第二幕 サーマの森編

第13話 森の入り口

4の月中頃、空が暗くなり始めた頃。等身大に戻った俺様は大陸の地図を広げながら、ロウと並んで歩いていた。


「良いのか?今の俺様が誰かに見つかったらヤバいだろ」


「この辺には人がいなさそうだし、先日の一件のこともある。君にはある程度戦力になってもらえるよう、魔力量と物理量の制限を緩くしておいた」


「よくよく考えりゃあ、半分お前のせいなんじゃねえのか?俺様の魔力をあんなに制限してなきゃ、あんなやつらすぐ...」


「だからこうして反省している。昨日のチンピラくらいなら片手間にぶっとばせる位には、戻しておいたから」


「それでもこれ、フルパワーの半分の半分にも満たないぞ?全部、解除してくれたって良いんだぜ」


「君の化け物じみた強さは俺が一番知っている。そんな恐ろしいことできないよ」


「ったく。化け物はどっちなんだか」


あれから奴は、こちらの案内に大人しく従っている。しめしめ、その気になりゃあ騙し放題じゃねえか。方向音痴だからな。


「暗くなってきた。だいぶ、植生も変わってきたね。えっと...この森、入るの?だいぶ込み入ってるというか...ヤバそうな所だけど」


「ああ。最短で魔王城までたどり着きたければここ一択だ」


嘘は言っていない。地図には忠実だ。そのまま、嘘ではない説明を続ける。


「サーマの森。ここにはヤバい魔獣がうろうろしてる」


「なるほど...懸念事項が幾つかある」


「言ってみろ」


「折角君の服が戻ってきたのに、台無しになると困らない?」


「そこかよ。第一、最短でゴー!とか言ったのはお前だろ」


「確かにそうは言った。ただ、対処法がわからない魔獣にでも襲われたが最後、俺らの旅はそこで終わり。魔獣である以上、君のコネでなんとかって訳にも行かないよね?迂回をした方が良い」


以外。そのまま入るかと思ったのに。


「只者じゃないんじゃなかったのか?」


「自分から負け戦を挑みに行くほど自惚れてない。それもまた強さだ」


畜生!どさくさに紛れて奴を弱らせ、隙を見て殺す計画が台無しになる!なんとか。なんとか、奴をこの森に...あっ、そうだ。


「どうだか。ここを通る利点はまだあるぜ」


「例えば?」


よし、食いついた。


「常人なら入らない場所だ。滅多に手に入らない高級素材が溢れてる。路銀稼ぎにはもってこいだ」


「ほう」


バカめ、これは今考えたデタラメだ。そもそもこの森から生存して帰ってくる奴はほとんどいないんだから高級素材もクソもない。


だが、我ながら説得力がある。


「なるほどね。うーん...」


「即決しないのか?」


「どのみち、森の手前で野宿かな。明日決めよう。夜が更けてしまう」


「わかった。良い返事を待ってるぜ」


ちぇ。決定打にはならなかったか。


「結界を張る。君からも魔力を貰うから」


「へいへい」


こんな場所で野宿なんぞ、普通は考えられないな。が、コイツの底知れない魔力がそれを可能にしている。相変わらずの化けもんっぷりだ。


「よし。...あの」


「なんだ?頼み事がありそうな顔してるぜ」


「何でバレた?」


「最初のクールぶってるお前からは考えられないくらい、お前の表情の変化はわかりやすいからだよ。言いたいことあるならさっさと言え」


「これ」


「あ?」


奴の手には、大きめの透明なコップが一つ。


「一発出してくれ。」


「別に良いが、ルーハでの分はどうした?」


今思い出すと見事に嵌められていてまた腹が立ってきたが、その話は今は頭の片隅に置いておく。


「滴定したり魔力分析にかけているうちに量が減って無くなってしまったんだ。次の分が欲しくてね」


「...はぁ。わかったよ。」


正直なところ、かなり憂鬱だ。あんなことがあってからでは。


「嫌そうだな」


「嫌に決まってるだろ。お前も、理由は何となくわかってるくせに」


「それでも、興味はつきない。はっきり言って君はモルモットだ。だから死んだり、必要以上に傷付いたりしてもらっては困る。君の精神を折るようなことはしたくない。不本意ながらね」


「...そうかよ。今までの謝罪もそのためか?」


なんだ。なんで、何か、もやっとしてるんだ。俺様は。


「まさか。俺に友達で居て欲しかったの?」


そう、ハナクソ狼が言う。


「そんなわけないだろ」


ああ、そんなわけがない。知り合ってすぐの、しかもこの俺様に何度も恥をかかせたクソ野郎に友達だ?あり得ない。


「俺は君を、都合の良い道具として見ている。つまり、ビジネスライクだ。魔王城まで辿り着けたらそれで良い」


「ほう、そうかよ。...お前。なんでそこまで俺様の精液に固執する」


「固執するなと言うほうが無理がある。この絶大な魔力量、コントロールする術があれば素晴らしい成果になる...」


「それだけじゃないだろ」


好奇心でモノを語っていた奴の顔が、一瞬固まる。やはり図星か。


「これは俺様の勘に過ぎないが。お前には何かもっと、別の目的があるんじゃないのか」


「...それは秘密だ」


「へぇ。まあ、今は聞かないでおいてやる。しかしなんだ、立ち話が長引いたな。...見るなよ?」


「見ないよ」


俺様は、ドーム状の結界の範囲内のはしっこにある大木の影で股間をまさぐった。そういえば、久々にまともに服を着ている。そこから、昨日の野宿のことを思い出した。


「俺様の服じゃねえか。何で?」


「王都の押収品が雑貨屋で売られてた。良かったな。それに、これだけじゃない。新品のやつもある」


「ふぅん。...おっ」


「お?」


「サイズもぴったり。見た目も...悪かねえ」


「なんだよ。歯に物な挟まったような言い方してさ」


「お前がこんなにまともなもの買ってくるの、以外だったから」


「何だと思われてたんだ、俺...」


「というか、いつサイズ服の測ったんだ」


「ルーハの外で、君の腰に布を当てた時」


「ああ、あの時か。いずれ必要になると思ってあえてやったのか?」


「それは、秘密だ」


「全く、どこからどこまでがお前の計算の範疇なんだ?食えない奴だ」


「やだなぁ、計画だなんて。俺はただ、魔王城に向かいたいだけだよ」


-----


何だ。何を考えてやがる、勇者ロウ?俺様は疑問を煩悩でかき消しながら、淡々とモノをしごいた。


「...」


1日以上出していない割には、なんだか振るわない。


「畜生。何でだ」


何でだも何も、あったものではない。原因は明白だ。


「俺様は道具なんかじゃねぇ」


左手でコップを握りしめながら、右手でしごく。そうこうしている間に濃いオレンジだった空は色が沈んでいき、闇におおわれていく。ハナクソ狼が火を焚きはじめ、パチパチと音がし始めた。

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