最終話 これから始まる関係
「………君は何をしているんだ?」
「見ての通り畑を耕しているのですが…貴方はどうしてここにいるんですか?」
畑仕事をしている私を見て、ケルネス様は驚いていた。
というか、離縁した元夫がなぜここにいるのだろう?
ここは我がルーフェン家の領地であり、今いる場所は我が家の裏庭に作った畑だ。
私は義父に離婚承諾書を投げつけた後、屋敷に戻り、荷造りをして早々にルーフェンの家に帰ってきた。
案の定、両親は卒倒した。
パレルモア家には2か月ほどしかいなかったから、荷造りも簡単だったわ。
屋敷の人たちには手短に挨拶をし、留守のケルネス様には一応手紙を残してきたのだが。
「ああ…立派な畑…いや、そうじゃなくて…っ! 屋敷に帰ると君はみんなに別れを告げて実家に帰ったと執事が言うし、君からの置手紙には父に離婚承諾書を渡した事や義姉上とお幸せにって書かれているわで…訳が分からなかったよ。母に事の顛末を聞いて、ここに来たんだ」
「え? 離婚承諾書に不備がありましたか?」
「だから! そうじゃなくて!! 僕は君と離婚するつもりなどさらさらないんだけど!」
「どうしてですか? だってお義姉様に結婚して欲しいって懇願されていたし、その日の夜は帰ってこなかったからそういう事なのだと…」
「義姉上との話を聞いていたのか? じゃああの時の状況も…」
「あっ」
思わず手で口を押えた。
覗き見していた事がバレたわ。
「…いや…あれは…義姉上が父に僕と結婚しなければ、ユトレヒトを置いて出ていくように言われて軽いパニックになっていただけだ。あの後、冷静になり自分の言動を恥じ入っていたよ。帰れなかったのはユトレヒトがなかなか寝ないから、寝るまで遊んでいたら僕まで一緒に寝てしまっただけだ。
「けど、私と別れてお義姉様と結婚された方が丸く収まりますよ? あなたも言ってたじゃないですか、忘れられない愛する人がいるって。あれは言うまでもなく、お義姉様の事ですよね? この先愛する事のない私より、本当に愛する方と一緒になられたほうがケルネス様の幸せですよ」
「それはっ」
ケルネス様が何か言いたそうだったけど、私は構わず話を続けた。
「それに私、あのクソ…んん、お義父様とうまくやるつもりはありませんし、関わるつもりもありません。第一クソ…コホン、お義父様が私を許すはずがありませんしね」
「…父と母は離婚した」
「はい?」
ケルネス様の思いもかけない言葉に驚いた。
離婚? 義両親が? だってあの人婿養子でしょ?
「父は追い出され、子爵家へと強制送還されたよ。向こうにとっては大迷惑だろうけど。母はずっと父の横暴に耐えていたんだ。僕たちも子供の頃から父の粗暴さを見せられてきたから、父の言動をしっかりと諫める事ができなかった。情けないよね…」
「そんな事ありません。子供の頃に植え付けられた恐怖心は、大人になろうと簡単に払拭できることではありませんわ」
ケルネス様は力なく微笑んだ。
「一番苦しんでいたのは母だと思う。母は伯爵家を守るために、父と結婚せざるを得なかった。祖父…母の父親の言う事を夫の言う事を聞かねばならない人生に、母は何も言わなかった…言えなかったんだ。けど、君が父に離婚承諾書を投げつけるわ、インクはかけるわ、捨て台詞は残すわ、扉は壊すわ…結構いろいろやったみたいだね」
私の行動を想像してか、面白そうに話すケルネス様。
「はははっ」
私は何となくバツが悪くなり、笑ってごまかした。
あれは最後だと思って、思いの丈をぶちまけたというか…
「あの時君が言ったそうだね。“貴方なんかに関わる時間が勿体ない!” と…。あの言葉に母は心を動かされたらしい。今後もこんな夫と過ごしていかなければならないのかと。時間は有限なのに、こんな夫に貴重な時間を無駄に費やしていいのかと…ね」
「お義母様…」
「それから、母の行動は早かったよ。弁護士を呼んで、離婚手続きを始めたんだ。あの父の事だ、離婚事由は山ほどあっただろうな。最初はまともに取り合っていなかった父だが、母が本気だと分かると土下座して謝っていたよ。後の祭りだけどね」
「あのお義父様が土下座…(見たかった)」
おとなしそうなお義母様だった…いつもお義父様の後ろに控え、余計な事は言わず、ただ従順に過ごしていた方。けど本当はずっと耐えていたのね。
「ユトレヒトが成人するまで僕が後見人としてサポートしていくけれど、パレルモア伯爵家の次期当主はユトレヒトだ。僕は予定どおり子爵家を継ぐつもりだけど…いいかな?」
「もともとその予定だったではありませんか。それよりいいんですか? せっかく初恋が実る機会だというのに」
「そんな事になる訳ないだろ。義姉上はずっと兄上だけを想っている。確かに僕は彼女が好きだった。二人が結婚しても、心の片隅で義姉上への恋情が残っていた事は否めない。だから君と形式上の結婚を提案した時もあのような言い方をしたんだ。だけど、君の貴族令嬢らしからぬ言動は僕にとっては衝撃だったよ。いつだって心のままに行動する君は、僕がしたくてもできなかった姿だから」
「ケルネス様」
「君の事が好きになった……」
「え?」
「訳ではないけれど…」
ガクッ
(脱力)
「でしょうね! そうでしょうとも! 私もそうです!」
なら、妙なタメを入れるな!
「けど、この先そうなる可能性は高い……」
「え!?」
「……と思う…多分」
ガクッ
(二回目)
「多分って何!? 多分…って…」
あら、ケルネス様…お顔真っっっ赤ですけど。
ふふ。分かりやすいのに、妙なところが素直ではないのよね。
…かく言う私もそうですが。
「コホン…ケルネス様は私より乗馬、あまりお上手ではありませんよね? 紳士たるもの馬ぐらい颯爽と乗りこなせなければ私は認められませんわね」
「は? そんなことはないっ 乗馬は得意な方だ!」
「木登りは私の方が得意ですし」
「やった事がないだけだっ やればすぐに上達する!」
「チェスはまだ私に勝った事はございませんが…」
「次は勝つ!」
「その言葉何回目でしょうか?」
「きょ、今日こそ雪辱を果たす!」
「あら、楽しみですわ。私に勝てば、私もあなたの事を好きになる可能性が高くなるかもしれません」
「え?」
ケルネス様、また目と口をまん丸にさせている。
「ふふふ」
私はケルネス様の驚く顔を見ながら笑った。
「あ、そうだ。これ」
そう言いながら、ケルネス様がポケットから取り出したのは義父…元義父に離婚承諾書と一緒に投げつけた結婚指輪だった。
「できればもう外さないで欲しい」
そう言いながら、私の左手の薬指に嵌めて下さった。
「ケルネス様が外すような行動を起こさなければね」
「もう起きないよ」
碧い瞳が優しく微笑んだ。
今はまだ恋も始まっていないし、愛に変わるまで時間が必要だけど急ぐことはありませんよね。
貴方との時間ならきっと無駄にはならないから…
――― そうして数年後、容姿は父親に性格は母親にそっくりな女の子が誕生するのはもう少し後のお話 ―――
私の夫が未亡人に懸想しているので、離婚してあげようと思います kouei @kouei-166
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