【彼の総て】後半:桐ケ谷 薫の手記
@kimikagesou
後半:桐ケ谷 薫の手記
拝啓、米倉祥吾殿
突然の手紙をすまない。君は送り主の名前を見て仰天しただろうね。
―――僕は今、世間では死んだことになっているから。
安心してくれ。確かに例の遺体が発見されたのは一カ月ほど前だが、これは僕が自害する前にしたためた遺書でもないし、あの世から化けて出た僕が現世への未練を募らせて書いたものでもない。この手紙は狢野宮雪彦が首を吊って自害したという新聞報道の後、彼が出版社宛てに送ったという遺書が書籍化されたことを受けて、筆を取ったものだ。
この手紙は僕が数年をかけて成し遂げた復讐の告白と、君への嘆願だ。
同じ学び舎に通ったことを何かの縁だと思っているのが僕だけでないとしたら、どうかこの手紙を最後まで読んで欲しい。君にしか頼めないことが記してある。
君の小説を街で目にするたびに、今でも君と過ごしたいくつかの放課後を思い出すよ。いや、君と過ごしたというと少し語弊があるかもしれないな。だがいささか奇妙な形ではあれ、西日が差す教室を僕ら三人が独占したことに変わりはないはずだ。
あの日、二人の男子生徒が深く四肢を絡ませ合って机を揺らしていた放課後の教室に運悪く入ってきてしまった君は、ちらりと一瞥を寄越しただけで、局部をさらけ出したまま硬直した僕たちをものともせずに席につき、読書を始めたよな。
君の無関心を察知した途端に再び腰を振り始めた雄一郎もどうかと思うが、たとえ読書が日課だったとしても、顔見知りの学友の痴態に対して教室の隅に溜まった綿埃ほどの関心しか示さなかった君はあの頃から大物ぶりを発揮していたよ。
雄一郎に文句を言いつつも、なんだかんだいつもと変わらない喘ぎ声をあげて悦楽に浸り、途中から君の存在を忘れて夢中で彼の腰に足を巻き付けていた僕が言えた話ではないが。
交流と言えた交流ではないが、あの日のたったそれだけのことで、僕と雄一郎は君にかなり好感を抱いていたんだ。ここ数年で君が押しも押されもせぬ大作家先生になったと知ったら、雄一郎もあの世で喜んでいるだろう。
僕が数年仕えた若い主人は君が有名になる前から君の作品の愛読者だったが、それは前任の雄一郎の仕業だ。あいつも君を気に入っていたから、何かの形で君の執筆に貢献したいと考え、熱心に主人に勧めたのだろう。
どうして狢野宮雪彦は、雄一郎と僕が同じ無名作家の小説を薦めた時点で、僕ら三人が高等商業学校の同窓生だという可能性に思い至らなかったのだろう。僕が君の級友だという大きなヒントは与えていたのに。
僕はてっきり、あの放課後に初めて僕たちの関係を君に知られてしまったのだとばかり思っていたが、君の処女作を読んでそれは間違いだったと気が付いた。
君は僕らが貪り喰うようにお互いの身体を求める関係になる以前―――学校の図書室で人目を忍ぶように視線を交差させ、プラトニック極まりない純愛を育んでいた時期から僕らを観察対象にしていたのだね。細かい設定や登場人物の性別は変えていたが、僕はあれを読んですぐにピンと来たよ。
だが君は、僕が高等学校の卒業と同時に当時の主人に付いて海外に旅立ったところまでしか物語を知らない。だから小説の男女の未来も読者の想像に委ねた。
僕と雄一郎の物語には続きがある。
僕と彼、そして途中からは僕しか知り得ない物語だ。
どうだい? 物書きとして興味をそそられるだろう。
物語の結末を知りたいと君が急いているのが目に浮かぶが、君に総てを知ってもらうために、まずは僕らの関係の始まりから順に記していきたいと思う。
藤堂雄一郎という男に対して、僕が最初に抱いた印象は「いけすかない男」だった。
彼が仕えていた狢野宮家は僕が当時仕えていた
僕は親しい友人から「何事も涼しい顔をしてさらりとやってのける奴」という有難い評価をよく頂戴していたが、恥ずかしい話、実は隠れて必死になっていたんだ。裏で努力を重ねて表ではソツなく振舞っていたが、それでもやはり雄一郎は敵わない相手だった。
僕が、自分が抱いていた彼への気持ちに素直になっていったのは、彼が生涯かかっても敵う相手ではないと気づいてからだ。
もとより、感じの悪い態度を取っていた僕にも公平に接してくれる彼のことを完全に嫌うことは出来ず、敵視しながらもどこかで好意を抱いていたのだと思う。素直に彼への尊敬の気持ちを認めた途端、彼の一挙一動が僕の胸をざわつかせるようになった。
気が付いたら教室にいる彼を目で追ってしまうくせに、僕の視線に気が付いた雄一郎がこちらを振り返ると、視線が重なる前にさり気なく逸らしてしまう。彼が僕を見つめていることにたまらない幸福を覚えた僕は、彼の視線なんてまるで気づいていないかのような素振りを見せながらも、自分よりも一段低い声が教室に響くたびに心臓を高鳴らせていた。
今思い起こすと赤面せざるを得ないエピソードばかりだね。君にだから話せることだ。恋をしている人間が愚かだということは身をもって重々承知しているが、どうか馬鹿馬鹿しいと言ってこの手紙を途中で投げ捨てることはしないで欲しい。
そんな僕だが、秘密の特等席を持っていた。
場所は学校三階の図書室。洋書が並んだ棚に囲まれた小さな勉強机だ。そこは図書室の他の利用者から死角になっている場所で、誰にも邪魔されずにいくらでも時を過ごすことが出来た。僕はそれなりに努力して学問で好成績を収めていたが、恥ずかしながら、そこの机を贔屓にしていたのは勉強のためではない。その机は窓際にあり、ちょうどそこからは剣道の道場が見下ろせたのだ。
剣道で優秀な成績を収めていた雄一郎は、雇用主の寛容さもあってか使用人の身でありながら剣道部に所属することを許されていた。そして彼が休み時間になると一人道場の庭先で素振りをしていることを僕は知っていた。
彼は学年で首位を争うほど背が高く、そして体躯が良かったから、ともすれば威圧的な印象を与えてしまいそうなものを、穏やかで落ち着いた人柄でそれを周囲の人間に感じさせなかった。君も共感してくれるはずだ。
そんな彼が、道場の庭で素振りをしている時にだけ野性的な眼をしていることに気づいた僕は、自分だけがそのことを知っているという事実に発情に近い興奮を覚えた。普段優しい目をしている彼に、本性を剥き出しにしたあの瞳で見つめられたら。あの鍛え上げられた腕の中に強引に閉じ込められたら。
どうだい? 僕のあられもない欲望を聞かされると、涼やかだとか爽やかだとか評されていた僕の化けの皮が剥がれてくるだろう? それとも人間観察に飛び抜けて秀でている君には当時からお見通しだったかな。
面と向かっては素っ気ない態度しか取れなかった僕だから、素振りをする雄一郎の姿を独占できるあの時間は至福だった。
けれどある日、いつもの時間になっても雄一郎が道場に姿を現さなかった。教室で姿を見かけたから登校しているのは確かなのに。
不審に思った僕が思わず立ち上がって窓にへばりついていると、「
「お前はいつもここで本を読んでいるよな。道場からずっと見ていた」
予想もしていなかった展開に口がきけず、青くなって彼を凝視するしか出来ない僕などおかまいなしに、雄一郎はいつもの落ち着いた動作で向かいの椅子に腰かけた。
今までガラス越しに何度か目が合ったような気はしていたが、こう離れていては誰とも分別出来ないだろうと軽く考えていた自分を内心で詰った。
顔から火が出そうという表現はまさにあの時の僕にふさわしいだろうね。彼を盗み見ていたつもりが、彼にはばっちり気づかれていたというわけだ。
「お前は英語の本を読むんだな」
