第3話 ルーハの街

俺様は、ヴァルドボルグ13世だぞ?気に入らない。何もかも気に入らない。すーぱーでふぉるめ?だか何だか知らないか、俺様を小さくした上に手荷物にするとは!


だがしかし、こいつの強さは底知れないというのもまた事実。畜生、今にみていろ。貴様の首根っこを...おっ。門が開いたか。まあ、城壁の少ないこの街じゃ、お飾りみたいなもんだな。


俺様なら、三日...いや、二日もあれば滅ぼしてみせるのに。


「おい」


「俺様は"おい"じゃなくてヴァルドボルグだ。なんだ、このハナクソ狼」


「...知らぬ間に蔑称が増えたな。いいか、宿を探す。それまでおとなしく、黙ってろ。寝ててもいいぞ」


「おとなしくなんかしてられるか。第一この布、臭いんだよ!」


「当たり前だろ。さっきまでお前が着てたんだから、自業自得だな。耐えろ」


「ふざけんな、顔くらい出させてもらうぞ。...おっ」


「どうした?」


「いい匂いだ。おそらくソラクジラの串焼きだな」


「匂いでわかるのか?俺には...さっぱり」


「そんな事もわからねぇのか、獣の癖に。あのな、ソラクジラは街の外に浮遊する、討伐困難な巨大生物だってのは知ってるよな?」


「ああ、知っているとも」


「けど、同時に可食部も多く油も乗っている。調理法は多岐に渡るが、一番スタンダードなのが串焼きだな。醤油ベースのタレでサッと焼きあげたそれは、ここみたいなそこそこ大きな街で親しまれる傾向にある。外は炭火のいい香りが染みていて食感よし。中は完全に火が通っておらず、ソラクジラ特有のとろとろの脂と甘味を楽しめる」


