第7話 ルーハの草原

「うぅ...」


「サル芝居はもうやめな。方向音痴はうそだったんだろ」


ハナクソ狼は早朝、ルーハの掲示板でクエストを受注し、あまり人家が少ない街の外へと出ていた。

で、俺様はというと、SD化された状態で、買い物かごの中にブチ込まれ、上から布を被せられてている。あー、今日も今日とて屈辱的だ。


「あれ。ここじゃないのか。あれ?あれ?」


なんだぁこいつ。俺から精液を取るという最大の目的を果たした筈なのに、まだ方向音痴のフリをしているこいつには心底腹が立つ。まだ何か企んでいるのか?


「なあハナクソ狼。害獣を追っ払って薬草取る仕事なんだろ?もう、街の中心部から出て30分経った。着いてもいい頃合いだろ。また何か企んでるのか知らないが、この依頼をこなせなきゃ信用問題になる...」


何だ?この違和感。そうか。こいつ、はぁ?とか、聞き飽きたーとか、俺様のセリフに茶々を入れることもなく、地図と格闘している。昨日の夜と、まるで変わらない、グルグルお目目だ。


「ハナクソ狼、お前まさか」


俺様がそう言うと、正体がバレないよう、全身に茶色いローブを羽織ったその背中が、ぐるん、と丸まって、耳まですっぽりおおうフードに包まれた頭がこれでもかと項垂れる。おいめちゃくちゃわかりやすく落ち込んでるじゃねーか。


「仕方ない...もう、強情張ってもいられないか。...そう。俺は方向音痴だ」


「はぁ?でも、ハッタリだったんじゃねえのかよ!」


「まあ、なんだ。あの、地図に関する魔法が苦手なのは、本当なんだよ」


「はぁぁあ~!?」


「別に、あの程度じゃ魔力はきれない。けど、苦手中の苦手な魔法なんだ。魔力をごっそり消費して、初めてちゃんと光の線が出せるくらいには。やっぱり、そう言う事をすると疲れるし、そんな非効率的なことはしたくないし」


はぁ。と、ハナクソ狼は大きなため息をした。俺様はここぞとばかりにやつを煽り散らかす。


「ははぁ。やっぱりお前、方向音痴だから頼れる奴がいなくて、王様にあんな風な喧嘩の売り方をしてここに来たんだなぁ?そうかそうかぁ」


「だっ、黙れ!!断じてそんなことは!!........無い!!!!」


あるんだな。わかりやすす過ぎるぜ。


「かといって、王宮で仲間を募るのはできなかった。伝達能力に難あり、その上少数種族な上に、無駄に体力も知能も優秀となりゃあ。俺様と旅に出るしかなかったわけか!!」


「んぁあああーーー!!その通りだよ、ヴァルドボルグ13世この野郎!俺の弱点を的確に羅列しやがって!」


やっぱりな。しかし、慌てたこいつを眺めるのは愉快なものだ。いつもスカした顔ばかり。一泡吹かせようと思ったら奴の術中にハマってたことを考えりゃあ、もう吊り上がった口角が下がらないってもんよ!


「魔法と本人のセンスは直結する。方向音痴のお前にゃ、軌跡顕現を操るのも難しかろう...あっ」


「なんだ?いたずら思いついたガキみたいな顔して」


「フッフッフッ。取引だハナクソ狼!俺様に道案内をまかせろ。その代わり、今夜は俺様がベッドで寝る」


実に不本意だが、これで弱点を握られた俺様と奴はようやく対等ってわけだ。ここまで長かったな、さて、奴の反応はっと。...おお、めちゃくちゃ嫌そうな顔。しめしめ、俺様はその顔が見たかったのよ。


「仕方ない。わかったよ...」


「まさかとは思うが、変身魔法を使ってないのも、疲れて魔力が減ってるからか?」


「バカ言え、無駄な魔力の節約だ。ここは街のはずれで人気はないし。この通り隠蔽も完璧だ」


果たして、本当にそうだろうかね。


「なんなら、試してみるか?ほら、あそこ」


顎でくいっ、と方向を指示すると、奴はその方向を見る。


「あそこに、薬草採集に来た村人が居るぜ?話しかけてみたらどうだ」


「必要あるのか?わざわざそんな事をしても、俺にメリットが無い」


「俺様にはあるんだよ。お前の慌てる顔を眺めるっていうメリットが。そうしなきゃ、お前は『ザモミモザ』の採集ポイントにたどり着くことができないまま、ルーハ郊外を一生彷徨うことになるぜ?あ、変装魔法とか使うなよ。ズルだからな、それは」


「わかった。話しかけてみようか。お前抜きでも、ザモミモザの群生地に行けるかもしれないしな」


あっ、ちょっと目を逸らしてる間にまたスカした表情に戻った。ちっ。折角愉快だったのに。まあ、いい。

これから村人に話しかければ、狼人であることを理由に避けられて落ち込む奴の姿を拝み放題だ。期待に胸を踊らせながら、買い物かごの中から口元と目だけを出して、様子を伺うことにしてみる。


さあ、どうする?ハナクソ狼。

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