机の上に放り出されていた洋書を取り上げて雄一郎が感心したように言った。まさか僕を人生最大の窮地に追いやっているとは本人は思いもよらなかったのだろう。教室で級友と雑談するのと変わらない口調だった。
「仕えている家の主人が、いずれ海外周遊に僕を連れて行く気なんだよ。だから・・・少し勉強しているだけ」
その話は事実だが、その時僕が手にしていたのは、滅多に人が寄り付かない洋書棚から適当に抜き取った一冊に過ぎず、さらにその真の目的は読書をしている体を装って雄一郎を眺めることにあったので、あまりに不純な内幕にいたたまれなくなった僕の返答は尻すぼみになった。雄一郎が目を瞬く。
「・・・お前は、海外に行くのか」
ただ茫然と口を突いて出たような呟きだった。雄一郎の心情を露ほども知らなかった当時の僕は、それを特に気にかけるようなこともなかったけれど。
「いつからだ? 聞いてもいいか」
「・・・おそらく僕が高等学校を卒業した後になると思う」
そうか、と再び息を吐くように呟いた雄一郎は話題を変えるように僕に向き直った。
「それにしてもすごいな洋書なんて。俺は読もうと思ったことすらない。やっぱり桐ケ谷は色々努力しているんだな」
嫌味の無い、本心の賛辞だと分かった。けれど、彼に存在を特別に認識されていたという事実を急に知らされてのぼせ上がりそうになった僕は悲しきかな、内心を誤魔化すために咄嗟にひねくれた返事しか出来なかった。
「何言ってるんだ。語学の試験の点数はいつも藤堂の方が高いだろう」
「発音はお前の方が綺麗だ」
思いがけない真剣な声色にハッとして雄一郎の顔を見た。その眼差しは落ち着いていたが、いつか自分に向けられることを夢見た野性的な瞳となにか通じるものがあり、僕の身体に震えが走った。
「お前の方が、綺麗だ」
もう一度、噛んで含めるように言われ、僕の脈は更に速くなった。
僕らの痴態を直接目撃したことのある君だから、僕らがこんな一言一句に喜びを見出していたなんて言われても想像できないだろう。
でもこの頃は、僕らはお互いの気持ちなんて知らなかったし、自分に都合の良い期待を抱くことを自制していた。それでも相手のさり気ない言葉に身を焦がし、伏し目がちに相手の心を窺おうとする、そんな季節が僕らにも確かにあったのだ。
その日から、雄一郎は頻繁に僕の秘密基地を訪れるようになった。
人がいる場所だと僕がすげない態度を取ってしまうのには、僕が片思いを拗らせていたこととは別に、狢野宮家と獅子ヶ谷家を敵対する名家として見做す世間には、やはり使用人同士でも軋轢があるのだろうと期待している節があって、級友たちの前では親しげに振舞うことが許されていなかったという事情があったから、二人きりで談笑するにはうってつけの場所だった。
「まるで密会だな」と雄一郎が冗談を言って笑ったことがあったが、その一言が僕の心をどれだけ乱したか、当時の彼には想像もつかないだろう。
僕らは学生生活の休み時間の大部分を共に図書室で過ごした。他愛もない会話が尽きぬこともあれば、向かい合って試験の勉強に没頭したこともあった。互いへの恋慕を抜きにしても、僕らはとても良い親友であったと思う。まれに彼の言動に心臓が早鐘を打ち始めるようなこともあったが、彼と過ごす穏やかで心地よい時間が僕は大好きだった。
彼が僕を動揺させたエピソードといえば枚挙に暇がないが、一番印象的だったものを挙げるとすれば、彼が僕の指を褒めてくれた時のことを選ぶよ。
その日、向かい合って本を読んでいた雄一郎は、机の上に無造作に置かれていた僕の手に不意に自分のそれを重ねてきた。僕が受けた衝撃は記すまでもないだろう。加えて、硬直したままの僕に「桐ケ谷の指は長くて美しいな」なんて言いながら微笑んできたのだから本当にたちが悪い。
互いに好意を寄せていると知る前の話とは思えないだろう? あの頃の僕は自分だけが片思いをしていると信じて疑っていなかったから、彼は僕をからかっているのか、はたまた僕の指に対する客観的な感想を述べただけなのか、意味もなく頭を忙しく動かしてしまったよ。答えが出る前に雄一郎が今度は指を絡めてきたから僕の思考は完全に止まってしまったのだけれど。まるで恋人同士が街を歩く時のような繋ぎ方だった。
「ほら、俺のよりずっとすらりとして綺麗だ」
屈託なく笑いかけてくる雄一郎は純粋に指を褒めてくれているだけのように思えた。けれど、自分よりも一回り大きく、竹刀を握り続けてきたことで節くれだった雄々しい指が僕の指を包み、触れ合った箇所から彼の熱や関節の触感を知ってしまうと、僕は恍惚として熱っぽく雄一郎を見つめ返すことしか出来なくなった。
全く、恋をした人間というものは本当に愚かだね。この場面も君に見られていたらと思うと本当に居た堪れないよ。
こうして、傍から見れば犬も食わないと野次を飛ばされそうなじれったい関係をしばらく続けた僕らだが、ある時転機が訪れた。
君も覚えているだろうか? 初夏のある日、体育の授業の後に僕が気を失って派手に倒れたことがあっただろう。
目が覚めると僕は保健室の寝台に寝かされていて、目の前には雄一郎がいた。
「大丈夫か」
僕が目を開けたことでとりあえずほっとしたような雄一郎が頬に手を伸ばしてきたが、想い人の顔を不意に近づけられた僕としては全くもって大丈夫ではなかった。
どうやら、倒れた僕を保健室まで運んだあと、僕が目覚めるまでずっと側にいてくれたらしい。友人なのだから当たり前のことだ、と自分を諫めつつ、僕は高鳴る心を抑えられなかった。
「桐ケ谷。お前、ちゃんと寝ているか」
保険医は僕の失神を睡眠不足によるものと判断したらしかった。もっともな話だ。僕はその頃なんとかして学年の首席の座を得ようと、家の仕事を終えてからも睡眠時間を削って勉強に費やしていた。雄一郎の近くにいる時間が増えたことで、もっと彼に認めてもらいたいという欲が強くなっていったのだ。一度くらい彼から首席を奪って、自分は彼と肩を並べられる男なのだと安心したかった。
その場では曖昧な返事をし、それでも心配そうな顔をしている雄一郎に軽口を叩いて誤魔化したが、それからはさすがに反省して常識的な生活に戻した。
そして期末試験が終わり、いざ成績上位者の名前が廊下に張り出されると、目を疑うような結果が待っていた。
「どういうことだ」
その日の休み時間、いつも通り人のいない図書室で二人きりになると、僕は開口一番に雄一郎を問い詰めた。
「今回の試験範囲は君の得意分野だ。どうして僕が首席で君が次席なんだ」
俯いたままの彼の視線が事実を語っていた。
「藤堂。君、わざと手を抜いただろう」
とてつもない屈辱だった。哀れみなんて一番欲しくないものだったから。
「お前のプライドを傷つけてしまったことは謝る。ただの俺のエゴだ。俺はただ、お前のことが心配なんだ。お前がまた無茶をして体を壊すのではないかと・・・」
さすがに雄一郎の歯切れも悪かったが、僕はなりふり構わず掴みかかった。
「同情なんてされて僕が喜ぶと思うか!? 僕は正々堂々君と戦って勝ちたかったのに、君にとって僕は、最初から情けをかけてやるほど落ちぶれた存在なのか!?」
雄一郎の襟を掴んで揺さぶりながらも、最後の方は涙声になっていた。みっともない姿を一番見られたくない相手に見せているというのに、一度涙が溢れると止まらなくなった。
「僕は・・・君と肩を並べられる存在になりたかったのに・・・」
途端に、ものすごい力で抱き寄せられた。咄嗟のことで何が起きたのか瞬時に理解できなかったけれど、気づいた時には引き締まった腕の中に閉じ込められていた。僕も高身長の部類であったし、ある程度身体も鍛えていたつもりだったが、そんな僕の身体がすっぽり収まってしまうほど、彼の身体は逞しかった。
