第28話
要塞都市ニヒト、ゾルダードギルド。
執務室にて黒髪の女性が一人、眉を顰めながら頬杖をついている。
全身を黒い装いにした姿、背中まで伸ばした黒髪をツインテールで纏めた妙齢の女性。
年相応の髪型か?などと言おうものなら、その発言者は瞬く間に地獄を見る事になるだろうが、似合ってはいるので問題はないだろう。
そんな彼女の前に立つのは、白髪の男。
サレナ・ブラックは、女性とも見紛う容貌で笑みを作ったまま、剣呑な雰囲気である彼女とは対照的に、陽気な様子を崩さないでいた。
「旧第三十三調査拠点での報告は以上ですマスターヴェラ。中々、見応えありましたよ。やっぱり機人同士の戦闘は、胸が踊りますね」
「私は観光気分で任務に就かせたつもりはなかったのだが?」
ギルドマスター、ヴェラ・ゾルダード。
ゾルダードギルドを束ねる彼女の今の機嫌はそれなりに悪かった。
機人、リリィ・ホワイトの監視。及び、緊急時の護衛。
それがサレナ・ブラックに課せられた任務、人選としては余りにもミステイクである事に自覚はあったが、如何せんこの任務を他にこなせる者もいなかった。
この男が余計な情報を彼女に伝えたせいで、まさかの単身で霧の中を踏破する程の行動力を彼女が見せつけてくるとは思いもしなかったが
そして、当の本人であるサレナは、今回の件に対して悪びれる様子もない。
「結果的にマイシスターは無事だったのです、それに適合者も見つかったのだし、万事問題なしでしょう」
「結果論ですわよ?まったく…」
女性は頭を抱え、溜息をつく。
サレナの言動には慣れたものだが、彼には緊張感というものが抜けている。
機人関連の問題はどれもデリケートなものだ。
街一つ簡単に破壊出来るような力を個人の少年少女が有している。
数千年実際に稼働している者もいえば、その時間の大半を眠って過ごした者だっている。つまり外見相応の精神年齢である者もいると言う事だ。
そんな彼等の扱いを違えてしまえば、その瞬間に我々が滅ぼされたとしてもおかしくない。
兵器として作られたが、彼等にも感情があるが故の問題だ。
その点で言えば、このサレナ・ブラックという男のやってきた事は最悪だ。
同型機…出自上では兄妹と言える二人だが、サレナはリリィ・ホワイトをこれでもかと追い詰める事ばかりをやっている。
彼女の価値観を否定し、そして彼女の生き方を一つに決めようとした。
すなわち、機人であれと。
戦いこそが全てであるという話だ。
まあ、案の定それを拒絶した挙げ句家出となった訳である。
感情の機敏というものを理解していないから、こうなる。
「マスターヴェラ、どうしました?疲労が溜まってるのなら駄目ですよー、人間は休息をちゃんと取らなきゃ」
首を傾げるサレナ。
ほらこれだ、まるで分かっちゃいない。
「気持ちの問題ですわ、どうも最近心休まる事が少ない…」
「そうなんですか?へー…。なるほど、大変ですねぇ?」
「………お前に言われると凄く虫唾が走る思いですわ」
「ははは、やだなぁ」
何笑ってんだぶっ飛ばすぞ。
ヴェラは思わずそんな言葉を吐き出しそうになるが、それを堪える。
理性的にいこう、ヴェラ・ゾルダードは優雅で余裕ある女性なのだから。
「……そういえば、監視任務を途中で切り上げて、回収出来たあの子の状態はどう?」
「機能は完全に死んでいなかったので、何とかなりましたよ?まあ、完全修復の際に多少変化した箇所もありましたけど、些細な事です」
「目覚めた時の彼がどう思うか色々と心配ですわね、それ」
「その時は受け入れるしかないですよ。生きているだけ得というものです。まあ、それよりも」
「………ええ、そうですわね。確認が取れたようですわ」
ヴェラが手元の端末に振れると、その画面に大陸の地図が表示された。
要塞都市ニヒトを囲うように記された幾つかの地点。
その全てにバツが付けられている。
「各地で大きなエーテル値の反応。一度は調査が行われた旧調査拠点もあれば、現状把握できていない未確認の地も」
喜色を含んだサレナの声に、ヴェラは目を細めた。
「間違い、であってほしかったのですがね…」
「いい話ではないですしね」
サレナはヴェラの手元にある端末に指を差した。
「起点となったのは間違いなく、この旧第三十三調査拠点。マイシスターと、死にかけの同胞とがぶつかり、エーテルの大きな奔流が生まれました。きっと、皆それに当てられたんですよ」
深刻な表情を見せるヴェラと、声色こそ真面目なトーンであったが、愉悦が隠し切れていないサレナ。
これがもたらす状況に対して向ける感情は、如何にも対照的だ。
「眠っていたのは遺物や過去の建造物だけではなかった。過去の調査隊が見つけ出せなかった区画と、そして………僕達の同胞が、目覚めます」
ミストという脅威、それだけに留まらない問題が今起ころうとしていた。
霧深き領域を超えて(旧) バンリ @coreboon
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