第52話 愛された最後の少女

はかなく、可愛らしく、そして人を殺す少女は、天へあげた手を下ろすと、全てを諦め、その場を去った。


自身の家に帰った少女は、家に火をつけた。

「灰に、何も残っていないといいな。心なんて愚物ぐぶつ、残ってないといいな」

大好きな服や本たち、うたた寝をしたソファ、全てを置いていた家を燃やした。



少女は、家の前に座り込んだ。

いつもの正座ではなく、足を投げ出して座った。


くすっと笑うと、少女は両手に光魔法を展開した。

少女の思惑を理解しきると、俺は少女の前に姿を現した。

「リン、そんなに背高かったんだね」

「リーセル」

見た目は16歳なのに、その笑顔は、まるで幼い幼い少女だった。


俺をにっこりと見つめていた顔が突然驚いた表情に変わった。

そして顔を上げたとき、少女の表情は、もうあの無情な顔では無くなっていた。

「お兄ちゃん、寂しい?」

「っ!!?」

「わたしは初めてのリーセル・フルーゲルだよ。わたしたちのお姉ちゃんは、すべてを終わらせることにしたんだ。無責任だよね。でも立派だったよね」

俺は、その少女の目にかがんだ。


「お姉ちゃんに、お疲れ様。って伝えてくれるかな。あと、大好きだよって」

「きゃはっ!うん。わかった」


その少女は、目を瞑ると、口の端をあげた。

そして、少女の両手はまだあかい左目にあてた。


「リン。だーいすきっ」

少女は最後の一言を残して、左目を吹き飛ばした。


そして俺の体も最後を迎えた。




少女たちは、役目を終えた体から出ていった。

数千年の時をひとりでき続けた少女たちは、ようやく天へと旅立った。


けれど、そんな少女たちの一人を呼び止める声がした。

少女らの内の、一人の少女はその声に、不意に天を向いた。


「おいクソガキ」

「っ!」

「帰れ。君には、お前を愛してくれる奴は悔しいながら俺以外にもいる。帰れ。そして、約束から解放されて、自由になれ」

「っだめ!私はもう!もう生きている資格も理由もない!」

「・・・リーセル。自由に生きろ。最後の役目を果たしてな。魔法使いたちを、助けてくれるんだろ?」


一人の少女は、その言葉に、踏みとどまった。

他の少女たちは、そんな最後の少女を見ると、顔を見合わせ、笑顔を作った。

「帰る?」

「・・・」

「帰って。きみにまだ、思い残すものがあるなら、まだ大丈夫」

「私たちはもう戻れないけど、君は愛されたんだ。夢が叶ったね」

最後の少女は、涙を流すと、他の少女たちと別れ、来た道を戻った。




少女の抜け殻の前では、二人の少年が涙を流していた。

和装の少年は、拳を地面に叩きつけながら泣いていた。

少女のような顔立ちの少年は、静かに目を閉じながら涙を流した。


消えかける青年から、少女の全てを聞いた。

馬鹿で手がかかって、時に恐ろしくて、でも末っ子の少女を、少年二人は愛していた。





   少女が少年二人を瞳に納めることは、それから二度となかった。


けれど、少女の抜け殻から、いつもよりも柔らかく、小さな魂が感じられた。


いつもよりもちょっと温かな表情と、灰色になった両目が少年二人に向けられた。

「私、まだ帰りたくなかったっ・・・!!」

「そう、そう・・・。一緒に、最後の役目を果たそうか」

「・・・行こう。二人とも」



少女は、少年二人と共に、王宮の地下へと向かった。

魔法はまだ失われておらず、いつもより優しい金色を放ちながら、少女は空を舞った。


地下には、待ち受けていたようにジジイがいた。

「先生、私の左目、なんだか灰色みたいですね」

「・・・・・・知っているだろう?君の左目は死んでしまった。もう使い物にはなら  

 ないんだ」

「じゃあ、私がまだ生きているのはなぜ?」

「・・・それは、君が生きたいという意志を持ったからだ」


少女は柔らかく笑った。

「懐かしいですね」

「あぁ、君が5歳の時か。似た会話をしたね。随分、表情が柔らかくなったな」

「先生」

「なんだ?」

少女は、息を吸い直すと、言った。


  

  「生きても、いいですか?」


ジジイは、少女に初めて、僅かな笑顔を見せた。


「好きにしなさい。今の君は、愛という新たな感情を生まれさせたのだね。良い研究結果だ」


「じゃあ、最後の殺人ですね」


少女は、先生にある魔法をかけた。

そして先生は消えた。


「存在を消す魔法。本当に存在したとはね」

「言ったことなかったかな?私はいいお年なんだよ。伝説の魔法くらい、当たり前に知っている」

「これで終わりだね」


ウェイリルは、鉄製ドアの絶対保護魔法を解いた。

ドアの向こうには、堅氷に閉ざされた沢山の魂と、赤ん坊の人形が大量にあった。


少女は、手に柔らかな炎を生み出し、氷を溶かした。

解き放たれた魂たちは、静かに天へと上った。

赤ん坊の人形も全て壊した。




王宮最上階、禁忌の書庫にはとある本がある。

それは、魔法使いという、研究の果てに生まれた人形の取扱説明書、全3巻。

その第二巻。

題は、「魔法使いの解放」

ずっと前の少女は、禁忌の書庫に侵入し、この本の知識を得ていた。


王宮の最上階にたどり着いた三人は、「魔法使いの解放」を行った。

移植された魂を、人形の体から解き放つ。


本来なら、ここまでで終わりだ。


しかし、また別の、ずっと前の少女の研究テーマだった、

「魔法使いを人間にする魔法」

数代の少女を経て、この研究は成功し、今の少女に受け継がれていた。


今の年齢と記憶、全てを引き継いだまま、魔法使いたちの魂を、最後に人間へと直す。

全ての少女たちの生きた軌跡の結晶。

最後の少女の左目に宿されていた青年の魂も、確かに人間としてもう一度存在することが出来るはずだ。




少女は、最後の役目を果たした。

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