第3話 真実
「いたぞ!」
山小屋の扉が勢いよく開かれた。完全に油断していた。
何時なのかは分からないが、外は真っ暗だ。
彼らは片手に懐中電灯を持ち、部屋を照らす。
とうとう村の大人に見つかってしまった。
「おい、どうやって外に出た! 壁があっただろ!」
「知らねえよ! 外に出られたから出ただけだ!」
ヤマトの腕をつかんで引きずり出そうとする。
僕を追いかけてきたわけじゃない。
一緒に逃げてきた僕を無視している。明らかに様子がおかしい。
彼は無関係のはずだ。
「待って、僕も一緒に戻る! それでいいでしょ?」
僕の言葉を聞いて、表情が変わった。
無言でジーっと見て、ヤマトの腕を離した。
「じゃあ、俺たちについて来い。
離れたらどうなるか、分かるよな」
「こんな暗いんじゃ、どのみち遭難するだろうが」
魔人の声は届いているのかいないのか、彼らは返事をしなかった。
森は夜の闇に沈み、懐中電灯の明かりが輝いている。
無理やり村に連れ戻され、そのまま森の広場へ向かった。
逃げ道をふさぐようにして僕らの後ろに立って、前へ進むようにうながした。
広場に村人全員が集まっているらしく、懐中電灯の光が一斉に向けられた。
「……」
スポットライトみたいに眩しい。僕たちを見て押し黙っている。
一緒に遊んでいた子たちは、後ろに隠れて様子をうかがっている。
舞台を見ている観客みたいだ。
彼らの前には、金属のトレーにのせられてた木箱の破片がある。
もう元には戻せない。バラバラに砕け散っている。
「お前ら、これを壊したらしいな」
長老のしわがれた低い声が響く。
「待ってください、ヤマトは関係ないんです!
ミカヅキの投げたボールを僕が取れなかっただけなんです!」
名前を呼ばれたミカヅキの肩が静かにはねたのが分かる。
じっとこちらを見ているだけで、何も言わない。
「この箱には、世界を滅ぼす力を持つ魔人が封印されていた。
何度も言い聞かせたはずなんだが、誰も聞きやしない……困ったもんだの」
「分かる~、どいつもこいつも俺のことなんてすっかり忘れてやがるんだ。
ひどい話だよ、まったく」
後ろで魔人がうんうんとうなずいていた。
先ほどからずっといるのに、誰も驚きやしない。
それとも、僕たちにしか見えていないのだろうか。
「運の悪いことに、封印が弱まっているときに壊されてしまった。
しかし、これも何かの運命なのやもしれん」
長老が憂鬱そうに前に出てきた。
こちらの話に聞く耳を持たない。
「ところで、この箱の作り方を知ってるか?」
答えが返ってくる前に、トレーごと箱が燃え上がった。
燃え尽きた墨の中から綺麗な木箱を取り出す。
手品でも見せられているのだろうか。
「この箱の中に魔人を閉じ込める。昔は簡単だったんだ。
何もしなくても人が死んだからな」
丁寧に木箱を解体していく。
知恵の輪を外していくように、複雑なパーツを取り外していく。
生贄を捧げることで、何があっても箱は壊れなくなった。
効果が途切れないように定期的に術をかけ、世界は永久に守られるはずだった。
「だがしかしな、今じゃそうはいかんだろ。
科学技術が発展し、昔は死んでいたような奴が生きる時代になった。
死を待つことができなくなったんだ」
木箱が開いた。中身はからっぽだ。
そこまで大きくないはずなのに、底が見えない。
「だから、結界を使わせてもらうことにした。
こうすれば、生贄が逃げることはないからな」
生贄となる人間を決め、時期が来たら儀式を開き、箱に術をかける。
次の儀式は数年後に行われる予定だった。
箱が壊されたことにより、少しだけ早まった。
魔人を封じるための結界が、生贄を捕らえるためのものになっていた。
魔人を封印するための生贄を村の中にとどめ、時期が来たらその役目を果たす。
手段と目的が逆になっていることに誰も気づいていない。
「これがなかなか心苦しいんだ。
お前たちには分からないだろう、罪のない者を犠牲にするのは大変なんだ」
いつのまにか、周りの人々が刀や斧、猟銃を構えていた。大人も子どもも関係ない。
村人が全員、敵になった。
「けど、箱を壊してくれたからな。
二人もいれば、当分の間は犠牲者を出す必要がなくなる」
ヤマトが次の生贄になる予定だった。
彼が村の外に出ないように、壁を張っていた。
しかし、箱が壊されたことにより、魔人の封印が解かれてしまった。
だから、生贄である彼は外に出ることができた。
斧の刃が首元にあてられる。
「俺の知らないところでこんなことになっていはとはね。なんとも恐ろしい話だ。
ていうか、俺はそんなもん必要としていないんだが。どういうことなんだ?
あの野郎がかけた術式ってそんなに複雑じゃなかったはずなんだけどな……」
「そうなの?」
「ま、今はどうでもいいか」
魔人が一言ぽつりとつぶやき、みんなの前に降り立った。
周りの大人よりも頭一つ分大きい。
突然姿を現したからか、みんなの表情が一変した。
「おい。そいつらに手荒な真似をしてみろ。どうなるか、分かってるよな?」
「魔人さん、助けてくれよ! なんかみんな変なんだよ!
俺が生贄とかなんとか言ってるし! 怖いんだけど!」
「ちょっと待ってな、詳しい話を聞きたいんだ。
さて、初めましてだな。神様と喧嘩して世界を滅ぼしかけた男とは私のことです」
彼は優雅にお辞儀をしてみせる。
「まあまあ、少しくらい話をさせてくれよ。
俺の知らない間に好き勝手にシステムを変えやがってな。
一体、どういうつもりだ? 説明してもらおうか」
村人をにらみつけると、首元の斧が下ろされ、後ろの二人は両手を上げた。
他の人も続いて武器をその場に投げ捨てた。
長老は険しい顔を浮かべ、絶句していた。
「そうそう。おとなしくしていれば、俺は何もしない。
最も、封印されてやるつもりはないけどな」
長老が口をゆっくり開いた。
「神が生贄が必要であると、申していたのです。
あなたを封印するには、この方法しかないと。
我々は伝え聞いております」
「本当にそんなことを言っていたのか?
俺、生まれて初めて聞いたんだけど」
「あなたはあの箱の中にいたから、知らないだけでしょう。
最初から人間の魂がカギになると話しておりました」
魔人は何度も首をかしげる。
彼の知っていることと食い違うことがあるらしい。
「お前らの言う神様って本当に俺の喧嘩相手なの? 会ってみたいんだが」
「そこまでいうなら、この先に進みなさい。
我らが神がご覧になっているはずです」
村人がざっと姿を消し、僕たちは取り残された。
木々は夜の闇に沈み、道は開かれた。
この先に進むしかないらしい。
旅は道連れ、余は魔人なり 長月瓦礫 @debrisbottle00
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