「肩を並べるどころか・・・俺は、お前には絶対敵わないよ」
熱っぽい吐息が思ったよりもずっと近くで耳にかかって身体がびくんと跳ねた。
「・・・どういう意味だ?」
答を求めて彼の胸から顔をあげた次の瞬間には口を雄一郎の唇で塞がれていた。
「・・・こういう意味だ」
夢かと思った。彼への想いを拗らせすぎて、いよいよ現実と妄想の境目が分からなくなってしまったのかと。
「藤堂・・・?」思いもよらない彼の行動に衝撃を受けながらも、彼を見上げる僕の瞳は彼の唇を強請っていたと思う。遠慮するように触れただけだった先ほどの接吻とは違い、二度目は深く口づけをされた。箍が外れたように、無我夢中で僕を貪るような口づけ。拳一つ分ほど背の高い雄一郎が屈んでいるにもかかわらず、僕は踵を床から浮き上がらせて、自らも唇を強く押し当てた。
「あぁ・・・ふぅ・・・んんっ」
唇を吸われただけで僕の肩はびくびくと震え、自分のものとは思えない甘ったるい吐息が漏れた。酸素を求めて薄く開いた唇に肉厚の彼の舌が入ってきた時には、自分では立っていられないほどに身体の力が抜けて、雄一郎の胸板に全身を預けていた。
舌を根元から絡めとられて啜られる。きっと雄一郎にとっても初めての行為だったのだと思う。けれど、その余裕のない武骨な愛撫に僕の身体はひどく歓喜した。雄一郎の太い首に両腕を巻き付け、僕からも必死に舌を絡め合わせた。濃厚な接吻は、もはや僕らにとって性行為と大差がなかったと思う。
密着した腰からは雄一郎の雄の象徴が固く張り詰めているのが伝わってきたし、僕自身も中心に熱が集まってきているのを感じていた。彼の身体が僕に欲情してくれているのが嬉しくて、僕は口内で彼と唾液を混ぜ合わせながら、自分の興奮も彼に伝えるべく熱の籠った股間を彼の硬い太ももに擦りつけた。
「ぁあっ」
僕が一段と高い嬌声をあげさせられたのは、僕の痴態に興奮した雄一郎が僕の腰を両手で掴み、硬く膨らんだ自分のそれを勢いよく押し付けてきたからだ。布越しでも彼のイチモツの凶悪さは伝わってきた。ごりごりと下腹部を刺激するそれが僕への情欲の証だと思うとそれだけで達してしまいそうになった。
「んん・・・とうど・・ぅんっ」
僕らは唇を離すと死んでしまう生き物にでもなったようにもつれ合いながら椅子に倒れこみ、僕が雄一郎の身体を跨いで上に乗る形になった。向かって抱き合うと四肢はさらに深く絡み合い、自然と腰が擦り付けあった二つの屹立は、直接手で触れているわけでもないのに快楽の極みへと上り詰めていった。
「桐ケ谷・・・桐ケ谷っ・・・」
余裕のない雄一郎の低い呻きにこれ以上ない幸福と愛おしさを感じた。凛々しい眉が苦しげに寄り、男らしくすっきりと薄い唇からは熱い吐息が漏れる。彼の頬に手を添えながら、世界で最も愛おしい男の顔をこんなにも近くで見つめることの出来る喜びを噛みしめた。
「すまない藤堂・・・っ、僕、出る・・・っ」
僕のズボンの前は痛いぐらいに張り詰めていて、下着の中は先走りが卑猥な音を立てるほどに濡れていた。このままだと制服にシミが滲んできてしまうし、なにより着衣のまま果ててしまってはこの後の授業に出席できない。浅く息を漏らしながら腰をもじつかせた僕に雄一郎は「くっ」と堪えるような呻き声をあげて、僕のズボンに手を伸ばした。
「お前は、ここも綺麗なんだな・・・。桃色で艶々としている・・・」
前をくつろげられ、解放された僕の陰茎を雄一郎はうっとりと撫で上げた。
ただでさえ敏感になっているところに直接触れられ、さらに舐めまわすような視線を向けられると、僕はまるで口淫されているような気持ちになってしまう。恥ずかしさを誤魔化すために僕も彼の下半身をまさぐって熱い昂りを取り出すと、そのあまりの重量に目を疑いそうになった。
断っておくけど、僕のそれだって決して小さくはない。長さはあるほうだと思うし、平均はゆうに超えているはずだ。それでも天を高く仰いだ雄一郎の怒張と並ぶと自分が幼子になってしまったような気さえした。
赤黒くぬらぬらと湿った幹は狂暴なほどに太く、初めてそれを見た僕は、自分の両手がうけとめたずっしりとした重さに恐怖すら感じたほどだ。今であれば「変態」と罵ってやるところだが、雄一郎は僕の初心な反応に興奮したらしく、理性が切れたように僕のものを自身のそれと束ねて勢いよく擦り始めた。
「あぁっ・・・それっ、駄目だっ・・・っ」
裏筋が彼のそれと擦れて気持ちいい。彼の節だった指が輪を作って二人の欲望を攻め立てる。僕の脚がピンと張り詰め、指の先が丸まって絶頂の到来を告げると、雄一郎は自分の胸ポケットから勢いよくハンカチーフを抜き取り、限界を迎えた二つの屹立に押し当てた。
「あぁ―っ・・・ふぅっ、んっ・・・んんぅ」
「んっ・・・くっ、ん・・・」
僕の甲高い喘ぎ声は雄一郎の唇で封じられた。同時に蜜液を噴き出した僕らは、お互いの舌を吸いながらハンカチーフを汚していく。名家の従者の所持品として皺ひとつなくアイロンをかけられたそれが恥液に染まっていく様子はひどく倒錯的で卑猥だった。
「とうど・・・んんっ、好き・・・藤堂・・・」
「桐ケ谷・・・好きだ、桐ケ谷・・・」
欲望を出し切っても、お互いの恋情を必死で訴えるような甘い口吸いが続いた。一旦、昂ぶりは収まったが、これだけでは全然足りないとお互いの瞳が訴えていた。
一度お互いの気持ちを知ってしまうと、僕らの情事は歯止めが利かなくなった。さすがに、いつ他人に見られるか分からない図書室で最後まで致してしまうことは憚られたものの、他の利用者がいない時には四肢を絡めて愛の言葉を囁き合ったし、人がいるときでも我慢できずに棚の陰に隠れて接吻を交わした。
かつて雄一郎が軽口を叩いた「密会」は図らずも現実となったわけだ。
念願叶って僕らが身体を繋げたのは秋の終わり、空気の中に張り詰めたような冷たさが時折混じり始めた頃だった。
その日は屋敷の主人の外泊を理由に一日暇をもらっていたから、僕は放課後になっても屋敷に戻らず、図書室の特等席から道場の庭を見下ろしていた。部活が終わり、剣道部の学生が帰路につく中、雄一郎だけが一人残って素振りをしていた。
木刀を振り下ろす上腕の筋肉は逞しく鍛え上げられていて、真剣な眼差しは彼の男前ぶりをさらに上げていた。君も見たことがあるだろうか。素振りをしている雄一郎は本当に惚れ惚れするほど格好良いんだ。
僕らの学校の近くには女学校があって、僕らは登下校中に女の子たちに声をかけられることがたくさんあったよな。
君の眼には、きゃあきゃあと黄色い声を向けられる僕の方が人気のように映っていたかもしれないけれど、贔屓の歌舞伎役者の代用品のように眺めて満足する対象というだけの僕とは違って、雄一郎には本気で恋をしてしまう女の子がたくさんいたんだ。僕がさりげなくその子たちの邪魔をしていたから、雄一郎本人がそれに気づいていたかどうかは定かではないけれど。
しばらく彼の素振りを観察していると、雄一郎がふと動きを止め、あたりを窺うようにしてから図書室を見上げた。そして僕と目が合うとしきりに手招きを始め、僕が不思議に思いつつも急いで階段を降り彼の元に辿り着くと、身体をぐいと寄せて耳元で囁いてきた。
「ここなら、誰もこない」
囁かれた耳がかぁっと灼けついたようだった。それが何を意味しているのか瞬時に把握できるぐらい、僕はその時をずっと待っていたのだから。小さく頷いた僕に雄一郎も頷き返し、少し距離をおいて順に道場に入った。
「はぁっ・・・んっ」
戸を閉めた途端、はあはあと息遣いの荒い雄一郎の胸に抱き留められた。そのまま口の中を熱い舌で蹂躙される。初めて唇を合わせた日と同じように、雄一郎は股間の昂ぶりを僕の腰に押し付けてきて、そこから伝わってくる熱に陶酔した僕は例によって彼の分厚い胸板に全体重を預けた。
