第9話 傷の舐め合い

宿に戻り、相変わらず一人分の料金で宿泊すべく俺様をまたかごに押し込めたハナクソ狼は、無愛想な宿の爺に金を払い、部屋への階段を上がる。

外は祭りの余韻が残り、まだ片付いていない照明器具なんかがぶら下がったまま、街の人間はどこか疲れ気味だ。ハナクソ狼はまわりを見渡して、外套を脱ぐ。しまわれていた耳がぴょこんと立って...


「っておい、その外套、サイズあってないんじゃねぇの?耳に折れ跡がついてる」


「これは人間用だから。バレないように」


「大きいフードがついてる奴買えよ」


「...これは村のみんなで作った。だから買い換えられない」


「貧乏性め。思い出だからといって着続けて耳を傷めることが、お前の仲間が望んだことか?」


「お、ヴァル。お前たまには良いこと言うんだな」


「たまにはってなんだよ、たまにはって。っていうか、ヴァルってなんだ!!」


「お前がハナクソ狼ハナクソ狼うるさいから、どうやってお前のことを呼ぶか思案していた。ヴァルドボルグ13世、略してヴァル。妙案じゃあないか、どうだい?」


「ああもう、わかったよ。好きに呼べ」


「あれ?ここでひと悶着ある想定だったんだけど」


「ここで逆らうのはエネルギーの無駄だからな。言ったろ?お前の首は後で取る」


「懲りないね。そうだ、俺のこともさ。ロウって呼びなよ。二文字だぞ?その方が、お前も楽だ」


「嫌だね、ハナクソ狼。お前のことを名前で呼ぶなんざ、考えただけでも...うひぃ、鳥肌立つぜ。あとな、その外套、サイズアップしてやるよ。後で貸せ」


「ええ?なんか、信用ならんな...」


「昼に言っただろ。俺様には基礎教養があるんだよ。そのくらいならできる」


ロウ...じゃなかった。ハナクソ狼は、以外だ、と言った風に目を丸くして、かごの中の俺様を見つめる。


「...お前、思ったより使えるな」


「お前が不器用なだけだ。ああ、そうだ」


「なんだ?」


「部屋に入ったら元の姿に戻してくれよ」


「ダメだ。今日ベッドで寝るんだろう?だから、ミニサイズのままが場所を取らない」


は?いやいや。俺様がベッドで寝るってことは、今日はお前が床で寝るってことだろうが!


「おいハナクソ狼、俺様にベッドを明け渡すんじゃなかったのか!!?」


「俺は"今日は俺様がベッドで寝る"というヴァルの約束を承諾したに過ぎない。別に、こっちはベッドで寝ないとは一言も言っていないが」


うわ、屁理屈だ屁理屈だ!でも反論できねぇ!


「誰がお前となんか寝るか」


「何、恥ずかしいのかぁ?」


にぃ。そんな擬音が聞こえてきそうなほど、奴の口角は意地悪く上昇した。ムカつく!


「だって、ベッドは一人にひとつだろうが」


「ボンボン発想だねぇ。案外、雑魚寝も悪くないもんだぞ?ほら、ついた。風呂は俺から入るから外套縫っといてくれ。その間だけ、元に戻してやる」


「ちぇ。上から目線でやんの。あー腹立つ。ムカつく」


古びたドアの金具は錆び付いて、ぎぃぃ~と不快な金属音が鳴り響く。奴は涼しい顔をして部屋に結界を張り、しっかり俺様の行動を制限した。


「俺はもう風呂に入るから、後のことはよろしく頼んだ」


そしてロウ...いや、ハナクソ狼......いや、ロウは、次々服をかごに放り投げ、


「頼んだ」


そう言って、外套を俺様に手渡した。


「何だよ、信用してないとか言ってたくせに。調子のいい奴」


渡された外套は、よく見るとあちこち補修の跡がついている。それらは巧みに隠されていたり、あるいは隠されていなかったり。縫い跡も、すさまじく大雑把だったり、キメ細やかだったりしている。


「傷のなめあいの結晶か。気に食わないな」


補修の作業に入る。切って、布を足して、縫って。久々でも、以外と感覚に狂いはないものだ。


「俺様をメイドか何かと勘違いしてるんじゃないか、あいつ。いつか首を取って落とし前つけてやる...」


「威勢がいいのはいいことだ」


「げっ。きいてたのか!黙って風呂に入ってろ!」


そんなやり取りをしているうちに、その日は夜になった。奴は街で買った魔導書を訳のわからない勢いで暗記して実践してみたり、かと思えば採取した精液を分析にかけたりしていた。外套を縫い終えた後、街を眺めながら二日で滅ぼすシミュレーションをしていたがすぐに飽きてしまい、こうして今、ロウのことを観察している。


「勤勉なんだな」


「ああ。学び続けなければ、すぐ他の奴に追い付かれるからな。一番強くなきゃ、勇者として意味がない」


「そりゃあ、立派な心構えだこと」


「どうも」


「皮肉だよ」


そんな応酬を繰り広げながらも、ハナクソ狼は俺様が縫い終えた外套に目もくれず勉強をしている。


「...なあ。寝ないのか?もう11時だぞ」


「そうか。もうそんな時間が」


そして奴は寝巻きを羽織って、俺様が寝ているベッドに入ってきた。


「狭いなこの野郎、暑いしケバケバしてるし」


「あ。元に戻すの忘れてた」


ボンっ。あーあ。余計なこと言っちまったかな。そうじゃなきゃあ、大きいままで居られたかも知れないのに。


「っていうか元に戻すってお前。こっちの小さい姿はお前が勝手にそうしたからそうなったんだろうが」


「まあまあ。これで狭くはなくなった」


「それでもせめぇよ。ただでさえ安宿のベッドで一人でもいっぱいいっぱい何だぞ」


「じゃあ近くに寄ればいいだろ」


「それは嫌だ」


「じゃあ、床で寝る?」


「...それも嫌だ」


「ワガママだな」


「お前のせいだろうが。俺様は...」


ベッドで誰かと二人。やめろ。思い出すな思い出すな。俺様は。もう二度と、あんなことは。


「おお、なんだ辛気くさい顔して。外套、ありがとうな」


「うるせぇ。やっぱりお前はハナクソ狼だ。...床で寝る」


「どうした?昼間の威勢の良さは何処へ行ったんだ」


「気が変わったんだよ。お前と一緒になんか寝ないからな」


何言ってるんだ。昨日より、ここの方が幾分かマシだろ?それはわかっている筈なんだ。なのにどうして。


「ヴァルがそう言うなら。俺は先に寝る。おやすみ~」


奴は、そう言って眠りにつく。


「...」


昨日のことを、思い出していた。こいつは紛れもなく、あいつ本体の筈。だがこの小さな肉体では何もできない。どのみち奴のことだ、策をろうしているに決まってる。


「...傷の舐め合いなんざ、くだらねぇ。俺様は誰も信じない」


そうして、その夜は更けていく。俺様たちの旅は、こうして始まった。

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