第5話 決別

「は〜」

 一人朝食中の私。


 義父から本邸に来るように、早馬を使って呼び出しがかかった。

 朝早くからはた迷惑な…っ!


 まぁ、何の話かだいたい想像がつきますね。  



 ◇◇◇◇



「ケルネスと別れてもらう」


 やはりそのお話でしたか、お義父様。


「ユトレヒトはまだ幼い。フランクが亡くなった今、この伯爵家を継げるのはケルネスのみとなった。次期伯爵家当主の妻は、実家が子爵家のお前よりも伯爵家のディアーナの方が家格が釣り合うしな」


「…」

 予想通りとは言え、あまりにも勝手な言い分に内心呆れていた。

 仮にも自分の息子が亡くなったというのに、考える事は残された家族の心配をする前に跡継ぎの事だけですか。


「そもそもお前との結婚を許したのは、ケルネスが次男だったからだ。でなければ子爵家の人間なんぞと結婚させるはずがない。しかも嫁き遅れの女など!」


 お義母様は先程からただ黙って座っているだけ。

 視線も虚ろだ。お身体大丈夫かしら…


「但し、こちらの有責として慰謝料を払ってやる。だからケルネスとは離婚してもらうからな」


 そう言いながら離婚承諾書をテーブルに置いた。

 威圧的な物言い。相談でもなく説得でもなく、決定事項なのね。


「…ケルネス様にはお話しされましたか?」


「最近ケルネスは、お前よりディアーナと過ごしている時間の方が多いそうじゃないか。聞くまでもないんじゃないか?」

 ふんと鼻を鳴らし、当然とでもいいたそうな態度を見せた。


「……お義母様、少しお席をこちらの方に移動して頂いてもよろしいでしょうか?」

 私は笑顔でお義母様にお願いした。


「え? ええ…」

 お義母様は突然私に話しかけられて戸惑いながらも、指示した方へと移動して下さった。


「…何のつもりだ?」

 私の言動を訝しんでいるお義父様。


 私は黙って離婚承諾書にサインをした。

 書き終えると外した指輪をその紙の中に入れくしゃくしゃに丸め、それを義父の顔めがけて投げつけた。


「わ! な、何のつもりだ!」


 ついでにインクも。白髪交じりの控えめな頭頂部にかけて差し上げた。


「な――――っ!!」

 私の思わぬ行動に驚き固まる義父。


「あら、中途半端な白髪が真っ黒になって多少お若くなりましたわね。髪の量は変わりませんけど」


「き、貴様ぁ!!」

 わなわなと震えているお義父様には気にも留めず、最後の挨拶を始めた私。


「短い間でしたがお世話になりました。慰謝料は早々にお支払い下さいね。そちらの有責なのですから!」

 私はインクがこちらに飛んでこない内に、義父から距離を取った。


「に、二度とその顔見せるな!!」

 口にもインクが入ったらしく、黒いツバがテーブルの上に点々と飛んでいた。


 あ〜、この部屋を掃除する方、ごめんなさいね。


「まぁ、気が合いますわね。私も貴方のような傲慢で太々しいお顔と、だらしないその身体を二度と見なくて済むかと思うと晴れ晴れしい気持ちでいっっっっぱいです! 貴方なんかに関わる時間が勿体ないわ! では失礼致します!」


 真っ黒になった義父が何やら叫んでいたけれど、勝手に怒鳴ってて下さい。


 私は部屋を出ると扉を思いっきり足で蹴り飛ばした


 !!!ダアアアン!!!   ………ミシッ……


 あら、扉のど真ん中と蝶番の部分にヒビが。


 (ガッシャーン!) 


 ん? 中で物が割れる音がするわ。


「穏便に終わらせたかったのになぁ」

 私はふぅっと息を吐き、その場を後にした。


 もともと私から離婚を申し出るつもりでいたから素直に離婚承諾書にサインするつもりでいたけれど、あの義父の物言いにだんだん腹が立ってきてしまい、余計な事をしてしまった。


「ま、これで自由になったし、やっと好きな人と一緒になれるからよかったわね、ケルネス様」


 お義姉様とユトレヒト様はしばらくは戸惑う事があると思うけど、もともと家族として過ごしてきたのだから大丈夫でしょう。

  

 さて、……出戻ったらお父様とお母様、卒倒するかも。


「屋敷に帰ったら、さっさと荷造りしなきゃ」


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