「薫っ・・・薫・・・」
「ゆ・・・いちろ・・・あぁ・っ、雄一郎っ」
この頃には二人きりになるとお互いに下の名前で呼び合うようになっていて、他の級友の前でうっかり呼んでしまわないように普段は気を張っていた。教室での僕らの態度が妙によそよそしいものになっていたことに、君は気づいていただろうか。
背中に負担がかからないように優しく僕を倒した雄一郎は、僕を床に横たえるなり、その紳士な仮面をかなぐり捨てた。誰の目も気にしなくていい状況が解放感を与えたのか、乱暴に僕のシャツを全開にすると、期待で勃ちあがった赤い実を己の欲望のままに吸い上げたのだ。祖母から譲り受け、片時も離さずシャツの下に身に着けていた翡翠のペンダントが僕の鎖骨の上で大きく跳ねた。
「はぁっ、あぁっ・・・あぁんっ」
そのままもう片方の乳首も捏ねまわし、時おり乳汁を搾り取るかのように摘まんで引っ張るものだから、僕は雄一郎の頭を両手で抱え込みながら背中を仰け反らせて感じ入った。
図書室で人目を憚りながら睦み合っていた頃、僕のシャツをボタン二つ分ほどはだけさせて胸の尖りに悪戯するようなことを散々されてきたから、僕はそこの刺激だけで極めてしまう身体になっていた。
着衣のままなら誰かが来ても誤魔化せるだろ、なんて雄一郎はもっともらしいことを言っていたけれど、乳首を摘ままれて腰をもじらせている姿なんてどう考えても言い訳のしようがない。なんだかんだ彼の求めることを全て許してしまったのだから、僕もとんだ変態だと思うけれど。
散々揉まれたせいで甘い刺激に慣れてしまった僕の乳輪はいつからか薔薇色に色づき、ぷっくりと腫れ、舌と指先で散々摘まみ吸われた乳首は恥ずかしいほどに肥大化していた。こんな体を晒せるのは、もう雄一郎しかいない。
「はっ・・・あっ、ふう・・・うんっ」
胸の刺激だけで砲身を反り返らせ、だらだらと悦びの蜜を流す僕の姿に限界に近いことを悟ったのか、雄一郎は一旦攻めの動きを止めて優しく口づけてきた。その日は僕も一方的に感じるのではなくて彼と一緒に極めたいと思っていたから、少し安堵して口づけに応えたのを覚えている。
「いいか?」
僕のズボンの腰に両手をかけた雄一郎に頷くと、一気に下まで降ろされた。勢いあまって下穿きまで一緒に剥かれ、桃色に艶めいたそれがぷるんと空を向く。
「本当に、いつ見ても綺麗だな・・・」
感じ入ったような吐息がむき出しの肉茎にかかる。その感覚にすら腰を震わせた僕の脚を大きく開かせると、雄一郎は脚の付け根の際どい部分に唇を落とした。
「あぁっ・・・」
勢いよく吸い付かれたその場所は赤く充血し、僕が雄一郎の所有物であるという証が残った。内腿を吸われるたびに反射で閉じようとする僕の脚を雄一郎は有無も言わせぬ強い力で押し広げ、白い肌を余すところなく所有印で埋めていく。
やがて抵抗する力も抜けて僕がくたりと四肢を投げ出すと、その時を待っていたかのように雄一郎は僕の屹立を口に含んで吸い上げた。
「ああぁっ・・・ぁあっ」
このまま食べられてしまうのではないかという勢いでむしゃぶりつかれ、同時に重くなり始めた蜜袋を指先でたぷたぷと揉みこまれる。あまりの刺激の強さに目の奥がちかちかとし、雄一郎が口を窄めて竿を吸い上げるたびに脚が痙攣した。
「駄目だっ・・・それっ、イってしまう・・・」
涙を浮かべながら懇願しているのに、雄一郎は動きを止めるどころか、あろうことか蜜袋さえも唇で味わい始めた。敏感な部分を優しく食まれ、急所を抑え込まれているという本能から沸き起こる恐怖さえも快感とないまぜとなって僕を恍惚とさせた。僕の肢体が絶頂に向かって緊張しても雄一郎は僕の根元をきつく握りこんで熱の放出を許さず、限界を迎えているのに絶頂を許されない僕の先端は、耐えきれない快楽に涙を流すようにだらだらと先走りを溢し続けた。
「僕も・・・君のを触りたい・・・」
息も絶え絶えに僕は懇願した。愛しい男のそれは見る者にも痛いほどに張り詰めていて、ズボンの裏地を押し上げていた。
「・・・無理しなくていい。お前はただ気持ち良くなってくれればいいんだ」
「そんなのは嫌だ。僕だって君を感じさせたい・・っ」
愛し合っているのだから、僕も心の内を行動で示したかった。何より、僕を求めて苦しげに形を変えているそれを僕自身で愛撫したくてたまらなかった。僕は上半身を起こして雄一郎を見つめると、恥を忍んで口を開いた。
「・・・繋がるには孔を濡らすものがなくてはいけない」
僕の囁きが何を意味しているのか悟ったのだろう。雄一郎がぐうっと音を立てて唾を飲み込むのが聴こえた。彼が困惑したその一瞬のうちに屈みこんで前をくつろげさせ、ぶるんと飛び出した持ち主よろしく逞しい幹に頬ずりした。
僕の身体を求めて血管を浮き立たせた雄の証に、僕の口内に唾液が溜まっていく。
先刻まで汗を流していた身体からは雄らしい匂いがたちこめ、僕から理性を奪っていった。堪らず吐息を漏らした僕は、先走りで濡れた黒々とした茂みが頬に張り付くこともお構いなしに愛おしい男の中心をしゃぶった。
「く・・・っ、んっ・・・」
低く呻き声をあげながらも、雄一郎は堪らないといった手つきで僕の髪をまさぐった。彼をもっと感じさせたいのに、張り詰めた肉杭はとても口に収まりきらない。僕は喉奥まで使って啜り上げ、入りきらない部分は夢中で手で扱いた。下品な水音を立てながら茎に舌を巻きつかせ、ぱくぱくと開閉する先端の孔を尖らせた舌先でくじると雄一郎の腹筋が引き攣ったのが伝わってくる。
「駄目だ薫っ・・・それ以上は・・・っ」
息の詰まった雄一郎の声と口内を犯す肉の硬さでその時が来るのが近いことを悟った。僕は糸を引きながら彼のものから口を離し、床に着いた後ろ手で体重を支えるように膝立ちで仰け反ると、軽く腰を突き出して、自ら秘所を見せつけるように脚を大きく開いた。
「ここに・・・出すんだ。君ので、ここを濡らしてくれ・・・」
もう片方の手で孔をまさぐり自ら襞をめくって見せると、僕の痴態に雄一郎の瞳が野獣のような獰猛さを宿らせるのが見えた。
勢いよく覆い被さってきた雄一郎は熱い息を吐きながら僕の後孔に自分の昂ぶりの標準を合わせた。ぬめりを帯びた熱を直に感じたことで僕も息が早くなり、硬く滾ったそれは僕の鼓動と合わせて収斂する壁を押し開いてくる。先端だけを含ませたまま雄一郎は勢いよく自分の竿を扱きあげ、すぐさま身体をぶるりと震わせた。
「あぁっ・・・あぁ・・・んぅんっ!」
熱い粘液が勢いよく入り口を濡らし、それを孔の中に塗り込むように腰を動かされたことで僕も達してしまった。自分でも何が起こったのか理解できないまま肩を上下し、自分の吐き出した白濁で汚された上半身を見下ろす。
「これだけ濡れれば十分だろう」
滅多に冗談なんて言わない雄一郎がからかうように言い、二人分の精液を掬い取って僕の秘部に塗り付ける。滑りが良くなった指が二本同時に押し込まれ、孔を拡張するようにほじられることで、先ほど中に噴射された白濁がとろりと垂れてきた。
「あぁんっ・・・あぁっ」
広げられた孔の肉壁が冷たい外気に晒されることにすら感じてしまい、身を捩って快感を逃がそうとするのに、雄一郎が高速で指を出し入れするクチュクチュという音に耳まで犯されてしまう。
「たしか・・・この辺に・・・」
探るように僕の中をまさぐっていた指が前立腺をとらえた途端、僕の身体は大げさなぐらいに跳ね上がった。
「あぁああ―――っ」
びくんびくんと跳ねる膝を、体重をかけて雄一郎が抑え込む。
先刻に一度達していなかったら、僕は間違いなく蜜をほとばしらせていただろう。
