第10話 街の外へ

ルーハ北門、四の月の中頃、太陽が顔を出してすぐくらいの時刻。一人の端正な顔立ちの青年が、関所に到着していた。甲冑に身を包んだ検査官の中年男は荷物検査を進めながら、青年...もといロウの変装した人間に話しかけている。


「お兄さん、何処へ?」


「魔王城の方向です。勅命で」


「へぇ。大変ですねぇ。あの辺は強い魔物も多い。今、魔王軍はあんまり動いてなくて平和だけど、油断なりませんよ?なんか変な動きがあるって噂も立ってるし...」


「お気遣い感謝します。ですがご心配なく。私、強いですから」


「威勢が良いねぇ、兄ちゃん。...おや、ずいぶんと色々買い込んだね」


「ええ。装備とか鎧とか、北方行きに向けて色々整備したので」


「なるほど。はい、はいはいはい。オッケーオッケー」


検査官は手元の書類になにやら書き込みながら、荷物を乱雑に確認していく。ここのところ魔王軍はマトモに機能してない分、平和だからな。荷物検査もだいぶ適当だ。


「この、買い物かごは?なんかもぞもぞ動いてません?」


げ。俺様、バレてる?


「えーーーーーっと...」


おい!とっさに出る言い訳くらい用意しとけ!


「生き物なんですけど」


バカーーーーッッッ!素直か!


「ほう。そうですか」


「指定有害動物じゃないです。えっと、飼いスライムです」


スライムぅ!?この俺様がか!ふざけるな!


「見ても良いですか?」


「ええーーーーっと」


がんばれ、何とかしろ!


「そ、その子はもうとんでもなく恥ずかしがり屋でして。それはもう、人の目を見ると死んじゃうくらいっ、繊細なんです。ハイ」


うわー、演技滅茶苦茶下手。目が泳いでる。今、ケツ側に検査官が、正面にハナクソ狼がいるわけだが。


(な・ん・と・か・し・ろ)


口パクでそう伝えると、ハナクソ狼は激しくうろたえて、口をパクパクさせる。金魚かオメーは。


「さ!」


「さ?」


「さわってもいいですよ」


「え、良いんですか?繊細な子なんでしょ」


「布越しに触られるのはめっちゃ好きなんですよ!ね!!」


ね、じゃないが?


(ハ・ラ・ダ・セ)


ヤツがそう口パクしてきた。は?


(イ・マ・ス・グ)


仕方ねぇ。見つかったら俺様もヤバイしな。もぞもぞと、反対向きになり、腹側を上にする。検査官の男が、腹を、手のひらで触り始めた。


「あっ、確かに。これ、飼いスライムですね」


「でしょー。ぷにぷにしてますよね」


あああああああああ!!!ふざけるなふざけるな!誰がプニプニだ!!


(タ・エ・ロ)


うるせぇ!クソッ、クソクソクソクソ!


「気持ちいいですね~」


「うん。イーサンちゃんも喜んでます」


早く終われこのジジイ!長いんだよ、っていうかお前もノリノリで触り続けることを勧めるな!っていうかイーサンって13の語呂合わせかよ、雑かこの野郎!っていうかそういうアドリブはできるのかよ!!あーツッコミが止まらん!


「はい。じゃあ荷物検査終わりでーす。いってらっしゃい」


「いってきます」


そうして、屈辱に満ち満ちた荷物検査は終わりを迎えたのだった。めでたしめでたし。


...めでたくねぇわ!!


「おいハナクソ狼てめぇ!あの場でああなること想定してなかったな?」


「いやごめんごめん。ヴァルが荷物として定着してたからつい。それに、あの場で高等姿変化を使ったら、ぴかーとか、ボンってなるでしょ?だから、お腹を...その、ちょっと魔法で目立たない程度に柔らかくして...」


ほんとに全部即興だったわけか。計画性が緻密なようで、以外とうっかりさんだな。


「とんだアドリブだったぜ。そもそも、次の街からは俺様の姿は...それこそ、飼いスライムとかにしといた方が良いんじゃねえか?いや、屈辱的だけどな?」


「その...なんだ。高等姿変化は、変身させる姿を一つ学ぶのに、かなーーり時間がかかるんだよ、俺の場合。才能があるヤツは別としてな?だから変身用のこの人間の姿と、昔家で飼ってた黒い子竜の...つまり、今のお前の姿と、あとは片手で数えるほどの変身しか習得してないんだよね。だからいつでもなんにでもなれる訳じゃない」


「そうかよ。良かったな、入りに使った南の関所は荷物検査なくて」


「いや、本当にそうだな。でも、ここから魔王城に近づくと検問も厳しくなるし、これは何とかしないとな...」


それから俺様たちはかごに揺られ、なだらかな、舗装された土の道を移動した。一面、みどりの草原と背丈の低い草花、まばらな木、人の畑なんかが見える。


空は、雲一つない青。春の風が布の隙間から吹き込んできて、なんだか眠たくなる。


「眠くなってきたな。なあハナクソ。歩きてぇんだけど」


「ついに狼要素が消えた...。でも、ここしばらくまともに歩けてないからな、ヴァルは」


「そのヴァルってのキショイからやめろ」


「良いじゃないか。せっかくの旅だ。俺のこともロウって呼んで良いんだぞ?」


「それは嫌だハナクソ狼。こっちはな、数日連れ歩かれて体がなまって仕方ないんだ」


「まだ街からあまり離れていないだろう?我慢して」


「...へいへい」


それから、俺達は歩き続けた。ルーハを支えるなだらかな平野を離れると、地形には起伏ができはじめ、先の見えない森が近づいてきていたところで、ハナクソ狼が足を止めて振り替える。


