第14話 魔王城書庫

「遅かったね。心配したよ」


「心配?ああそうか。これがあれば、お前は構わないんだもんな」


コップ一杯の精液を、ロウの手に差し出す。


「ご苦労様。これで、また解析に専念できる。...あのさ」


「なんだよ」


「拗ねてる?」


「何で俺が拗ねてることになる」


「いや、なんか機嫌悪そうだなって思って。あの時の事が忘れられないのかと」


「...当たり前だろ。あんなことされて、数日もしないうちに忘れるほうが無理だ」


俺様がそう言ったのを見て、ハナクソ狼はしょぼくれて視線をそらしたかと思うと、焚き火を見つめはじめた。


「君が半分俺のせいだと言ったが、それは正しい。本当に...ごめん」


「あぁあぁ、もう。そういう湿気た空気は嫌いだ。頼むからやめてくれ。俺様は、誰かの道具でも何でもない。言いなりになんてならない。...いずれお前を殺す」


「なんのために?」


奴は焚き火から視線を動かさない。


「俺様に近付く奴は等しくクズだから」


その言葉には、まるで怯む様子を見せない。


「的を射ている。俺は君を利用するためにここにいるのだから。でも、本当にそれだけ?」


「...どういう意味だ」


「何でもないよ。ただ...」


ハナクソ狼は試験管に俺様の精液を入れ、なにやら液体を追加し、焚き火からとった小さな火で加熱しながら、それを手で回して撹拌している。


「君たち魔族と人は、何故争うようになったんだろうね」


「そういう歴史があるからだ」


「俺はそこに疑念を抱いているんだ。どちらでもない者として。その鍵を握っているのは...」


奴は撹拌した精液の色の変化を見て目を見開きながら、小さく呟く。


「おぉ...」


「なんだ。それで何かわかるのか?」


「秘密だ。もう寝ようか。夜も遅い」


「おい、気になるだろ」


「物語というのは、続きが気になるくらいが丁度良い。君もぜひ...いや、やっぱりいい。君の傷心度合いを考えれば、強制するようなことではないか。ごめん」


けっ。なんだコイツ。きしょくわり。


「...」


ハナクソ狼の目が潤んでいる。は?何でお前が泣く?泣きたいのはこっちだよ。


「おい、なに泣いてんだよ」


「目に煙が...」


あっそう。なんだよ。心配して損した。


「はーあ!!なんかスッキリしねぇな。おいハナクソ狼」


「何?今、滅茶苦茶目が痛いし痒いしで大変なんだけど」


「んなこたぁどうでも良いんだよ。聞かせてやる。俺様にかけられた魔法、愛の束縛とその性質。そして、そこからの顛末についても...な」


「いいのか?」


「ああ。...話したほうが気が軽くなるかなと、そう思っただけだ」


「そうか。わかった」


ハナクソ狼は試験管を振るのをやめ、道具を片付けようとする。


「いいよ。そこまで気合い入れて話を聞かれると逆に困る。ながらで聞け」


「そうか?ならそうさせてもらおうかな」


ふう、と息を吐く。パチパチと、木炭の弾ける音がすっかり闇におおわれた空間に響いて、ここにいるのは俺様たち二人だけだと認識させる。


「...十年前。俺様は子供だった時から、『愛の呪縛』による制限をかけられていた。世界の成り立ちや語学なんかをずっと学んでた、頭のいい奴だった」


「それ自分でいうんだ」


「お前が言うか?...まあ、とにかく。子供ながらに、俺様は優秀だった。だから、親父回りで起きてる闘争のことも知ってたし、親父に魔法で制限をかけられてからと言うもの、誰とあうにも怯えるようになっていた。そうやって、ずっと城の中で過ごしていたんだが」



-----



二年前。ヴァルドボルグ18歳の時。魔王城・書庫にて



「ヴァル様。ヴァル様~」


コンコンコン。白い髭を蓄えタキシードを着た白竜人が、格式高い大きな木の扉をノックする。その音は大理石でできた豪奢な空間に反射して、コォン...ォン....ォン...と、余韻のある響きを作る。


「もうとっくにお食事の時間を過ぎてございます。折角の好物、ソラクジラのステーキが冷めてしまいますぞ」


「...メークンか。子供扱いするな。好物でつれるほど、俺はもう幼くはない」


「これは失礼。開けてもよろしいですかな」


「いいよ」


扉が開くと、そこは魔王城の書庫。見上げると首がおれそうになるほど高い天井のそのギリギリのところまで、さまざまな色や形をした魔導書や歴史書、図鑑や小説なんかがびっしり並んでいる。


そこにはスライド可能な木製のはしごがかけられていて、あらゆる本の閲覧を可能にしていた。


「ヴァル様は勉強熱心でいらっしゃいますね。誠に素晴らしいことですが、それではお体に祟ります」


「良いんだ。俺に近付く奴はみんなクズばかりだ。外に出たくはない。鍛練だって、やろうとおもえばここでいくらでもできる」


「...制約は、かかったままなのですね」


「ああ」


ヴァルドボルグは腹を撫で、愛の束縛によって刻まれた紋章のありかを確かめる。


「もう、何年も経った。なのに。誰も彼も考えることと言えば、効率的に取り入り、奪うことばかり。もう懲り懲りだ」


「...胸が痛みます。...このような若さで、一族の特性でヴァル様を苦しめることになるとは」


「同情は要らん、メークン。俺はこの世界を手にいれる。人を根絶やしにする。そして...信じられる誰かと、ずっと共にいられる自由な世界を造り上げる」


「素晴らしい!それでこそ、ヴァルドボルグの血に連なる者です。その志、忘れないでください」


メークンは手を叩き、大袈裟に頷く。


「...子供扱いするなよ」


ヴァルドボルグは立ち上がり、穏やかに自身を見守るメークンを睨みながら、


「風呂にはいる。ご飯は後だ」


そう切り返した。

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