ふっくらとしたその膨らみを雄一郎の太い指が押し潰すたびに中が悦び、彼の指を締め付けて離さない。雄一郎は時間をかけて僕の内部を解していき、やがて終わりの見えない快楽に恐怖すら覚えた僕は、だらしなく口端から涎を垂らしながら懇願した。
「雄一郎、お願いだ・・・もう入れてくれ。君のが・・・欲しい」
熱で瞳を潤ませ、腰を揺らして男の昂ぶりを求める。僕の取り巻きだった女の子たちがこんな姿を見たらどう思うだろう。甘いマスクの貴公子と評された僕はどこにもいない。そこにいたのは、愛おしい雄に征服されることを待ち望んだ雌の姿だ。
「薫・・・っ」
雄一郎は僕を仰向けに倒すと、凶器と言えるほどにまで張り詰めたそれの切っ先を秘孔に押し当てて沈みこんできた。
「―――んうっ、あぁっ」
ずんっと雄一郎が中に這入り込んできた。エラの張った雁首が痛いほどに内壁を擦りあげてくる。その重量感に思わず息を飲んだ拍子に蕾が弛緩し、太くて硬いそれが僕の最奥を貫いた。
「あぁ―――っ」
愛する者の熱と鼓動を身体の中で感じられることがどれだけ幸せか、僕はその時教えられたよ。どくどくという脈を直接感じさせられた肉壁は男根に媚び始め、このまま逃がさないとでもいうように絡みついていった。
「―――くっ・・・締まる」
上擦った声と共に雄一郎が腰を前後に動かすと、媚肉は全てを搾り取るように肉竿に吸い付いた。頭が蕩けそうなほどの快楽の中、雄一郎の抽挿が段々と速く、そして深くなり、雁首が前立腺を突き上げるたびに僕は淫らな声をあげた。
「あ・・っ、ああっ、おぉきい・・・」
「お前っ・・・それ、反則・・・」
既に粘膜をいっぱいに押し広げていた肉棒がさらにぐうっと膨らみ、僕は悲鳴に近い喘ぎ声をあげさせられる。脚を大きく左右に割り開かれ、本能のままに腰を打ち付けられても恥辱とは露も思わず、むしろ雄一郎に身体の全てを征服されていくことに嗜虐的な悦びを覚えた。雄一郎の額からつたう汗は激しい動作の度に飛び散り、快楽を堪えようと皺を寄せた眉間は男の色気を存分に漂わせていた。
こんなに逞しい男が他の誰でもない僕を求めて必死になっている。誰よりも愛おしい男が僕に愛の証を注ごうとしている。どっしりとした雄一郎の身体の厚みと重みが、彼がここに存在するという事実を伝えてきて僕を安心させた。
こんなに幸せなことがあるだろうか。
「ああっ、あっ、あぁっ・・・あぁんっ」
さらに存在を示すように中を大きく掻き回されたかと思うと、身体が揺さぶられるほどの激しい抽挿が始まった。一突きごとに頭が痺れる。息が出来ないほどの腰遣いに意識を奪われそうになりながらも、必死で彼の腰に脚を絡みつけ、彼の熱い吐息を首筋で感じた。
「お願い・・・っ、ゆういちろ・・・っ、雄一郎・・・!」
雄一郎の腹筋に擦れる自分の昂ぶりの限界が近いことを悟った僕は、あまりの快楽に瞳を濡らしながら視線で口付けを強請った。彼の全てと繋がりながら果てたいと本能が叫んでいたのだ。言葉にしなくても雄一郎には通じていて、彼の吐息で湿った僕の首筋から顔を上げると、獰猛な腰振りとは裏腹に、僕を安心させるような優しい接吻をしてくれた。
「はぁっ・・・あん、ん・・・ふ・・・」
唇で僕を宥めながら、彼は両の手でそれぞれ乳首と陰茎を高速で扱き、後ろの孔を含めた全ての性感帯を犯された僕は、最後の瞬間に向けて自分の肉壁が雄一郎の硬茎を締め付けていくのを感じた。僕の肉筒を捏ねまわす雄一郎の抽挿が今までにないほどに激しくなり、息を継ぐ間もないほどに喘ぎ続けさせられる僕は全身を揉みしぼって官能をしゃぶりつくそうとする。雄一郎の凶悪なそれの形がはっきりと分かるようになり、その感覚にたまらない興奮を覚えた僕は四肢を痙攣させながら先端から蜜液を噴出させた。
「あぁ―――っ! あぁっ、あっ!」
白濁が二人の腹を汚す。僕が達した勢いで後孔がきゅっと勢いよく締まり、予想外の刺激に低く喘がされた雄一郎も僕の中に腰を打ち付けたまま果てた。熱い飛沫が内壁にほとばしり、愛する男の雄液で中を穢される感覚に僕の身体は悦びでびくびくと打ち震えた。
「く・・・っ、うっ・・・薫・・・」
「ぁあっ、出てる・・・ぁン、熱・・・い」
達しながらも雄一郎は僕との結合を緩めようとはせず、愛の証を僕の体内に沁み込ませるように腰を動かして肉壁に擦りつけた。雄一郎が全て吐き出す間、僕もうっとりとした心地に浸りながら前から精液を垂れ流し、ようやく彼の逸物が抜かれるという時には、彼の巨大な雁首が内壁に引っかかる感覚に再び愛液を漏らしてしまった。
中で出されたものが溢れ出て床を濡らし、秘口の縁には先ほどまでの性交の激しさを物語るように泡立った液が残っている。卑猥な姿を雄一郎に見下ろされているというのに、雄一郎が興奮したように喉ぼとけを上下させるのを見ると、もっと恥ずかしい姿を彼に見てほしいとすら思ってしまう。
「俺は・・・お前の総てが欲しい・・・」
雄一郎が上ずった声で囁く。渋りながらも、覚悟を決めたような懇願だった。
「・・・ああ、これで僕の総てが君のものだ」
とっくに総てを捧げていたつもりの僕は雄一郎の発言に若干の引っかかりを覚えながらも上半身を起き上がらせて彼にもたれた。
上気した彼の顔を両手で包み、うっとりした心地で頬に口づけすると、雄一郎が「すまない」と囁いたのが聴こえた気がした。
「雄一郎?・・・・んうぅっ」
雄一郎は深く僕の唇を求めながら、再び僕を押し倒した。情事を甘く振り返りながら戯れる恋人の接吻にしてはあまりにも激しく、性的な匂いを感じた僕は困惑するしかない。
けれど、先ほどまで僕の鞘に収まっていた彼の竿は既に二度果てたとは思えないほどに張り詰めていたし、何より彼の瞳には肉食獣のような焔が再び宿っていた。
「かおるっ・・・薫っ」
雄一郎は僕の膝裏に手をかけると再び大きく割り開き、自分の肩口まで持ち上げた。臀部が浮き上がって秘孔が上を向かされていることに気づいた僕は、パクパクと開閉する桃色の肉襞が雄一郎の眼前に晒されていることに失神しそうなほどの羞恥を覚える。しかし僕がいくら身をよじろうと雄一郎に力で敵うはずもなく、雄一郎は僕の秘孔が先ほど注ぎ込まれた白濁液を
「雄一郎・・・何を・・・」
雄一郎は息を荒げたまま熱く滾った杭を僕の蕾にあてがった。その体勢で挿入されることに恐怖を覚えた僕が声をあげる間もなく、雄一郎はほとんど垂直に腰を下ろして僕の最奥を貫いた。
「あぁっ、ぁ・・・っ!」
ずちゅっと醜い音を立てて僕の中に注がれた愛液が泡立つ。一度目よりも侵入が容易になったことで、途中のしこりに殴られたような衝撃を受けた僕は押し出されるように陰茎から腎水を噴き出してしまう。
「あっ、ああっ、駄目・・・・あぁんっ」
奥を一気に攻められて達した僕に満足そうに微笑むと、雄一郎は奥を狙って小刻みに先端を打ち付けた。
「んぁあっ、あっ、あっ、あんっ、あぁっ」
揺さぶられながら、彼の動きに何かの目的を感じ取った。猛々しい肉棒でいっぱいに広げられている直腸の終点を亀頭が執拗に抉ろうとするのだ。その動きが何かをこじ開けようとしているものだと気がついた時、雄一郎が苦しそうな呻き声をあげながら呟いた。
「すまない薫・・・。でも、ここも俺に愛させてくれ・・・」
その言葉で、自分の中にはまだ雄一郎に犯されていない箇所があるのだと気づかされた。先ほどの情交で最奥だと思っていた箇所にはまだ続きがあるのだということも。そして何より恐ろしかったのは、全て挿入されていると思っていた雄一郎の竿がまだ半分ほど外に残されていたことだった。
僕の膝裏を掴む雄一郎の手に力が入り、何をされるのかを動物の本能で感じ取った僕は思わず息を飲んだ。
