旅は道連れ、余は魔人なり
長月瓦礫
第1話 魔人
木漏れ日が煌めく森の広場で僕達はボールで遊んでいた。
広場の少し離れたところに簡素な木製の台、そのの上に簡素な木箱が置かれていた。
箱の中には恐ろしい魔人が封印されていて、決して触れないように言われていた。
箱が壊れた途端、世界が滅びる。そんな言い伝えがあるけど、誰も信じていない。
そもそも、箱が地味すぎてすっかり忘れていた。
さて、遊んでいる子どもたちの中に一人、白い髪の僕がいた。
いつもぼけっとしていてどんくさい。それは自分でもよく分かっている。
どうにもペースが崩されてしまうので、本当は一緒に遊びたくもないらしい。
しかし、仲よくしないと大人がうるさい。
大人たちはみんなと仲よくしているのがいい。
自分たちができていないのに、それはどうなんだろうと思う。
僕になるべく渡らないように、ボールを投げあっていく。
まあ、眺めているだけなら楽だからそれはそれでいいんだけど。
ボールは大きく弧を描き、遠くへ飛んでいった。
ちゃんと受け取れなかった僕を笑うために、適当に投げたんだろう。
彼らの予想は大きく外れ、箱のほうへ飛んでいき、当たった。
木箱は軽い物音を立てて台から落ち、バラバラに砕けた。
ボールは転々と跳ねながら、植え込みへ消えていった。
「おれっ、しーらねっ!」
誰かがそう叫んだのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
僕は逃げ遅れて、取り残されてしまった。
バラバラになった木箱からは、もうもうと黒い煙が上がり始めた。
煙は勢いよく広がりながら空高く上った。
「ひィやっはああああァイ!!!!!」
そんな大声とともに、煙は音を立てずに落ちてきた。
人の形になって、やがて男の人になった。
その姿は大人たちから聞かされていた化け物とは程遠かった。
天を突くほどの背丈ではあるが、角や牙も生えていなければ、全身を覆ううろこもない。手足は二本ずつだし、翼だって生えていない。
薄紫の髪を髪飾りで止めている。
「あーあ! 長かったなあ! 何年経ったよ! おいおいおいおい!!
あんの野郎、どこに閉じ込めてんだ?」
男は体を伸ばしながら、大声できょろきょろとせわしなく見回す。
何も言えない。とてつもない勢いに押され、言葉を失ってしまった。
この男が封印されていた魔人なのだろうか。
木箱の中にずっと閉じ込められていた。聞いていた話とはずいぶん違う。
体中に着けている貴金属は彼の力を抑え込むものなのだろうか。
それだけ時間が経ったから、服がぼろきれみたいになったのか。
次から次に湧いてくる疑問は声にならない。
僕はただ、それを眺めていた。何も言わずに、ただじっと見ていた。
男は首をせわしなく回しながら、大声でげらげらと笑う。
外に出られたのがよほど嬉しいらしい。
「何だってんだよホントによぉ……あぁん? なんだ、お前が壊したのか?」
僕の顔を覗き込むように、顎に手を当ててしゃがみこんだ。
「違います! でも、ごめんなさい!
ボールがそっちに飛ぶとは思っていなくって! 本当にごめんなさい!」
僕は何度も頭を下げた。
何度も壊すなと言い聞かされていたのに、壊してしまった。
もしかしたら、殺されるかもしれない。
そんなことを考えていたけれど、何もしなかった。
「はこォ? あー、別にいいよ。あんなもん邪魔なだけだし」
「けど、大切な物なんじゃ……」
「だから、俺はいらないんだよ。で、お前はいいのか? 俺を出しちまって」
「へ?」
「アイツらからこれを壊さないようにって、言われていたんじゃないか?」
よりにもよって、封印されていた魔人に指摘されてしまった。
箱を直したとしても、この男をどう説明すればいいのだろうか。
もう元には戻せない。
「おーい! ヒナタ! いるか!」
「ヤマト!」
声を聴いて振り返った。
この村で唯一、嫌がらせをしない少年だった。
彼もまた、他の子どもたちと見た目が違う。
金髪で青い目、村の外からやって来たらしい。
「よかった、無事だったんだな!
見つからなかったらどうしようかと……」
「何? どうしたの?」
「いいから! とにかく逃げるぞ!」
ヤマトに手を引かれ、森を抜けた。
ひたすら斜面を下り、道なき道を二人は走り続けた。
陽は傾き始めている。
とにかく走った。村に戻ったところで話なんて誰も聞きやしない。
どこかへ逃げたほうがよほどマシかもしれない。
「よかったな! 誰にも見つからなくて!」
無人販売所の前でようやく一息ついた。
定期的に行商人がやってきて、村の人たちと取引している。
今は誰もおらず、閑散としている。
「それでさ、お前があの箱を壊したって聞いたんだけど……本当なのか?」
「違うよ! 確かにあの場にいたけど、壊したのは僕じゃない!
ミカヅキの投げたボールが当たったんだ!」
「なんだ、そうだったのか! アイツもバカなことやるよな!」
ヒナタの話をちゃんと聞いて、いつも笑ってくれる。
その優しさにいつも救われていた。
「それで、ヤマトは?」
「ミカヅキが戻ってきて話を聞いてさ、なんか嫌な予感がしたんだ。
みんなお前を探してるんだよ」
「本当に?」
「でも、戻らないほうがいいと思う。
なんか怖かったし、怒られるだけじゃ済まされないと思う」
ヤマトは目をそらし、うなだれた。
村の人たちがヒナタを探している。想像しただけでも恐ろしい。
「どうすればいいんだろう。僕」
逃げようにもどこに向かえばいいのか。
誰かに見つかれば、村に連れて行かれるかもしれない。
「とりあえず、このまま進むしかねえか。
もうじき日も暮れる。夜になれば、一旦は諦めるだろ
それにしても、自由になったと思えば野宿か。
こりゃ、とんでもないことになったな」
聞き覚えのある声だ。後ろをゆっくりと見る。
箱から出てきた大男がいた。
「何でいるんですか!」
「そりゃあ、自由になったからな。
なんかおもしろいことになってるし、最後まで見届けようと思ってさ」
何を言っているんだ、この人は。
まさか、追いかけてきたのだろうか。
「もしかして、この人が魔人なのか?」
「そうさ、すごいだろ? 最も、数百年経った今じゃあ誰も知らないだろうがね」
「けど、なんか聞いてたのと違うな。もっと怖いかと思ってた!」
「今は出てきたばかりだし、人間向きの姿をしているからな。
元々、箱に封印されるだけの威厳ある姿をしてるんだ」
「へー! なんかすごそうだな!」
ヤマトは気楽そうに話している。本当に大丈夫なのだろうか。
「ま、話はあとだ。さっさと逃げるぞ」
大男が一歩前に出て、二人を先導する。
追いかけるように道を進んでいった。
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