第8話 ザモミモザの花

「おい」


「俺の名前は"おい"ではない。ロウだ」


「そうじゃねぇよ。なんで話しかけられないまま止まってるんだ」


ルーハ郊外の草原地帯。低い背丈の木がまばらに生えるその場所で、奴は木の影にしゃがんで隠れていた。俺様はというとかごの中で、そのかごは地面に置かれている。俺様が見上げながら答えを待っていると、唾を飲み込んだハナクソ狼は鋭い目付きで、


「こっちにだって心の準備と言うものがある」


と言った。そんなに覚悟の要ることか?しかしまあ、なんというか。この状態、不審者にもほどがあるだろ。ケンカ吹っ掛けたとはいえ、勅命で魔王討伐しようとしている勇者がこのザマでは...ってなんで、俺様こいつの味方をするような心の動きを?

クソ、腹立つ!よし、こんなときはこいつのこと貶してすっきりするか。


「成るほど。コミュ障か」


「...」


相も変わらず、分かりやすい男だ。下から見上げているこの状況でも、顔が固まってるのがわかるぜ。


「そうなんだな」


奴は肯定も否定もせず、ただ俯く。もう、ほぼそうですと認めたようなもんじゃねえか。なんだよ、こいつ結構面白い。


「仕方ない。ここは軌跡顕現を使うか」


うわ、めちゃくちゃキメ顔な割に言ってることクソだせえ。


「おいおい、それは疲れるんだろ?聞いちまえよ。その方が楽だろ?」


「そんなことするくらいなら魔力を大量に消費する方がマシだ」


筋金入りじゃねーか。


「俺様とは普通に話すだろ?」


「だって...お前は研究対象、兼雑用だし」


はぁ??こいつ、だいぶヤバいこと言ったぞ、今。俺様が言うのもなんだが、そのセリフは悪役が過ぎる。


「あのなぁ。こっちにだって人格も尊厳もある。それを配慮しないってのはどうなんだ...」


「あの」


って、もう声をかけてるーー!読めねぇ!奴の行動の先が!!ってか移動するの早い!


「えっと。その...私、薬草収集のクエストを受注してて。ザモミモザの群生地を探してるんですけど。教えていただけますか?」


「ザモミモザの群生地なら、あそこ。今低木に隠れて見えないとこにあるけど、近付けば黄色い花がたくさんみえる」


「どうも、ありがとうございました」


無難な会話だな。


「よし。と言うわけだ。」


うそだろ。もう近くに来てる。100メートルは離れてたぞ?ほぼワープじゃねえかよ。早すぎるだろ。


「お前、なんか言われなかったのか?」


「何も。村人には悪いが、少しの間認識阻害魔法をかけさせてもらった。つまり、俺自身は変化していないが、その人からの認識が変化してただの人間に見える」


「ずる!ずるだ、それは!やり直せ!」


「約束は守った。そんなことを言われる筋合いはない。じゃ、群生地に向かうぞ」


あーあ。スカし顔に戻っちまった。つまんねーつまんねー。


「全く。お前って奴は。そこまでして、自分の弱味を潰すかね?いつもそうしてたら、疲れるだろうに」


「そうしない方が疲れるからだ。全く、これだからボンボンは」


「あ?」


「俺だって、できることならそうしたいよ」


あっ、しょげた。


「はーーーめんどくせ。ほら、地図貸せ」


「道ならさっき聞いた」


「お前が一回聞いた程度で安心できるか?案内してやるからおとなしく聞け。まずは、ここを右」


俺様たちは、そんな調子で進んでいく。途中、奴がとぼけた顔をしながら違った道に進もうとするのを必死に引き留めたりしているうちに、10分も経たずザモミモザの群生地に到着した。


「...ったく。そこまで遠いところじゃねえじゃん。最初からこうしてれば良かったぜ。ああ、そうだハナクソ狼」


「何だ?」


「ここは低木に囲まれてるし、人もいない。元の姿に戻してくれねえかなあ?」


「あっ、いいよ」


ボンっ。そんな音がして、俺様は元の姿に戻っていた。足元には、さっきまで入らされていた買い物かご。そして...


「てめぇ!!服がねえじゃねえか!!」


「あっ。そうじゃん」


織り込み済みでいたずらした訳じゃねぇのか。いや、それはそれで腹立たしいな?


「別にいいだろ、人目もないし。第一、図体が大きくなったところで、お前は俺に勝てないし。人手は多い方がいいし」


「ふざけるな畜生、もとに戻せ!」


「布ならそこにあるだろ」


「こんな風呂場のタオルみたいなのでこの場を凌げるわけないだろ!」


「腰に巻けば?別に今さら恥ずかしくないだろ、昨日は俺もお前も全裸だったわけだし」


「ここは外だ!」


「人気がないとか言ったのはお前だ」


「それとこれとは別!」


「あーはいはい。わかった。ほら」


腰に布を巻き付けながら怒鳴る俺様に、奴はさっきまで羽織っていた外套を放り投げてきた。


「これで満足か」


やや、俺様が着るには小さい。抜け毛がわずかに付着していて、チクチクする。あと、やっぱり若干獣臭い。


「しゃあねぇな。これでいいよ」


「おや、以外に素直だ」


「落としどころはある。いつでもな。いつかお前の首を落とす。だから、待っていろ」


「ふっ。それは楽しみだ」


嘗めやがって。


「キレイな花だな」


「ああ。お前にもそういう感性はあるのか」


「当たり前だろ。もしかして、この花についても何か知っているのか?」


なんだなんだ、そのちょっと好奇心に満ちたワクワク顔は。なんか、調子狂うな。


「...ザモミモザ。ここいら一帯みたいな温帯にはその辺によく生えてる。黄色い花が綺麗」


「何だ?説明が簡素だな。もっと聞かせてくれよ」


「嫌だ。なんか気にくわない」


「いいや、俺は気になる。今までの俺の人生にはなかった観点だ。誰かの命をとったり、逆に命を守ったりするような魔法や闘い方を学ぶことこそが俺の人生だったからな」


「...好きで学んできた訳じゃない。基礎教養は大事だからと、城の連中が...」


「そ、そうか。すまない。やはり、気遣いが足りなかったか」


「ちっ。本気でしょぼくれるなよ。...ああ、そんな目で俺様を見るな!わかっ、わかったから。...ザモミモザはさっきも言った通り温帯によく生えてる。けど、そうなったのにはここ千年に歴史を紐解くと分かる。例えば...」


その日1日は、色々とあった。雑談をしたり、掲示板を出してたところにザモミモザを届けたり。むすっとした顔をしたハナクソ狼に道案内をしたり。それで俺たちは、最初の宿に帰って来た。

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