「ひ、ぐっ―――ぅ、あっ、あぁっ!」
重力に任せて勢いよく腰を叩きつけられ、ぐぽりと何かが嵌り込んだ音が身体の奥深くで響いた。傘の張った雁首が信じられないほど深い部分にめり込んでくる。
侵入を許していい場所ではないと本能が危険信号を出し、抵抗するように肉壁が楔を押し出そうとするが、雄一郎は僕の下半身を折り畳むようにして腰を進め、僕自身も知らなかった部屋を拡張させていく。雄一郎の茂みを臀部に感じたことで、彼の肉棒が全て僕の体内に収められたことを知った。
「はっ・・・んぅっ・・・ああぁ・・・っ」
真上から串刺しにされた僕は身動きも取れず、浅く呼吸をすることしか出来ない。亀頭を結腸に含ませたまま、雄一郎がゆっくりと律動を始めた。あまりの圧迫感に苦痛しか感じていなかった僕のそこに、じわりじわりと他の感覚が滲み始める。
「あっ・・・は・・・っ、雄一郎・・・」
混濁とした意識の中で譫言のように彼の名を呼ぶと、深く繋がったまま口づけをされた。奪い取るように根元から舌を啜られると、下と上の両方の粘膜を彼の熱いもので犯される感覚に僕の身体は再び官能を拾い始める。
「薫・・・好きだ。お前の総てを・・・愛したい・・・っ」
「あぁっ、ゆういちろ・・・あぁ・・あぁん・・・」
奥の孔が弛緩したことで、雄一郎の前後の動きが少しずつ円滑になる。雄々しい肉棒で結腸の弁を抜き差しされる度にぐぽっぐぽっと体液と空気が混じった卑猥な音が響いた。
「あぁっ、だめぇっ! そこっ・・・あぁっ!」
雄一郎が腰を引くたびに白く泡立った体液が限界まで広がった後孔の隙間から溢れ出し、腰を打ち付けるたびに肉と肉がぶつかる衝撃で飛び散った。ぱんっぱんっと音を立てながらずっしりと重たい陰嚢が勢いよく臀部に叩き付けられる感覚に、僕は悲鳴をあげながらよがり狂ってしまう。
「それっ、それぇっ・・・あぁああっ、あ―っ! あっ、あぁっ、あぁんっ!」
「薫・・・気持ちいか? もっと感じてくれ・・・もっと、俺ので・・・!」
焦らすような速度で入り口付近まで陰茎を引き抜いた雄一郎が勢いをつけて一気に奥まで押し戻した。開拓されたばかりで敏感な奥底が叩き潰され、身体中に電流が走る。
「ぐ、う・・・あぁあ―――あっ」
貫かれたと同時にプシッと音を立てて愛液が僕の蜜口から噴出された。勢いのある射精が終わったにも関わらず、身体の内部を甘くねぶるような熱が引いていかないことに僕は困惑した。くたりと力を失った先端からは壊れた蛇口のように蜜が溢れ出て止まらない。
「薫・・・ずっと極めているのか・・・」
雄一郎が息を飲み、激しい抽挿を再開する。彼自身も終わりを迎えようとしているのが、僕の奥深くで膨らみを増した肉茎から伝わってきた。雄が雌を孕ませる準備としての身体の変化。先刻よりも深いところに彼の子種を注がれる期待で僕の肉壁は甘く疼き、結合をより深くしようと自らも腰を振りたくった。
「くっ、薫・・・一番奥に・・・出すぞっ」
「雄一郎っ・・・出してっ、僕の中に全部っ・・・イくっ、いく・・・っ、ぁんっ、あぁんっ・・・あぁあ―――っ!」
最後の一撃として突き立てられた狂暴な昂ぶりに熱い雄液を叩きつけられ、最奥の肉壁が歓喜に震えた。断続的に吐き出される濃厚な生殖液を残滓の一滴まで搾り取ろうとむしゃぶりつく。その間も僕は絶頂から降りてこられずにいたのに、僕の男の象徴はすっかり柔らかくなっていて、ついに吐精すらしていなかった。
「ぁん・・・きもち、いい・・・っ」
脚を高く持ち上げることで注ぎ込んだ粘液を最奥に溜めたまま、雄一郎はぐりぐりと僕の肉筒を捏ねた。僕を他の雄に取られないようにするための一種のマーキングのような動き。僕が女性なら、確実に妊娠させられていただろう。そして僕はそんな雄一郎の独占欲にすら喜びの涙を流した。
「薫・・・お前は俺の総てだ」
「君も、僕の総てだよ、雄一郎・・・」
僕らは深く
最初は時と場所を慎重に選んでいた僕らだが、慣れてくると段々と大胆になっていった。二人きりの空間で互いの視線に情欲を感じ取ると後先考えずにサカるようになった結果が、君が居合わせてしまった放課後の教室だ。
見苦しいものを見せてしまったと詫びるしかない。やろうと思えばいくらでも僕らの痴態を書き綴ることが出来ると思うが、あいにく君の創作活動には役に立たなさそうなものばかりだから、僕らの情事について詳細を記すのはこのくらいにしておこうと思う。
大切な人に想いをいつでも言動で伝えられるというのは本当に恵まれていることだと思う。
僕らの蜜月は卒業までの二年近く続いた。
二年というのは色恋沙汰においてそこそこ長い年月だと思うが、僕らがお互いを求める感情は時が経っても色あせることはなく、むしろ密度を増し、お互いを自分の人生に欠かせない存在にしていった。
対立する名家の使用人同士で、ましてや男同士。障害は沢山あったはずなのに誰にも邪魔されず、ただ心のままに彼を愛し、彼に愛されることが許されていたのは本当に幸運だったと思う。
―――だからあの時も、これが最後の別れになるなんて露ほども思っていなかった。
卒業と同時に主人について海外に行くことが決まっていた僕は、卒業式の前夜、初めて身体を繋げた道場で雄一郎と最後の逢瀬を遂げた。いつにも増して激しく抱き合ったその日は、熱情が身体から退いた後も四肢を解かぬままに唇を吸い合い、いつまでも名残惜しくお互いの体温から離れようとしなかった。
「頼むから、無事に帰ってきてくれ。俺はずっとお前を待っている」
僕を胸に抱いたまま、雄一郎が祈るように囁いた。もう何度も聞かされた言葉だったから、僕は安心させるように微笑み、彼の高い鼻をつまんでからかってやった。
「大丈夫。たった二年だぞ? たった二年も君は待てないっていうのか?」
「でも船旅なんだろう? もし海難事故にでも遭ったらどうする。数年前もイギリスの客船が氷山にぶつかって北大西洋に沈んだ事件が起きただろう」
必死に心配してくる姿に、彼を愛しいと思う気持ちが改めて沸き起こり、思わず涙が込み上げそうになった僕は慌ててぎゅっと雄一郎の首に抱きついて顔を隠した。
「僕は大丈夫だ。・・・それより、僕が心配なのは君の方だ」
えっ、と素で驚いたように、雄一郎が真横にある僕の顔を振り向く。涙が引いたので真正面に顔を戻して上目遣いに見つめてやった。
「前に話していただろう。君の若いご主人、君に気がありそうだって。僕がいない二年間、目移りしないって、君は言い切れるか?」
意図せずいじけたような物言いになってしまった。いや、実際に僕はいじけていたのだ。僕が日本にいない二年間を雄一郎と共に過ごすことの出来る、顔も知らない幼い主人に嫉妬していた。
お前なぁ、と雄一郎が深い溜息をつく。
「本気で言っているのなら俺は傷つくぞ。俺はそんなに口数が多い方ではないが、お前への気持ちだけはしっかり言動で表してきたつもりだ。お前以外の誰かを欲しいと思ったことはなかったし、それはこれからも同じだ。俺はそんなに信用ならない男か・・・?」
不安げに目を覗き込まれて僕は必死に首を横に振った。
そんなわけがない。雄一郎が僕に向ける愛情を疑ったわけではない。
ただ不安だったのだ。彼を愛するあまりに。
今度こそぶわりと涙が溢れて、本当は自分の方が二年の歳月を不安に思っていたことに気づかされた。僕の心中などお見通しのように、雄一郎が優しく指で涙をぬぐってくれる。
「二年後、お前は無事に帰国するし、俺はお前を一番に出迎える。俺たちは、きっと大丈夫だ」
厚い胸に抱き寄せられ、肌から伝わる温もりに安心させられる。言い聞かせるように背中を優しく叩かれながら、泣きじゃくる僕はうん、と返事をした。