「随分と詳しいんだな。ちょっと前までそこらの生物を無差別に襲っていたとは思えない」


「黙れ。お前が疎いだけの話だ。買ってみろ」


「1本ください」


「行動早っ!」


会話にだって流れってもんがあるだろうが!そう言いたくなるほどのスピード感だ。


「はーい。あら、お兄さんイケメンですねぇ。どこからいらっしゃったんです?」


「王都からです。王宮の勅命がありまして」


「まあ、素敵!一本おまけしとくわね。今年は大漁だったのよ。3匹も捕獲されたの!たくさんあるから、食べていってくださいね」


良い顔で会釈をしたハナクソ狼は、異なる色の石が美しく規則的に敷き詰められた街の地面を歩き、近くの手頃なベンチを目指しているようだった。


「クソォ。こいつばかり、いい顔しやがって...ってお前」


「なんだ」


ハナクソ狼はベンチに座り、紙の袋に入った串焼きを食べようとしたところを俺様に阻害されたのを嫌がっているようだ。しめしめ、もっとそういう表情を見せろ。


「あの女がサービスしたからいいものの、1本しか頼まなかったな?」


「なんだ、メシ要るのか。」


「要るに決まっているだろう?俺様だって生き物だぞ!」


「小さくなった分、必要な栄養は少なくなったんだから文句言うな」


「昨日から何にも食べてねぇの!おまけの分は食わせろ!」


「はぁー、仕方ない。 元々一本で済ます予定だったし、食べても良いよ」


「い...いいのか?」


「いいのか、って。お前が食いたいと言ったんだろう?この大きさじゃあ、一人では食いきれない。ほら。あーん」


「あーんじゃねえ、もむ...うまっ...子供扱いするな!うめっ...トロトロだ...うおっ、脂垂れるこの野郎!」


「食レポか食事か罵倒するか、どれか一個にしろ。ほら、口出して」


そう言って奴は、俺様の下着だった布で口を拭いた。


「くせぇ!!口拭くための布くらい持っとけ!!」


「布?いやいや、このくらい指とかで拭くだろ。布で拭かれてるだけ感謝しろ」


「全く。育ちの良さってのはこういうところに出るんだなァ?そうだろ、狼人」


「...煩いなぁ。」


なんだ?今までの罵倒の中じゃあ、一番堪えてる風に見えるな。まあそうか。こいつらみたいに世間の風当たりが悪い奴らに、品なんてものがある訳がねぇ。

こいつはいい収穫だ。俺は油で甘くなった唇をペロリと舐め、畳み掛ける準備に入る。


「辺境の出なんだろう?狼人って言やぁ、死刑執行みてぇな汚れ仕事を引き受けさせられてる低脳集団って聞いたぜ。それが、何でお前みたいな...」


「『硬式口封(チャック・オ・マウス)』」


「ヤツ...むぐっ!むぐぐぐぐぐっ!!」


あの野郎、言語を奪えるってのはハッタリじゃなかったのか!口が縫い付つけられたみたいに動かねぇ。

くそぉ、偉大なる魔王の息子であるこの俺様が手玉に取られ続けているってのか?これじゃあ、下手に逆らえねえ。だが、相当効き目があったこと、それは確かだ。


「さっさと宿に行く。金も無いし、格安のトコだ」


「むぐ。」


しゃーなし、ここは大人しく従うか。


「ようやく落ち着いたか。しかし、あれだな。この串焼きは旨かった」


このタイミングでメシの感想?意外と掴みどころのない感性をしているな、こいつ。


「この地図を。えぇっと。確かここがこの村で一番安い...」


んん?さっさと行けばいいのに。


「ええっと...」


ガサガサ、地図を上下に回したり、睨んだり。まさか、こいつ。


「むぐ。むぐぐぐ?むぐ」


方向音痴なのか?


「うう、うぅ...」


おいおい。これじゃ今晩寝れないぞ?


「よし、こっちだな」


いや、多分違うんだろうな。


「黙ってついてこい」


こっちは、お前に黙らされてるんだがな。


「むぐ...」


「言いたいことがあるならはっきり言え!」


無茶苦茶だ!っていうか、さっきまでの魔法乱発タイムは何だったんだ?目的地に行くのだって、魔法でなんとかなるんじゃないのか?


「あ、あれ?道が違う。地図と一致しない。こ、こっちだ」


もう、自信なくしてるじゃねーか。目、グルグルだし?クソォ、案内させろ!


「むぐ、むぐ!」


「まだだ、まだ俺は諦めないぞ」


あきらめろよ!


「ここを、曲がれば...違う」


俺様に任せろって!


「うう...」


ええ、泣くの?無表情で俺様の討伐すらやりきったのに?


「くっ、屈辱的だ...」


これは、俺様に頼るのかな?


「『軌跡顕現(ナビゲーション・アライヴ)』」


できるなら最初から使えこの野郎!地面に、目的地まで伸びる光の軌跡が顕れる。俺も使ったことがある魔法だ。しかし、なんだろうか、この違和感。


「むぐ、むぐぐぐ?」


線、薄くね?しかもなんかこいつ、疲れてる。まさか。


「ふっ、不得意な魔法はいつ使っても疲れるぜ...」


あれほど高度な魔法を涼しげな顔で操るのにこれはダメなのか。俺は思った。やはり、誰にでも欠けてる部分はあるものだと。


「行くぞ。俺は魔力不足になどなってはいない!」


なってるんだ。俺様から取ってもなお疲れちゃうくらいには、不足してるんだ。にも関わらずこれでも、こちらに勝機が無さそうなのも悔しい話だ。その証拠に、俺に対する各種束縛がまだ解けていない。


「むぐ...」


まだ正式に席についていなかったとはいえ、ヴァルドボルグの名を持つ者である俺様がこんな奴に負けたのか?そんな事を思いながら、買い物かごの布の中で揺れる。もう、すっかり夜もふけてしまった。


「おれは、魔力不足になどなってはいない...」


それはさっきも聞いたよ。もしかしてこいつ、方向音痴すぎて、無理矢理仲間を集ったのか?人間は無理だから、都合よく居た俺様を仲間に仕立てたのか?王様にあれだけケンカを吹っ掛けたのもそれが理由か。


「むっ、ぐぐぐ」


つくづく、面白いやつだ。暇はしなさそうに思える。いつかの時まで泳がせておけば、首を取るチャンスなんていくらでもあるだろうしな。なんてことを思っているうちに、俺様を乗せた馬車...いや、狼車は、ようやく宿についたようだ。

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