竜魔王の息子

芽福

第一幕 ルーハの街編

第1話 王城にて

「魔王を捕らえて参りました。」


とある王宮の赤いカーペットの上に、跪く一匹の人狼。使い込まれた古い防具を全身に纏い、なんの装飾もない無骨な剣を一本、帯刀している。装甲は魔獣の爪の痕があちこちについており、わずかにのこった金属光沢を、ステンドグラスから射し込む光が照らしている。


「この竜人。すなわち、先代魔王の息子...ヴァルドボルグ13世こそ、一連の事件の犯人なのです」


焼く前のパンが所々焼けているような不揃いな毛並みをもつ狼人の顔は、傷だらけ。その口から放たれた言葉は彼らを取り囲む王宮の使用人、兵士、貴族、その他野次馬たちを騒がせる。


「何ですって?」

「あの、魔竜が!?」

「これで、暴徒化は収まるのか」

「嘘をついているのでは?」

「狼人の考えることだ。信用には値しない」

「だが、あやつの目。本気だ」


その様子に、全身を縛り上げられた半裸の竜人は抵抗する様子もなく、チッ、と舌打ちをし、観衆を睨み付ける。その様子を、玉座にて鑑賞していた王様は、民衆を落ち着かせるため、手をあげた。


「落ち着け、民よ。彼の話を聴こうではないか」


その一言をもって、民衆は押し黙った。


「勇者候補、ロウよ。お前には聴きたいことがある。一連の事件。つまり、とるに足らぬような強さの魔物が、我々王宮の精鋭部隊ですら苦戦するほどに凶暴化し街にまで溢れようとしていた。ここ数日の出来事の原因が、その魔物にあると言うのかね」


「苦戦...ですか。あたかも苦しい闘いの果てに勝利を勝ち取ったかのような言い方ですが、討伐のほとんどを私や、他の勇者候補に委ねたにしては、少々、正確性を欠く表現かと」


ざわ。ざわざわ。民衆が、次々とざわつく。王は拳を握りしめこそしたが、つとめて、笑顔であるようにし、咳払いをした。


「そのようなことはどうでも良い。我は、何故事件の原因がその竜人にあるのか、そう思った経緯ならびに根拠について聞きたい」


「はぁ...そのようなことをいつ申し上げましたか?いささか、私も耳が遠くなったようですね」


王の額に、わずかに青筋が入る。


「失礼。戯言が過ぎました。そうですね...私は魔物を討伐する傍ら、倒した魔物に解析をかけておりました。その結果、共通して、彼らの体内から特殊な液体が検出されました」


王は指を手に当て、綺麗にセットされた口ひげを撫でながら、玉座に頬杖をつく。


「それをより詳しく化学分析し、探知魔法にかけた結果...液体の発生源と検出された彼がいた。ただ、それだけのことです」


「その、特殊な液体と言うのは?」


「これです」


ロウは、とらえた竜人の股間を保護していた装甲を外すと、そこに手を突っ込んで大衆の面前に晒し上げた。さしもの竜人も屈辱を隠しきれないと言った表情で狼人を睨むが、狼人は容赦なく竜人を押さえつけ、淡々と説明した。


「彼の生殖器内にある特殊な分泌器官。袋状の器官に蓄積されたこれこそが、魔物の凶暴化の原因です」


綺麗に切り揃えられた爪先で、とんとん、と生殖器を叩く。竜人はピクッ、とそれを僅かに反応させたが、相も変わらず狼人を睨みつけている。


「生物に襲いかかり液を注入させ、凶暴化させる。これこそが事件の真相です」


「そうか。...よくやった。ならば、そいつを殺せ」


「なりません」


「何故だ?否定する理由はないはずだろう」


「彼はかつての魔王、ヴァルドボルグの息子です。」


「だから殺すのだ。何故そんな単純なこともわからぬ?お前たちは、得意だろう?」


冷たい笑いが、空間のあちこちから聞こえる。が、そんな事慣れっこと言わんばかりに狼人は笑い、王に視線を送り返す。


「王こそ。なぜ、こんな単純なことがわからないのですか」


王は、もう爆発寸前、といった表情。


「申してみよ」


「彼は、かつて魔族間の戦争を終結させ、彼らを纏め上げた。そして、歴史上最も"人"を追い詰めたとされる、"魔族史上最高の王"ですよ。その息子である彼ならば、今、再び不穏な動きを見せる魔界を攻略するための手駒になりうるのではないですか?この場で切り捨てるのは合理性に欠ける判断かと」


「"魔族史上最悪の王"であるヴァルドボルグの息子なのであれば、今すぐここで殺せ」


「いいえ。なりません。王、ダラブエルゼよ。あなたは、いつまで経っても魔王城に勇者を寄越さない。これは好機なのです。私めに、どうかお任せを」


「ふん。狼人勇者が最も優秀な年に集まった勇者候補など、誰も使いものにならんわ!もちろん、貴様もだ。貴様があげた好成績など、まやかしに過ぎぬ。どうせ、汚い手を使ったのだろう!!?」


「私の実力がまやかしかどうかなど、今すぐにでもわかることです。では...そうですね。私は彼を引き連れて魔王城に向かい、魔族を討伐してごらんに入れましょう。そうすれば、あなた様も私を、信じてくださいますよね」


「...できるものならばやってみよ。だが、金はわたさん。銅貨の一枚もな!!」


「承知」


ロウは竜人の装甲を元に戻し、改めて彼を縛り上げる。


「では、行ってまいります。私の帰りを楽しみにお待ちください」


やかましく騒ぐ民衆と、睨みつけるような王の視線。狼人村出身の勇者候補ロウ、つまりこの俺の旅は...そんな風にして始まった。


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