第2話 宿探し

「おい」


「俺の名前は"おい"ではない。ロウだ」


「ちっ。冗談の通じない奴め。」


「開口一番"おい"とか言う奴と旅をする気はない。是正しろ」


「何だと?この俺様に向かって偉そうな...」


「わかっていないな。今のお前の立場というモノが。お前は負けた。完膚無きまでに。そして逆らえば殺されるリスクだってある」


「はん。そう言ってられるのも今のうちだ」


「どうだか。俺は勇者候補にまで残るほどの実力はある。それは自負している」


「お前みたいな狼人がか?」


「そのフレーズは聞き飽きた。実際戦って負けたお前はその狼人以下だと、自分で負けを認めたようなものだな」


「何...?」


縛り上げている竜人は歯をギリギリと鳴らし、グイグイと紐を動かしたが、なんてことはない。力は強いが、なんとも、柔軟さに欠ける。


「おい、縄をほどけ。俺様から自由を奪って、タダで済むと思うな!」


「お前を連れて行く時点で、タダで済むとは思っていない。その程度の言葉で怯むわけがないだろう」


すると今度は、竜はニヤッ、と笑って、舌なめずりをしてこちらを見据えた。


「ロウ、とか言ったか?そもそも、この紐、普通の麻縄だろう?俺様を縛るには足りん。だが、魔力で強い拘束を維持しているんだろう」


「わかるんだ。案外、勉強熱心なところもあるんだな」


「はっ。バカにしやがって。その拘束魔法、長く維持するには魔力を継続的に消費する必要があるだろう。解いた方が、お前の身のためなんじゃないかなァ?」


「ご明察。その通りだよ。ただし前半の説明だけが」


「何だとぉ?」


「賭けをしよう。今日はここ、行政機能を司る王都シキから出た近くにある繁華街のルーハってとこで宿泊する。そこまで俺の魔力が持つかどうかを」


「ヘッ。もつ訳がないね。ここまで強力な束縛を長く続けたら、お前は死ぬ」


「話の飛躍甚だしい。どうなって死ぬんだよ」


「お前が魔力切れしたとこを、首をぶっ飛ばすんだよ」


それから、俺たちはシキのメインストリートの石畳の上を無言で歩いた。竜が如何にもイライラしていると言った表情で後ろに縛られた手をギシギシしたり、歯をガリガリ鳴らしたり、唸ったりしたが、それは全て無視して進む。シキの関所を顔パスで出て、城壁外の土の道へと進む。王都にいた頃には頂点にあった太陽も沈み、空が青とオレンジのグラデーションに染め上げられた時。


「お前、なんで魔力が切れねぇ!」


ルーハの手前にある、関所についた。城壁こそあるが、王都のように完全に街を覆っている訳ではなく、様々な屋台が建ち並ぶ繁華街の様子を見ることができる。


「おお、ルーハ。来るのはかなり久しぶりだが、やっぱり賑やかなところだな。肉を焼く、いい匂いがする。そろそろ飯時だし、いろんな奴らが...」


「おい!」


「だから、おいではない。ロウだ」


「せめて会話はしろ!てめぇ、なんで魔力切れを起こさずここまで来た?」


「さあ。何でだろうな」


「畜生...とんでもない奴に目ぇつけられちまった!」


「ようやく気が付いたか。俺はとんでもないやつだ」


「チッ。だがよぉ、お前、王都での扱いを見るに、あんまり歓迎されてないみたいじゃないか。狼人はいつも死体を切ってる、ってさ。どこでもお前の評判はそんなもんだろ」


「そんな事は分かりきっている。はい、そこに立って」


束縛魔法を解除して紐をほどき、竜人を眼前に立たせる。すると、待ってましたとばかりに手をパーにしてこちらに向け、どや顔で魔法を詠唱する。


「バカめ、甘えやがって。これでも喰らいな!!『死神閃光(デスブライト)!!』」


ひゅううううーーー。そんな風でも吹きそうな場面に、俺は久々に立ち会った。


「あれっ、おかしいな。ん、ゔぅン」


竜人は咳払いをし、改めてパーにした手をこちらに向ける。


「『死神閃光(デスブライト)!!』」


またも、静寂。竜人はパーにした自信の手のひらを見つめ、目を点にしていた。


「なんでじゃあ!!」


「無駄だよ。自覚してないだろうけど。もう君には死神閃光どころか、幼竜炎(プチフレイム)を出す魔力すら残っていない」


「何ぃ?...まっ、まさかお前はずっと」


「ようやく気がついたか。お前は魔力を抜かれている」


「くっそぉ、こうなりゃヤケクソだこのヤロー!!!一発喰らいやがれ!!」


ぽふ。俺の毛皮が、少々波打つほどのパンチが俺の頬を叩いた。いや...叩いた、と言う表現を使うには威力がしょぼすぎるな。これも気付いていなとは、まったく、やれやれだ。


「物理的な力も制限している。俺は、お前を全く信用していない。故に、俺の魔法によってあらゆる行動を制限されてんだよ。今後、それを忘れるな」


「畜生、畜生!!この屈辱、倍にして返す!」


「生きがいいのは結構なことだ。ほら、立って」


「...」


竜は、またも歯ぎしりをしてこちらを睨む。


「えーーっと。『高等姿変化(アドバンスドフォルムチェンジ)』」


これをやるのは、久々だな。


「なっ、何をする気だ。うっ、うわっ!!」


足元に発生した魔方陣が、俺と、目の前に立たせた奴を取り囲むほどのサイズになる。そして、そこから視界を全て覆ってしまうほどの白くてまばゆい光。


「うん。久々にしては上出来だ」


「うわーっっっっ!!!」


「しばらく耐えろ。あとちょっとだから」


そして。俺と竜人は、完璧に俺の想定通りの姿になる。


「ん...これが、俺様?」


目の前の竜人は、自分の体をペタペタと触り、困惑している。


「そう。それが君。案外、悪くないだろ?」


「わ...わ...」


「わ?」


「悪いわ!!なんじゃこの、子供オークのような丸っこい姿は!」


「なんじゃ、って言われてもね。SD。スーパーデフォルメって言葉、知ってる?」


「知らんわ!」


「まあ、知らないならいい。しばらく君は手荷物扱いだ。その方が何かと手間は省ける」


「気に入らん!今すぐ元に戻せ!!」


「その気になれば、君から言語を奪うことだってできる。言葉を喋れるようにしてやっているだけ、尊厳を保ってもらえていると思え。わかったら大人しくしていろ」


「これがおとなしくして居られるもんか!だいたい、なんだお前のその見た目!」


赤髪の、爽やかな顔立ちの20代前半風。それが、今の俺。


「人間に化けたのか?盛りすぎだろ、そんなに顔立ちよかったら悪目立ちするだろうが!」


「そうか?結構憧れなんだけどな...」


「あぁん?憧れだァ?」


「い、いいから行くぞ。ルーハで宿を取る」


「俺様はまだ納得してねぇぞ!第一に...フンガガガガガガ」


何かと騒がしい小竜を、彼の変身の際に脱げた布切れを掻き集めて強引に梱包し、宿へと向かうことにする。


関所はすぐ突破することに成功し、毛の生えていないツルツルの顔を撫でながら、ぽつぽつと松明に火がついて盛り上がる街へと歩みを進めた。


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