「ルーハ、だいぶ遠くなったな。大きい街だったけどもう点みたいになった」


「点みたいっていうほど遠ざかっちゃねーよ。まだ面くらいだ」


「そうか?...そうかも」


「一週間か。結構長く滞在したな」


「路銀をたくさん貯めたかっからね。装備も、景気よく買い換えたり磨いたりしたし」


「宿に、魔除けチャーム貰ってたりしたな。お前、なんであの安宿にやたらとチップ払ってたんだ?」


「そりゃあ、ほら。罪悪感だ。二人いるのに、ずっと一人分の金で泊まってたし...」


「それで、羽振りがいい!だなんて言われてちやほやされて、お土産まで貰ったわけだろ?新手の詐欺だろ。これ」


「そもそもの話、お前は魔王の息子だ。バレれば、街の人間は怯えるだろうし、王宮からシメられるしで、良いこと無しだからな。これは勇者なりの良心だ」


「騙されてるぜ、宿のやつら。あーあ、こんなんが勇者でいいのかなー」


「...言ってろ」


「それで?次は何処の街を目指す?」


「ふっ。最短で、魔王城に到着する。」


「え、お前それできるの」


ハナクソ狼の顔が、硬直する。


「ううっ、デキナイデス...」


だろうなぁ。


「よし。道案内は任せろハナクソ狼」


「え、いいの?」


「いいも何も。そうしないと到達できないだろ?旅仲間になっちまったんだ。それくらいはするよ。...何だ?お前。俺様のこと見て。顔に何かついてるか?」


「いや。別に?じゃあ頼んだ。これ、宿の人にそこはかとなくねだったら、貰えた大陸の地図。これで魔王城まで案内してくれ」


「それももらいもんかよ。貸してみ。うーん...あぁ...」


小さくなった手は、者を掴むに適さない。なので、旅の間はずっとロウがご飯を...うわ。思い出したら腹立ってきた。


「このハナクソ野郎!」


「えっ、え?急に怒られた!なんか悪いことした?」


「ある意味、常にな!あのよ」


「なんだい?」


「読み辛いから元の姿に戻してくれないか」


「ああ、いいよ」


ボンっ。からの全裸。


「って、そうだった、こうなるんだった忘れてた!!おい、服は」


「あっ。うっかりしてた。言われてみれば、お前の分買ってなかったな。お前が持ってたものとか着てたものは、軒並み身ぐるみ剥いで王宮に押し付けて来ちゃったしな」


「ふざけ...ふざけるなぁ!ルーハに戻れ、今すぐ!」


「ここからはしばらく街はないんだよね?なら、別にいいじゃん」


「よくないわ!ヴァルドボルグ13世であるこの俺様が、野外を全裸で歩けるわけがなかろうが!」


「うーん...じゃ、次の街まではこれで」


俺様の腰に、奴は例の買い物かごの布を巻き付ける。いや、それお前がやる必要ある?


「それくらい自分でやるよ」


「たまにはいいだろ」


「セクハラやめろ、このハナクソ狼。股間をまじまじと見るな」


「えーっと。それからこれ。外套。はい、ばんざいして」


「無視すな。あと子供扱いヤメロ。俺様はな...」


「おお」


なんだこいつ、変な笑い方しやがって。


「なんだ?」


「いやぁ~。腰布一枚にサイズのあわない外套一枚。すごい変態だよ今の君」


はぁあ?お前がやったんだろうが!


「笑うな、やっぱり街に帰る!!」


「でも、自分にあわない魔族用の服を買うのは、不都合が多い。路銀だって無限にある訳じゃないし、おれは一人旅してるってことになってるし...いや。贈答用と言うことにすれば、問題ないな。決めた。街に帰ってお前の服を一式買い揃える」


「俺様は?」


「ここで待っていろ。三時間もすれば帰ってくる」


「長くないか?俺様も同伴する」


「ヴァルは荷物としては扱い辛い。かといって、等身大のままつれていくのは目立つから避けたい」


「お前一人で街歩きなんかできるのか?」


「大丈夫。これを」


その手に、円盤状に削られ、表面に細いひし形が刻まれた魔道具が握られている。大きさは、掌にすっぽり収まる程度。これは。


「...魔法磁石?買ってたのか」


「そうそう。この石に魔力を込めれば互いの位置情報がわかるっていう、アレ。これで、『軌跡顕現』を使わずとも少ない魔力消費でヴァルのところに帰れる」


「正直心配だ」


「気持ちは分かるけど。ここでおとなしく待っててくれよ。もう、あんなスリルは味わいたくない」


関所のこと、相当堪えてるみたいだ。何とも言えない渋い顔をしてやがる。


「はい、小さくなって」


ボンっ。また、子竜の姿になる。偶々なんだろうか?奴の飼っていたという子竜が、こんなに俺様の姿と似てるなんて。


「適当に、服に隠れて待ってて」


「...ちゃんと帰ってこれるのか?」


「まさか。子供じゃあるまいし」


お前が言うか。


「じゃあ、すぐ帰るから。よし、走るぞ」


ぎゅあん!!と、およそ生き物が走ったとは思えない風切り音がして、奴は、あっという間に遠くなった。


「ゲッッッホ、ゴホ!!おい、ハナクソ狼...」


なんつー土煙だ!


「全く。すごいんだか、すごくないんだか」


「...い」


あん?気のせいか。誰かの言葉が聞こえたような気がしたが。


「おい...」


「いていった...」


いや、気のせいじゃないな。茂みに誰かいる。しかも、同族。それも一人じゃなくて二人。


「おい、そこの竜!お前...ヴァルドボルグの血筋のヤツだな」


猪のような見た目をした魔族が二人、茂みから顔を出す。一体、なにもんだ。

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