第49話 “黒ずんだ紅い左目”

最早、周りのことをフル無視して、少女に叫びたいぐらいだった。

唐突にもほどが・・・


(心配しないで)

(!?)

少女は、ジジイに嘲笑い続けながら、俺に語りかけてきた。

(だって、イリスに生きてって言われたからね)

(・・・)


俺が沈黙を続けているのを見ると、目を細めて笑った。

(私には右目をぶち抜いて死んだ過去がある。あれほど惨い死はないね。安心して。)

「!?君!なんでそれを覚え

俺が声を出してしまった瞬間、少女は左手をあげた。


次の瞬きを終えたときには、左で受付男の頭が無くなっていた。

息を呑む俺と反対に、少女は感情のない顔でジジイを見た。


「どうせ殺すんでしょ?」

「知ってしまったら最後だからな」

少女の左手に大量の血がべっとりついていた。


あぁ、ソルガニートが見たら失神する光景だったろう。



「さあ、では。君にも死んでもらおうか」




「経緯聞こうかな」

少女は、水×凍結で作った疑似雲に座りながらジジイに尋ねた。


「次の戦争。エルナードは負ける。君に善人の感情が宿って」

「あらあら、私にそんな感情があるとでも?」

「ないはずだったんだがな」

「馬鹿にするなよ?」

う、っと思うほどの威圧感に、俺が呑まれた。

どっかで誰かも言っていたが、これが本当に16のオーラか。信じたくない。


「私が今までどんな思いで生きてきたと思っている。馬鹿にするな」

繰り返すと、少女はむすっとしたまま雲に深く座り直した。


「君にも感情はあるんだ。それが邪魔になったため排除する、簡単な話だ」

「お受けできないわね。私を、これ諸共消してくれるというなら、喜んで差し出すわ。そうではないのでしょう?」

少女は、自身の体を指さしながら反論した。

ジジイの発言は狂っている。


「どちらにせよ、君は次の戦争で数え数億の命をその白い手で奪う。それに君は耐えられるのか?」

「うーん、自信は高くないわね。けれど」

「けれど?」

ジジイは先が分かっているが、わざと尋ねたように見えた。


「私は生きて帰らないといけないから」

「君に、そう言ってくれるやつがいたとは驚きだな」

ジジイは初めて驚いた顔を見せた。予想外だったのか?



「ここで命を渡さないというのなら、責務は全うしてもらうぞ。次の戦争で数千万の命を奪う。それが終われば、こちらにそれを渡してくれる。いいな?」

「・・・ええ。そうね」

俺は、何も言うことができなかった。


しかし、

「リンさん。一つ、頼もうか」

「!?」

「この子を最後まで見張れ。規律を破ったときには、君も終わりだ」

「・・・分かっている」

俺が、ギリギリ聞こえる声量で答えると、ジジイは気が緩んだらしく、肩の力を抜いた。


「君の実験も、有意義なものだったな。おかげでこの子が今も生きれているだろう」






エルナードが停戦申告を延長することはなかった。

しかしエルナードの軍隊は戦場に存在していなかった。


いたのはただ一人の、少女。

真っ黒の服に大きなマントを纏い、“黒ずんだ紅い左目”を宿していた。

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