「そうだ・・・」
思いついたことがあって、僕は両手で自分の首元を探った。翡翠の石のひんやりとした感触が僕の鎖骨から離れていく。麻紐に括り付けられたそれを、僕は向き合ったまま雄一郎の首にかけた。
「僕が戻ってくるまで、君が持っていてくれ」
そのペンダントは僕の分身だった。離れていても、僕の一部が彼の側にいられることを願った。麻紐に掛かったままの僕の手に自分のそれを重ねて、雄一郎は大きく頷いた。凛々しい男前の顔がその時だけはくしゃりと歪んでいて、彼も静かに涙を流していることに気が付いた僕は、震える唇でそっと口付けた。
「薫・・・離したくない、薫・・・」
身体全体をきつく抱きしめられて、重ねた唇の隙間から何度も名前を呼ばれる。より深く繋がろうと何度も角度を変えて唇を押し付けられた。
「僕だって離れたくない・・・っ」
涙でぐちゃぐちゃになった僕の顔は、いつも彼が称賛してくれたような美しいものではなかっただろう。それでも彼は僕に最後まで愛情を注いでくれた。
「愛しているよ、薫。お前をずっと待っているから」
雄一郎は愛おしげに僕の髪を撫でると、最後にまた深く唇を落とした。
あの時の雄一郎の眼差しと唇の温もりを、僕は生涯忘れることがないだろう。
二年後、帰国した僕を雄一郎が出迎えることはなかった。
彼は僕の帰国の二カ月前、箱根の別荘地で起きた火事で命を落としていた。
―――二カ月。たった二ヶ月だ。
あと二ヶ月なにも起こらなければ僕らは再びお互いの体温を感じることが出来た。
彼が亡くなったことを聞かされたその瞬間、僕は自分の両足が鉛のように重くなるのを感じた。やがてその重みが全身に回り、地面から生えているかのように四肢が動かなくなった。息が浅くなり、頭に血が上らなくなる。暗く重い海の底に一人取り残されたような冷たさが全身を覆った。
何を言われても現実のことのように聞こえなくて、信頼できる人々から彼の死が事実だと教えられてもなお、僕は亡霊のように立ち尽くすしかなかった。
―――死んだように生きている。
そう僕を称したのは仕えていた獅子ケ谷家の主人だった。
屋敷での僕はただ淡々と仕事をこなすだけの機械のようになり、表情を失っていた。感情さえも失いつつあった僕を心配してくれた言葉だった。
「大切な人だったのだろう?」
若いころに奥方を病で亡くしているその人は、再婚もせず変わり者だと社交界で噂されているような人物だったが、使用人を教育機関に通わせたり、自ら子息の教育をしたりと前衛的な人で、さらに人の心を察するのを恐ろしく得意とする人だった。もちろん雄一郎との関係を彼に話したことはない。それどころか、敵対関係の華族に仕える彼の名をこの屋敷で口にしたことすらなかった。
「彼を想う気持ちを大切になさい」
優しく諭すような、それでいて後悔を滲ませたような声。愛する者に先立たれた人間の言葉だった。
「狢野宮の家宛てに君の推薦状を書くよ。優秀な使用人を失ってあの家も困り果てていると聞いた。獅子ケ谷と狢野宮の確執は僕らが海外にいた間にだいぶ弱まったようだから、獅子ケ谷に仕えていたからといって拒まれることはないだろう。君は最高に優秀な使用人だからね。僕が保証する」
咄嗟のことに頭がついていかない僕が視線で困惑を訴えると、その人はまっすぐに僕の目を見据え、一間置いてから口を開いた。
「今君に必要なことは、心行くまで彼に想いを馳せることだ。この屋敷で僕の世話をすることではない。彼が働いていた場所で彼の生前の姿をなぞり、そして君自身を納得させなさい」
そうでもしないと、君は永遠に亡霊のままだ。
そう諭すように微笑んで肩を叩いてくれたその人が自分の主人で良かったと心から思った。この人のために忠義を尽くしてきた自分の数年間は正しかったのだ、とも。身分が低い人間をここまで思いやることの出来る雇用主とはもう出会えないだろう。けれど僕は彼の言葉に甘えて、五年以上の歳月を過ごした獅子ケ谷の屋敷を出る覚悟を決めた。
「何年かかってもいいから、自分が新しい一歩を踏み出すために必要だと思うことをとことんやりなさい」
―――そして僕は、僕が新しい一歩を踏み出すために、ある復讐を実行した。
僕だって最初から復讐を考えていたわけではない。
雄一郎が火事で亡くなったとしか聞かされていなかったのだから、復讐する相手がいること自体、思い至るはずがなかった。
ただ単に、僕の知らない二年間を彼がどのように過ごしていたのか、どうして彼が亡くなったのか、その総てを知りたくて狢野宮の屋敷で働き始めたに過ぎない。
学生時代、雄一郎と交わした他愛もない会話の中で、紅茶や菓子を始めとする狢野宮家の幼い主人のこだわりや好みを聞かされていたから、新しい環境でも優秀な使用人として認められるのに時間はかからなかった。
狢野宮雪彦のことだって最初から忌み嫌っていたわけではない。
少々自分勝手で自惚れの強い部分はあったが、素直で純情。華族の子息に見られがちな、使用人に対する横柄な態度もなかった。僕に憧れているのが言動の節々から伝わってきて、そのことを可愛いらしいとさえ思ったくらいだ。
彼から雄一郎の不条理な死を告白された時も、最初は許そうと思った。
彼の罪に対する怒りが湧くよりも先に、雄一郎が最期の瞬間まであのペンダントを優先してくれた事実を聞かされて涙が止まらなかったから。
雄一郎はずっと僕を待っていてくれた。最期の瞬間まで僕を愛していてくれた。
―――でも、もし僕があのペンダントを渡していなかったら。もし彼が炎に包まれた屋敷に引き返さなかったら。
悲しみと嬉しさと後悔と。雄一郎の最後を聞きながら、様々な感情でないまぜになった僕の胸は張り裂けそうだった。
―――雄一郎、すまない。雄一郎、愛している。
泣きじゃくりながら自分の罪を告白した少年と共に僕は涙を流した。
学生時代、仕えている若い主人からの好意をどう対処したらいいか、雄一郎に困ったように相談されたことがあったから、彼が雄一郎に片思いをしていたことは知っていた。きっと彼も、本気で雄一郎を愛していたのだろう。
雄一郎はもういない。この少年を許そう。
同じ男を愛し、愛した男に先立たれた者同士、理解し合えることがあるかもしれないとさえ思った。―――けれど、
少年は僕の頬を拭いながらこう言い放った。
「でも僕は嬉しかった。僕がいくら恋焦がれても想いに応えてくれなかった雄一郎が、最期の瞬間に僕を優先してくれた。永遠に僕のものになってくれた」
―――なんて傲慢で、身の程知らずな。
愕然として耳を疑った。彼は自分の罪の重さを全く理解していなかった。
その時の、頬を赤く染めた彼の表情の醜さを、この世に存在する言葉で表現し尽くすことは不可能だろう。その瞬間に、目の前の人物は同情すべきか弱き少年ではなく、自分勝手な都合で雄一郎を死なせた憎むべき敵となった。
僕が狢野宮雪彦への復讐を思いついたのもその瞬間だ。
ほんの数秒の内に、僕の脳内に復讐のシナリオが出来上がった。
僕はその男を強く抱き寄せて口付けた。男が僕に抱き始めていた恋心を利用してやろうと思った。
「前の男のことなんて、私が忘れさせてあげます」
多感な年ごろの少年はすぐに陥落した。
甘い言葉を耳元で囁き、夢中で彼を求めているような愛撫を施す。狢野宮雪彦を快楽に溺れさせるために、僕は、雄一郎が僕に触れた手つきを、唇を、彼の総てを必死になぞった。
僕が雄一郎にされていたことを、僕は空っぽの感情をもって、そっくりそのまま狢野宮雪彦の身体に与えた。胸の尖りだけで極みを得られるような強引な愛撫も、剥き出しになった若茎を口で慰めるやり方も、秘孔の中にある膨らみの愛で方も、僕自身の身体に教えこまれて何年も染み込んでいたものだ。
