末章 最後の少女

第54話 少女の死後

エルナード王国から人殺しの魔法使いが消えてから100年。

生殖機能を持たない人間の元魔法使いたちは、人間の寿命を生き抜き、残る魔法使いたちももう数人だけとなっていた。


エルナードの、生粋きっすいの人間の人口は非常に少なく、彼らももう僅かな人数しか生き残っていない。




エルナードに、極東からの来客が訪れていた。

その目的は、4000年の時を生き続けたとある悪霊の魔法使いの調査。


人殺し魔法使いは、その少女により解放され、エルナードは人間の国へと成ったと言われている。

その当時16歳の少女も、数年前に息を引き取り、国の英雄としてエルナード城内の墓地に埋葬されている。


生気を持たず、ドスあかい左目を死体に向ける、小さな少女の写真は、

他国では、数千年前からの、世界の悪霊として、

エルナードでは、魔法使いを解放した英雄として、人々の記憶に残り続けただろう。



その少女の肉声が、先日調査団により発見されていた。

エルナード城内の地下に存在した、全てを記憶するという機械が見つかったためだ。

その機械は、その機械を作った術師によって、ほとんどの記録が消されていたが、一つだけ、その術師と少女との短い会話だけが残されていた。


その内容がこれだ。


  「先生、私の右目、なんだか灰色に見えますね」

  「知っているだろう?君の右目は傷を負った。もう使い物にはならないんだ」

  「じゃあ、私がまだ生きているのはなぜ?」

  「・・・それは、君が死ぬことを許されない存在だからだ」



まだ幼児に聞こえるほどの声と、しゃがれた老人の声が残され、後にその少女の声が、悪霊の声であったと判明する。



極東からの調査団の一員である女性は感じた。

エルナード城の墓地にある、悪霊の墓に立っていた。

英雄として盛大に作られたらしいその墓には、かつて魔法使いたちを解放した頃の少女の姿が彫られていた。

手入れもまだされているらしく、美しい状態で保存されている。


その彫られた少女は、天真爛漫な笑顔で天に手を伸ばし、踊っているように見えた。

どこからどう見ても、それはたった一人の、幸せそうに生きる少女だった。


女性が墓を見つめていると、一人の老女が墓に近づいてきた。

その老女は、墓の前にしゃがむと、ゆっくりと丁寧に墓を掃除し、摘んできたばかりに見える華を添える。

なぜかミントチョコレートとマヨネーズのたっぷり入ったサンドウィッチも。


桃色の髪と赤い瞳を持つその老女は、歳は違えど、どこか墓の少女に似ている気がした。


掃除やお供えを終えると、老女は墓に彫られた少女に手を伸ばした。

ゆっくりとその少女を撫でる老女は、静かに呟いた。

まるで、少女と会話するかのように。

「お姉様。今日もエルナードは平和ですよ。先日、私の友人も息を引き取ってしまいました。やはり人との別れは寂しいものですね」

その老女は、墓の少女を姉と呼んだ。


女性がその発言に驚いていると、老女がこちらに気づいて話しかけてきた。

「異国からの調査の方ですか?」

「・・・はい」

「私はこの方の複製品として作られた者です。本当はこの方と同じように、みなに変わり、沢山の方を殺さないといけない存在だったんです。けれど、お姉様が私たちを解放してくれたから、私は手を汚さないで済んでいます」

「そうですか」

女性が小さく答えると、老女は笑いながら右手を動かした。


すると、女性の周りを小さな星屑が舞う。

「貴方にも、祝福が訪れますように」


老女は優しくそう伝えると、こちらにお辞儀をして去って行った。



女性は、悪霊の少女の墓の前にしゃがんだ。

そして両手を合わせた。

「拝啓、悪霊にしかなれなかったへ。安らかに」



心を込めてそう祈ると、女性は仲間の元に戻って行った。




少女が人生をかけて望み続けた、愛されること。魔法使いたちが幸せに生きること、自由に生きること。

それは、死後も多くのによって叶えられ続けたのだった。

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