第5話 旅

 シャルルが目覚めると、そこは汽車の三等車の中だった。

 膝の上には、王妃の生首が入った鳥かごが乗っていて、シャルルは慌てて鳥籠を抱えた。ガタンゴトンと激しく揺れる車両の硬い座席で、シャルルは鳥かごを守るように身を縮める。

 王妃の首を前に居眠りなどなんということだ。もう少しで鳥かごを膝から落としていたかもしれない。

「シャルル、そんなにぎゅっと抱きしめないで。汽車の外が見えないわ」

 王妃の言葉に、はっとした。

 車内を見回してみると、シャルルの他には誰もいない。彼は鳥籠の布をずらして、王妃が窓の外を見られるようにした。

 汽車は見たことのない草原を走り、街を走り、砂漠や森の中を走った。太陽がのぼり、しずみ、月が出て、星々の光が現れたかと思うとまた朝日が昇った。それらは次々に自分たちの遥か後方へ過ぎ去っていく。

 目まぐるしく変わる光景に、シャルルは気分が悪くなりそうだったが、16歳の王妃にはおもしろいらしく、目を輝かせて車窓から見える光景を眺めていた。

「シャルル、今日の予定は?」

 王妃にそう聞かれて、シャルルはめんくらった。

「予定は……何も、決まっておりません陛下……」

 そもそも、目的地がどこで、どうしてこの汽車に乗っているのだろうか。それを思い出すことができない。

 王妃はシャルルの言葉を聞くと、ニッコリと嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、なんの予定もない旅なんて素敵! 私が経験してきた旅は、やることがいっぱいで大変だったんですもの。それも楽しかったけれどね」

 王妃は公務でしばしば外国を訪れていた。華やかな旅路、贅沢な観光は、新聞で「これは外交とは言えない。税金を使った、ただの道楽だ」と批判された。公務にどれほど彼女が心を費やし疲弊していたのかは、首切 突然、どこまでも走り続けると思われた汽車が、止まった。

 王妃の首が入った鳥かごを持って汽車を降りると、掘っ立て小屋のような無人駅だった。その長椅子で、いつの間にかもっていたパンと水を王妃と共に食した。夜空には星がまたたき、あたりには人っこひとりいない。汽車の旅の果てに、世界にシャルルと王妃の二人きりになってしまったようだった。

「お星さまってこんなにきれいだったのね。わたくし、知らなかったわ」

 煌びやかな宮殿からでは、星の輝きが霞んで見えたのかもしれない。

 王妃の美しさもまた。煌びやかなドレスや宝石でその身が飾られていた時には、王妃の瞳の本当の美しさは霞んでいたのではなかろうか。今、首だけ残ったこの人が、世界で一番美しい女性だと、シャルルは心から思った。

 このまま、誰も追いかけてこない最果てで、二人で静かに暮らしてしまおうか、とシャルルが思ったその時だった。

「そろそろ帰りましょう。旅って素敵ね。また一緒に来ましょうね、シャルル」

 王妃がそう言ったところで、視界がぼやけ、シャルルは……自宅のベッドで目を覚ました。

「おはようシャルル。今日は生憎の雨模様よ」

 王妃の生首は変わらず、自分の枕元で朝の挨拶を告げたのだった。

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斬首された王妃の生首と首切り役人の男の話 藤ともみ @fuji_T0m0m1

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