僕の腕の中で女のような嬌声をあげ、はしたなくよがり狂う若い主人の姿を、僕は大理石のように冷たい目で見降ろしていた。雄一郎が美しいと褒めてくれた僕の指が男の身体を弄り、男の体液で汚されていく。彼が太股をおっぴろげて下品に腰を揺すり、更なる快楽を期待する姿に吐き気がした。
どうしてこんな男が。どうしてこんな男に雄一郎は命を奪われてしまったのか。
情事の最中に僕が浮かべた微笑みは全て、彼の反応に恍惚として向けたものなどではない。自分に復讐を誓う相手に快楽を教え込まれていく哀れな獲物を嘲笑したものだ。
僕が内心で彼を軽蔑すればするほど、僕が彼に触れる手は甘く、そして愛情のこもったものになっていった。
―――確実に彼を地獄に落とすために。
情事のたびに僕の興奮の証を見たいと強請られたことには閉口した。
彼に激しい愛撫を施しながらも僕の体温が上がることはなく、僕の男の象徴が反応することなどあり得なかったから、僕の着物を捲ったところであの少年が望む景色は見られなかっただろう。
もちろん僕の感情面も大きく作用していたけれど、実はもう一つ秘密があった。
恥を忍んで告白しよう。
雄一郎によって作り変えられた僕の陰茎は、とうの昔に雄としての機能を失っていた。初めて彼に抱かれた時から、後ろだけの刺激で達してしまったような淫乱な身体だ。彼に愛される回数を重ねるうちに、後孔の最奥を突かれないと射精はおろか勃起さえ出来ないという困った体質が出来上がっていたのだ。
だから、狢野宮雪彦に婚約の話が持ち出された時は、ついに彼を最後まで抱かなくてはいけない状況に追い込まれたと僕は焦った。彼と距離をおく前に、僕抜きでは生きられないことを彼の身体に覚え込ませる必要があったからだ。
僕の身体は彼の何十倍も、雌としての悦びを教え込まれている。そんな僕が自分の愚息に本来の役割を思い出させるのにはかなりの努力と工夫が必要だった。
狢野宮雪彦に改まった様子で部屋に来るよう命じられた日、僕はその晩彼を抱くことになるだろうと悟った。名家のしがらみに捕らわれた彼が婚約を拒否するはずがなかったし、婚約が確定してからは式の準備で屋敷全体が騒がしくなることを思うと、その日が最も適しているだろうと考えたからだ。
その夜はいつも以上に激しく愛撫を施し、彼を四つん這いにさせると、僕は彼が決して後ろを振り返らないように必死で努めた。
紅く色づき肥大化した僕の胸の尖りは、誰が見ても男に愛された過去を察してしまうものであったし、秘孔には木でできた張形が深く突き刺さっていたのだから。
男性器を模したそれは、雄一郎を失ってから自分を慰めるときに使用していたものだ。最奥を刺激されないと勃起できない僕が狢野宮雪彦と繋がるにはそれしか方法がなかった。
滑稽な話だろう? この世にいない男に犯されることを想像してよがりながら、殺してやりたいほど憎い男の尻を犯すなんて。
彼を犯しながら自分の肉孔を慰める水音に気づかれないか不安だったが、快楽で意識が朦朧としていた彼にそんな余裕はなかったらしい。自分の最奥を強く刺激した僕も、うまいこと彼の中で射精することが出来た。
身体の全てを蹂躙され、体力を使い切った狢野宮雪彦は恍惚とした表情で僕を見つめ、僕はせめてもの情けのつもりで優しい微笑みを浮かべてやった。
これでも最後の選択権は彼に与えたのだ。
「あなたの前の使用人、藤堂雄一郎と仰いましたか・・・。彼のことは今でも忘れることが出来ませんか?」
これが、僕が彼に与えた最後の慈悲だった。
―――せめて、彼が雄一郎のことを忘れないでこれからの人生を歩むのなら。自分の罪の重さを背負って生きていくのなら。
その言葉さえ聞くことが出来れば僕はきっと救われる。新しい一歩を踏み出すことが出来る。これまでの布石を全て無駄にしてもいいから、彼への復讐を取りやめようと思った。
そして、その哀れな男は満面の笑みで自らの運命を選び取った。
「もう雄一郎のことなど思い出せない。お前しか見えないんだ」
僕はゆっくりと目を閉じ、涙を流しながら復讐の決行を決めた。
僕はその頃、屋敷での仕事を終えると街の貧民窟の病院で医者の助手のようなことをしていた。狢野宮雪彦に縁談話が出た頃から僕が目の下に薄く隈を作っていたのはそのためだ。
僕がその病院に目を付けたのは、街で発見された変死体の検分をそこの医者が任されることが多かったからだ。貧民窟における医療関係者が不足しているのは知っていたし、実際、専門的な知識を持った医学生でなくても補佐的な仕事をしてもらえるだけでありがたいと言われた。警察の立ち入りすらほとんどなく、身寄りのない死体が毎日のように発見される無法地帯で、僕は助手の仕事の給与を求めない代わりに、医者にあることを頼んでいた。
「今朝発見された死体、ちょうどお前と同じ背格好だったぞ」
僕が狢野宮雪彦を抱いた数日後、医者は遺体安置室を顎で示してそう言った。
「阿片の中毒症状が出ていた。身元も分かっていない」
道徳上許されることではないと分かっていた。けれど、僕の復讐の仕上げとして不可欠なものだった。
そしてあの日、僕は名前も知らない男の死体に火をつけ、偽の診断書の作成を医者に託して行方をくらませた。
僕は狢野宮雪彦の心に寄り添い、誰よりも彼を理解する優しい恋人になった。
快楽を教え込み、僕抜きでは生きられない身体にした。
心身共に僕に依存した彼が僕を失った時、彼は何を選択するだろうか。
賭けにも近いその復讐は、僕の望んだ形で幕を閉じた。
昔あの図書室で、もし使用人の家系に生まれていなかったら何になりたかったかを雄一郎と語り合ったことがある。
僕は獅子ケ谷家に仕えることをこれ以上ない至福であると思っていたから「ない」と即答したのだが、雄一郎は医者だと言っていた。彼らしいと思う。そしてそんな彼を愛せたことを幸せに思う。
僕は今後、桐ケ谷薫という名を捨てて生きる。
雄一郎がなれなかった医者として生きる。戸籍を失った僕が一から医療を学び、医者として新しい人生を歩むには気が遠くなるような年月が必要だろう。並大抵の苦行ではないはずだ。それでもいい。
結果的に一人の人間を自殺に追い込み、罪のない人間の遺体に不道徳な仕打ちをした僕の罪は、残りの人生を他人の命の救済に捧げることで償うことが出来るだろうか。死後、雄一郎のいる極楽に行くことは可能だろうか。
狢野宮雪彦は遺書を記し、出版社に送り付けた。自分を悲劇の主人公として。
書籍化された彼の遺書は、彼と僕の悲恋物語として世間に広められるだろう。
―――けれど、
彼は物語の主人公などではない。
米倉、お願いだ。本当の物語を世に残してほしい。僕と雄一郎の物語を。
狢野宮雪彦の遺書が書籍化されたと言っても、所詮世間知らずの坊ちゃんの独り言だ。名門華族のゴシップ以上の価値なんてないだろう。
片や、君は今や売れっ子作家だ。誰もが君の物語に夢中になり、君を支持する。
僕がこの手紙に記した記録は〝事実は小説よりも奇なり“を地で行く貴重なネタだ。君にとっても悪い話ではないだろう?
どうか、僕と雄一郎が愛し合っていたという事実をこの世から消さないでくれ。
僕たちの物語を、あの自分勝手でうぬぼれの強い子供が作り上げた甘ったるい恋愛劇なんかに上書きさせないでくれ。
僕のこの書簡が桐ケ谷薫の総て、そして藤堂雄一郎の総てだ。
この書簡こそ、彼の総て。
桐ケ谷 薫
Fin.
【彼の総て】後半:桐ケ谷 薫の手記 @kimikagesou
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