第53話 拝啓、悪霊にしかなれなかった元英雄へ

「これで僕たちも、風とはお友達じゃなくなったわけか。殺しの道具だったとはいえ、多少名残惜しいね」


「おや?私がいつ魔法を消したって言った?」

リーセルはにやっとした笑みを少年二人に向けた。


「リーセルまさか・・・」

「最後まで利用させてもらいたいじゃん」



国がしっかり丸く収まるわけはなかった。

魔法使いたちには、人形から人間になったことは隠し、固い体のみが失われたと伝えた。

殺戮をやめ、連合軍に全面的に降伏する形で戦争は終結した。




「ねぇ、この箱はここでいいのかい?」

少年二人は、やけに真新しい家の前で、荷物を整理していた。

「さぁ、リーセルに聞かないと分かんない。って、リーセルどこ行ったの?」

「最後の役目の続きだってさ」

「・・・そう」


リーセルは霊塔の神像の前に腰掛けていた。

「私は、生きていいと思いますか?」

勿論、像から言葉は返ってこない。

「私、愛してもらえたんですよ。何か功績を残さなくても、愛してもらえるって、4000年経ってようやく気づきました」

リーセルは立ち上がった。

背中で、まるでリーセルを褒め称えるようにマントがなびいた。

「お疲れ様です。って言ってくれたら嬉しかったんですけどね」


「みんな、私は自由に生きるから。私から、お疲れ様」

リーセルは、誰かに向かってそう言った。




リーセルのお目付役として、11年の仕事を終えた青年は、王宮のてっぺんに立っていた。

一度は少女の元へ帰ることも考えたが、今更少女の前に顔を出せる訳がない。


少女を監視し、少女の行動全てを国に筒抜けにさせていた。

彼女の事情を知りながら、心のよりどころとなるように俺なりに工夫し、少女に尽くした。

言葉だけ見れば、なんて矛盾した論理だろう。

しかし、俺は少女が大切だった。




俺は、エルナードよりも極東の国に誕生した。

父と母、兄と俺の四人家族。

裕福とも言えなかったが、それなりの生活を送っていた。


しかし、兄と俺が兵隊に召集されたことで全ては変わった。

とある、遙か西にある魔法使いの国を滅ぼすために、遙か昔から続く大戦。

徴兵制度はそれまではなく、志願兵だけで兵隊は構成されていた。


しかし、その魔法使いの国に、が現れる。

そのたった一人の少女のために、各国は兵を増幅し、全勢力をつぎ込むようになった。


健康体の兄と俺は当たり前のように、国の定めた徴兵対象の基準を満たしていた。

兵隊に所属してからは、僅かな期間で兵器の使用方法をたたき込まれ、よく分からないまま戦場へ赴くこととなる。


兄は初めての戦場で亡くなった。

俺は手先が器用だったため、初めは兵器管理に回されていたため、兄の死に目には立ち会えなかった。

しかし、唯一の生き残りが帰ってきた時、青ざめた表情と大量の血と共に言った言葉はずっと俺の頭に残り続けた。


「ガキだ・・・。いや、まだ幼児と言えるほどの容姿だ。小さな手から、悪夢を生み出した。に仲間は全部切り刻まれ、焼かれ、旋風に飛ばされ、水死体となり、噛み砕かれた。あれはだ・・・。あれが俺たちを戦場へ引きずり込んだ元凶だ。あいつさえ、あいつさえ居なければ。クソッッ!!!」


そこで男は息絶えた。

「悪霊」そう呼ばれた少女は、少女の国では英雄と称えられ、長い間、人を殺し続けた。



しかし、俺も魔法使いに殺された。

金髪で整った顔立ち、彼もまた小学生と言えるほどの身なり、それに動物の能力を持った少年だった。

殺された俺は、血を流しながら地面に倒れていた。


しかし、そんな俺を誰かが持ち上げた。

小学生ほどの男女だった。

生気のない瞳でこちらをぼうっと見つめ、どういう魔法か、死体から魂を抜きとった。


抜き取られた魂となった俺は、意識と記憶を持ったまま、堅氷けんぴょうに閉ざされた。

自分は死んだとその時思ったが、俺の入った堅氷は、他の氷とは別の場所に移された。


俺の閉ざされた氷の前に、誰かが立ち、話してきた。


・意識のある魂である俺を、とある少女の左目に移植すること。

・その少女の行動全てを報告すること。

・少女の自殺を必ず止めること。

・少女の信頼を勝ち取ること。


そして少女の左目という意味の分からない場所に意識を宿された俺は、目を開けたとき、自分の目を疑った。


少女は、目を覚ました瞬間、右目を吹き飛ばしたのだ。

自分のすぐ隣で血が噴き出したあの光景は、今でも忘れられない。


俺を認識しだした少女は、俺の正体も全く追求せずに、話し相手として接し続けた。


少女が涙を流したことも、本心からの笑顔も、この16歳の年が初めてだった。

5歳から少女に付き続けているが、人を殺し続けることで何かをずっと求める少女の本心は、最後まで分からなかった。


その少女がたとえ兄を殺した悪霊だったとしても。

はっきりと少女に伝えてやれる。

君は悪霊なんかじゃない、と。


解放された少女は、これからの人生を人間として、新たに歩み始める。

ウェイリルとイリスという家族と共に暮らし、4000年の人生に、いよいよ終止符を打つ。


そこに俺はお呼びじゃない。

兄の敵を討つために戦場に赴き、自身も死に、裏切っていた少女の幸せを願った。

何て訳の分からない人生だ。

我ながら笑えてくる。

結局何一つ叶えることは出来ないまま、俺は死ぬ。


ただ一つ。

少女の幸せだけを祈って。



俺の体は、かつての少女のように、塔の上から投げ出された。

兄ちゃんに謝らないとな。

自分の行いに涙を流し、最後まで信念を全うした。あの可憐な少女を、俺は殺せなかった、と。



拝啓、悪霊にしかなれなかった元英雄へ

いや、「悪霊にしかなれなかった俺の大切な少女へ」

君は悪霊なんかじゃない。

誰が何と言おうと。

これからは自由に、幸せに、生きて。

君はもう死体を見なくていい。


幸せになれ。自由になれ。生きろ。



数日後、王宮の裏庭の茂みに、一つの死体が見つかった。

その死体の人物を知っている者は誰もいなかった。

ただ、幸せそうな笑顔を浮かべた青年だった。

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