部屋のコタツに彼女が入ることになったのである。居間にも大きなコタツがあるのだが、そんなとこにこんな美少女を入れたら、ウチのお母さんが無言でお赤飯を炊き始めそうなので、僕の部屋のコタツに入れることにした。

ちなみに部屋の掃除に10分ほど時間をいただいたので、男子の嗜みは押し入れに全部ぶち込んだ。僕のコレクションよ、後で出してあげるから待っていてくれよ。


「ス―ハー、何だか入るのに勇気がいりますね。何でも入ると一生その魔力に囚われてしまうと聞きましたので。」


呼吸を整えながら緊張の面持ちの有栖川さん。そんな身構えなくても良いと思う、でも確かにコタツの魔力というのは確かに存在するので、あながち間違いでも無いかもしれない。


「有栖川さん、そんなに怖い物じゃないので気軽な気持ちでは入ってみて下さい。」


「そうですね。神崎君のお時間を使わせてもらうのも申し訳ありませんし、今度こそ中に入らせて貰います。」


そうして今度こそ、スッと有栖川さんがその美脚をコタツの中に入れたのである。

はたして人生ファーストコタツの感想とは如何に?


「ふぉああああああああ♪これは温かいですね♪」


顔を赤らめて恍惚の表情の有栖川さん。普段のクールな感じは完全に崩壊したが、コタツに入るリアクションとしては、これ以上無いぐらい完璧なリアクションである。少し官能的に感じるのは僕が思春期の男の子だからだろう。


「な、なるほど、これは容易には抜け出せませんね。テレビを付けても宜しいですか。」


「どうぞどうぞ。」


テレビを付けると夕方のニュース番組がやっており、ハッキリ言って高校生にはつまらない番組なのだが、コタツに入っている時にはテレビの内容など正直どうでも良いのである。流れているテレビ番組さえコタツをより快適にする付属品に過ぎない。


「喉が渇きました。ミカンを食べても宜しいでしょうか?」


「はい、ご自由に。」


コタツにミカンこれはマストである。価格高騰によりミカンの値段も高くなっているとはいえ、コタツの上のミカンは切らさない様にする。それがコタラーとしての責務なのだ。


「ニャー、ニャ―。」


ウチの二歳になる黒猫のクロノが僕の部屋にやって来た。よしクロノ、客人をもてなすのだ。

アイコンタクトで僕の意思を汲み取ったのか、クロノは有栖川さんに近づいて行き・・・。


「ニャーン♪」


そのまま有栖川さんの膝の上に乗った。いいぞ、クロノ。だがそのポジション実に羨ましいぞ。


「きゃああああああ♪・・・この子を撫でても宜しいので?」


「はーい♪いくらでも撫でまわして下さい♪」


恍惚の表情を浮かべながらクロノを撫でる有栖川さん。数時間前までこんな有栖川さんの姿が見られるとは思いもしなかったが、人がコタツに堕ちて行く様を見るのは、何とも背徳感があって良いモノである♪くっくく♪

これで有栖川さんはコタツ無しでは生きられまい。きっと家に帰った後に両親にコタツをねだる筈である。


~一時間後~


「スー、スー。」


・・・とんでもない事になった。何と有栖川さんがクロノと川の字になって、あおむけの状態でコタツで寝始めたのである。コタツで寝ると風邪を引くし、何よりもう帰らないとご両親も心配するだろうに。

これは流石に堕落していく姿が面白いとか言ってられないな。


「あ、有栖川さん。起きて下さい。」


「・・・んん?何ですか?」


上体を起こしてメガネを外し、寝ぼけ眼を擦りながら、事態を飲み込めていない様子の有栖川さん。おいおい、コタツに入ったことで、えらいポンコツになっているではないか。


「もう18時なので、そろそろ帰った方が宜しいかと。」


「そうですねー、そうなんですよねー。」


どうやらボーっとして僕の話がちゃんと頭に入っていない様だ。これはコタツの魔力が効きすぎた結果だろう。このままではコタツ中毒まっしぐらである。


「あと十分、あと十分だけコタツに居させてください。」


「そ、そうは言われましても。」


「オ・ネ・ガ・イ。」


上目遣いの潤んだ瞳でそう言われてしまっては、惚れてまうやろー!!

こうして僕は有栖川さんをコタツの外に出すことに失敗し、あまつさえ自分までコタツの中に入ってしまった。

こうして20時までコタツの中でまったりして、有栖川さんのご両親が迎えに来る事態に発展。僕は玄関で土下座をしてご両親に謝った。

全く予想もしていなかった青春の一ページであった。



~十年後~


どうも神崎 巽です。27歳になった僕は休日の夕方、娘とコタツに入ってテレビを見ながらミカンを食べていた。娘の名前は有栖(ありす)といい、自分の前の名字を気に入っていた嫁さんが付けた名前である。有栖はひいき目無しでべんっぴんさんで、幼稚園でもモテモテらしい。良かった僕に似なくて。


「お母さんもコタツ入ろうよー。」


有栖が夕飯を作っている紫苑に声を掛ける。別に隠しているつもりが無いので言ってしまうが、旧姓 有栖川 紫苑さんが僕のお嫁さんである。

あの後、毎日の様に僕の家に入り浸るようになった紫苑さん。コタツがある時は勿論、コタツを仕舞った後の春も夏も彼女は何故だか僕の家に来るである。

これは流石に勘違いでは無いだろうと、三年生の秋に告白したらOKを貰えた。そうして付き合い始めて、23歳で結婚。今ではマイホームで幸せな家庭を築いているという、コタツのおかげで棚から牡丹餅的な幸運である。


「有栖、待っててね。もうすぐ夕飯の支度終るから。」


「はーい。」


後ろから見るポニーテールの嫁さんの姿、いつになっても眼福である。

紫苑がコタツの上のテーブルに料理を並べ終え、ようやくコタツの中に入って来た。

相変わらずの恍惚顔である。


「うふふふふふ♪」


日々家事に追われる彼女にとって、こうして家族とコタツに入ることが至福の時間になっているのだろう。いつもお疲れ様です。


夕飯を食べ終えた後、僕と紫苑と有栖が三人並んで皿洗いをしていると、有栖がこんなことを言い始めた。


「わたし、コタツに入ってると落ち着くの。もしかして私ってコタツから生まれたのかも♪」


それを聞いて僕は洗っていた皿を危うく落としそうになった。これはあまりに不意打ちである。

紫苑と僕は顔を見合して苦笑い。

言い得て妙、娘の言った事があながち間違いじゃないのである♪


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