第2話 大脱走
大きな山道を下り、黄昏に染まる空が闇に染まっていく。
僕たちは人気のない山小屋へ忍び込んだ。
簡単な寝床と狩猟に使う道具、めぼしいものは見つからない。
「ここなら大丈夫だろ、人の気配もないし。
ようやくのんびりできる~」
魔人は誰よりも早く床に座り、大きく伸びをする。
追われているのに、警戒心というものがないのだろうか。
「ヤマトは大丈夫なの? 一緒に来ちゃって」
「うん? 俺はいいんだよ。別に気にすんな」
自分を探しに来たのに、連れ戻す気はないらしい。
いや、ここまで来たら戻るわけにもいかないか。
自分と一緒にいることを知ったら、何をされるか分かったものじゃない。
「で、どうする? このまま下って大きな道路にでも出たほうがいいかな?
それとも、誰か来るまで待ったほうがいいか?」
「とりあえず、朝になるまで待ったほうがいいかな。
追いかけてきた村の奴らと会ったらどうすんだ?」
「それもそっか……」
「どこに行くかはその後考えればいい。逃げ場所なんていくらでもあるしな。
それにしても、冬じゃなくて本当に良かったな。
今頃、クマにでも襲われていたか寒さで野垂れ死んでいたか……。
いずれにせよ、運がよかったな」
観光地にでも出かけているのではと思ってしまう。
ヤマトは気楽に構えていて、魔人はかなり真っ当なことを言っている。
彼らは不安をまるで抱いていない。少しだけうらやましい。
「魔人さんって本当に世界を滅ぼしたのか?」
「あー……何百年も前にこっちの神様ともめてな。
地面は割れるわ大空は荒れまくるわの大騒ぎでな、マジで世界が滅ぶ一歩手前だった。まあ、最終的に俺はあいつに負けて、あの箱に封印されていたんだ。
もうこれ以上、大暴れしないようにってさ。
お前だって好き勝手やってたじゃねえかって文句言ったんだけどさ。
無理矢理入れられちゃったよ、こんなひどい話もない」
「そういや、何で神様と喧嘩したんだ?」
「元々、世界に対する考え方が根本的に違っていたんだ。
そういうのが積み重なって爆発した。
小さい喧嘩を毎日してりゃ、ああなってもおかしくはないんだが……大体、アイツは過保護すぎるんだよ。
ある程度は放っておいても大丈夫だってのに、どうにかしようとするからな」
スケールの大きい愚痴を話し始める。僕たちに想像する余地もない。
ただ、あのまま続けていたら世界滅亡していたかもしれないのは確かだ。
「あそこでガキどもが遊んでいるうちに、何かの拍子で壊さねえかなーってさ。
期待もそこそこに見ていたんだけど、見事にやってくれやがったよな!」
彼はけらけらと笑う。
誰か話を聞いてください、世界を滅ぼす魔人がここにいます。
口を酸っぱくしていたのも、それを守っていたのも納得した。
「あそこから逃げるガキどもの表情と言ったらな!
本気で逃げてやんのな。俺の顔も見ないでさ」
「魔人さんは箱を壊されたとき、どんな感じだった?」
「そりゃあ、『壊してくれてありがとな!』って本気で思ったよ。
こちとら二度と外に出られないと思っていたからな、ここまで誰かに感謝することは二度とないだろうね」
どんな表情をすればいいか、分からない。
決して喜べるような状況じゃない。
「ヒナタ、本当にありがとな! 俺も外に出られた!」
彼は両手を合わせて、頭を下げた。
非難や悪口を言われる覚えならあっても、感謝される覚えはない。
「ほら、村の外に透明な壁があるだろ?
こういうときでもないと、絶対に村から出られないと思っててさ……」
彼によれば、村は透明な壁に覆われている。
村を中心にぐるりと円形に囲われていて、隙間がない。
「なんだ、どさくさに紛れて逃げようとしていたわけじゃないんだね」
「何言ってんだよ、そんなわけないだろ!
俺だけ閉じ込められてたんだって、なんでか知らないけど!」
それを聞いた魔人は何度も大きくまばたきした。
村に結界が張られていて、ヤマトは閉じ込められていた。
世界を滅ぼすかもしれない魔人の封印が解かれた今、彼は自由になった。
「それ、本当の話なのか?」
「本当なんだって! 魔人さんは知らないと思うけど、いつも俺だけ留守番してた。
絶対になんかあるんだって!」
彼は何度も大声で話をする。確かに筋は通っている。
魔人と境遇が似ているとすら思う。これは偶然なのだろうか。
「でも、戻るわけにはいかないよね」
「それなんだよなー。今戻ったら絶対にヤバいしさ」
透明な壁を確かめたいが、今はそれどころの話じゃない。
「なあ、壁にはいつ気づいたんだ?」
「気になるんですか?」
「俺がここに来た時、かなり厳重に設置されたんだ。
元々は封印が解かれたときのための対策だったんだ。
しかし、話を聞いている限り、目的が変わってそうな気がしてな」
「魔人さんならなんか分かるか?」
「何も分かんねえよ。目覚めてからまだ数時間しか経ってないだろうが。
けど、もうちょっと詳しく聞かせてくれないか。その話」
僕たちのほうに体を向ける。
ヤマトが壁に気づいたのは幼い時だった。
みんなで遊びに行くとき、彼だけ取り残された。
どうにかして外に出そうとしたが、壁を壊すことはできなかった。
木箱はヒナタたちが生まれる前からずっとあった。
箱が壊されないように、代々守ってきた。
世界を滅ぼす力を持っているのもまちがいではないのだろう。
「本当にお前だけ外に出られなかったんだな?
で、俺が出てきた後に外に出ることができたと」
魔人は困ったように頭をかいた。
自分の知らないところで何かが進められている。
「どういうことなんだろうな、何も知らされてないんだが」
魔人は腕を組んでしばらく黙っていた。
どうにかして外に出ようとしたけど無理だった。
何をやっても無理だったのに、木箱を壊しただけで外に出られるとは思うまい。
「なあ、他に何か聞いてないのか。俺のこと。
ウン百年も前のこととはいえ、何も知らないってのはおかしな話だろ」
「あの箱には危険な魔人が封印されているから壊すなってことしか聞いてないです。
透明な壁は誰も知らなかったんですけど、気にしていないみたいでした」
「そうだよな、俺が困ってんのにな!」
困っているのに話を聞いてくれなかった。
どうすればいいのか、知らなかったからか。
「なるほどなあ……俺のことをちゃんと知ってる奴が減ってきてるのかもな。
箱があんな簡単に壊れるはずもないし、管理がずさんになってんのか?
俺を何だと思ってるんだかね、同じ目にあいたいのかよ」
さらりと恐ろしいことを言う。
世界が分裂するようなことになるのだろうか。
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