ねえ、私たち友達になろうよ。

雨世界

1 ある日、少女は恋をした。

 ねえ、私たち友達になろうよ。


 ある日、少女は恋をした。


 ずっと好きでした。私と付き合ってください。


 ある日、一人の少年に、高校一年生の雪は恋をした。

 雪が恋をしたのは、雪と同じ高校に通っている、雪と同い年の男子高校生だった。

 その男子高校生と雪は偶然街で出会った。

 久しぶりに長かった髪をばっさりと切って短い髪型にした私服姿の雪は、その同じく私服姿の男子高校生が自分と同じ高校の生徒だと最初まったく気がつかなかったのだけど、どうやら男子高校生のほうは雪が自分と同じ高校の生徒であると初めから気がついていたようだった。(美人の雪は二個上のお姉ちゃんと一緒に、美人姉妹として結構、学校の中では有名人だった)

 雪は最初、その男子高校生のことをなんとも思っていなかったのだけど、(手をつないで走っているとき、背は低いのに結構手が大きいなと思ったくらいだった)でも雪が一つ、その男子高校生のことで最初からずっと気になっていたことがあった。

 それは、その男子高校生が背中に大きな『ギターのケース』を背負っていたことだった。

「君、音楽やってるの? バンドやってるの?」

 ようやく一息ついた雪は言った。

「え? ……あ、うん。ちょっとだけみんなでさ。バンド組んでるんだ。……まあ、みんな趣味でだけど」背中のギターケースを見てから、その男子高校生は言った。

 それから男子高校生は照れ笑いをして、手に持っていた缶コーヒーを一口飲んだ。

「へー。かっこいいじゃん。じゃあさ、今度なにか音楽聞かせてよ。一番得意なやつ」にっこりと笑って雪は言った。

「そうやって誰かに聞かせるほどの腕は僕にはないよ。自信もないし。それに、僕、……もう音楽止めるんだ」にっこりと笑って、夕日を見ながら、男子高校生は言った。

「……え? 音楽やめちゃうの?」雪は言う。

「うん。音楽はもうやめる。やめて、これからは真面目に勉強することにしたんだ。バイトしながら、真面目に勉強して、大学受験を受けて、大学に合格できたら、きちんと単位をとって、空いている時間は今以上にバイトをして、きちんと就職活動して、大学を卒業して、就職をして、それから真面目に仕事をする」雪を見て、男子高校生はちょっとだけ悲しそうな顔で、そう言った。

「そうなんだ。……うん。偉いね」夕日を見ながら、雪は言う。

 男子高校生は雪のことを見て、小さく笑った。

 それから二人は少し無言になった。

「……じゃあ、そろそろ僕、いくよ」男子高校生はそう言って座っていた休憩所のベンチから立ち上がると、空っぽになった缶コーヒーの缶を自動販売機の横に会いるゴミ箱の中に捨てた。

「うん。わかった」

 雪も同じようにベンチから立ち上がると、もうずっと前に空っぽになったオレンジジュースの缶を、ゴミ箱に捨てた。

「またね。今日は、助けてくれて、本当にどうもありがとう」にっこりと笑って、雪は最後に、もう一度男子高校生にお礼を言った。

「僕は君の手を引いて、ただ全力で走っただけだけどね」照れ笑いをしながら、大きなギターケースを背負った男子高校生は雪にそう言った。

「陸上部短距離のエースの私にちゃんとついてこられるだけ、たいしたもんだよ。いいフォームしていたよ。それに、ちょっとかっこよかった」雪は言う。(美人の雪にそう言われて、男子高校生は顔を赤くして照れ笑いをした)

「じゃあ。また」

 そう言って、雪に軽く手を振ってから、パーカーのポケットに両手を入れて、男子高校生は夕焼けに染まる赤色の公園の中を雪に背を向けて歩き始めた。

「うん。また」

 雪はそんな男子高校生に手を振ってそう言った。

 男子高校生はそれから雪のほうをずっと一度も振り向かないで、そのまま歩いて、本当にどこかに行ってしまおうとした。

「……あのさ!! ちょっといいかな!!」

 そんな男子高校生の背中を見ていた雪は、思わず大きな声でそう言った。

「……? なに?」男子高校生は振り向いて、ずっと男子高校生の後ろ姿をベンチの前に立って見送っていた雪にそう言った。

「あのさ、名前。君の名前。教えてよ」にっこりと笑って雪は言った。

 雪は一番最初に自分の名前を男子高校生にお礼を言うときに名乗ったのだけど、なぜか男子高校生は自分の名前を雪に教えてくれなかった。

 もしかしたら二人の出会いは偶然だから、たとえ同じ高校に通っていたとしても、二人の関係は今日限りだって、その男子高校生は思っていたのかもしれない。名前を教えることで、つながりを作っちゃいけないと思っていたのかもしれない。

「……晴だけど……」その男子高校生は、そう言って、雪に自分の名前を名乗った。

 ……晴。晴か。うん。なかなかかっこいい名前じゃないか。すごくいい名前。最初からそう言って教えてくれればいいのに。と雪は心の中でそう言った。

「晴。晴って呼んでいい?」雪は言う

「別にいいけど」晴は言う。

「あのさ、晴」

「なに?」晴は言う。

「音楽止めるなよ、晴!!」にっこりと白い歯を出して、思いっきり手加減なしで、素敵な笑顔で笑ってから、雪は大きな声で晴にそう言った。

 晴は、そんな雪の思いのこもった言葉をまじかで聞いて、……その目を、大きく見開いた。

「それでさ。今度絶対、晴の歌。私に聞かせてね!」晴の顔を正面から見て、雪は言った。

 最初の大声で、近くにいた公園の中を散歩をしている人やランニングをしている人などが数人物珍しい顔をして二人のことを見ていたようだけど、雪は全然、そんなことは気にならなかった。

 晴は無言だった。……ただ、じっと雪のことを正面から、その綺麗な目で、ただ見ているだけだった。

「もう、どうした晴! 返事は!!」雪は叫ぶ。

 すると、観念したように晴はにっこりと笑った。

「わかった。約束するよ! ここで君に約束する。僕は、絶対に『音楽をやめない』。この先、どんなに辛くても、どんなに忙しくても、『僕は一生、絶対に大好きな音楽を手放さない』!!」

 晴ははっきりとした声で、雪にそう返事をした。

 晴はなんだかすごくすっきりとした顔をしていた。

 そんな晴のことを見て、雪は心から嬉しくって、自然ににっこりと笑った。

 それから雪は「じゃあね、晴! また学校でね!! ちゃんと学校でも私が声かけたら返事してよね」と言って、晴にさよならをして、家に帰ることにした。

「うん。わかった。また学校で!」晴は手を振りながら、雪に向かってそう言った。

 そして二人は、今度こそ、公園の中で別れた。

 その帰り道で、雪は、うーんと考えながら、……なんで私、晴にあんなこと言っちゃったんだろう? と、そんなことを疑問に思って、ずっと悩んでいた。

 ……すると、その結果、実家の前に到着したころになって、ようやく雪は『自分が晴に一目惚れの恋をしている』のだと気がついた。

 そのことに気がついて、真っ赤な夕焼けの中で、動きを止めた雪は、一人、その顔を夕焼けよりも真っ赤に染めた。


 ねえ、私たち友達になろうよ。 終わり

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