第45話 母と娘

   「どうやって、自分を愛せるかな」


そこには、曖昧な記憶に、かすかに残る一室が広がっていた。


部屋のベッドには、桃色の髪を持つ、小さな少女が寝ている。

なぜなのか、全身と、頭から右目にかけてを包帯で巻いた、痛々しい姿だ。


窓と天井から朝日が差し、ちょうど小さな少女の左目を照らしたとき、小さな少女は左目をゆっくりと開けた。

しかし、ぼーっと天井を見つめるだけで、体を動かそうとはしない。


私は、小さな少女の紅い、神秘的な瞳に、思わず目を奪われた。

右目は包帯に隠れて見えないが、まるでお人形のように美しい瞳だった。


少し癖のかかった薄桃色の髪に、風が吹いたら折れそうな四肢。

作り物かと疑うほどに白い肌と長いまつげ。


癖なのか、眉間に皺を寄せたまま横たわった小さな少女が体を起こしたのはその時だった。

包帯の巻かれた右腕をベッドにつき、体を起こした小さな少女は、自身の右目に手を触れ、しばらく呆然としているように見えた。


しかし、目を見開き、驚きの表情を浮かべた瞬間、私の目の前は、小さな少女の目と同じ、真っまっかな何かに染められた。


思わず閉じた目を恐る恐る開くと、小さな少女が周囲共々真っ紅に染まっていた。



小さな少女は、そこで二度目の死を迎えた。




「はずだったのじゃ」

自分でもよく分からない寝言に、目を覚ました。

「はぁ、昨今さっこんは不可解なことが多いな」


寝ぼけながらも、不思議な夢に頭を抱えた。

昨日出会った少女といい、厄日やくびかなにかか・・・。


意識が覚醒したところで、はて、と気づいた。

ワシがこんな(早い)時間に目覚めているというのに、ビビるか褒めるかしてくれるあやつがいない。


「いよいよ無断外出まで身につけおったか。成長するものじゃな」

今日は素直に起きよう、と決め、少女はソファから降りた。


なんとなく、パンの気分じゃなかったので、冷凍の白米と納豆を胃に詰め込んだ。

なんとなく、フリフリの服を着る気分じゃなかったので、数着しかないカジュアルなに腕を通した。

なんとなく、空を飛ぶ気分じゃなかったので、ゆっくり道を歩いた。


先ほどの夢が気になr、いや、わずかに記憶にも同じ内容がある気がして、学園の寮に足を進めた。



寮につくと、学園の至る所に、大勢の学生を目にした。

学生も今は下手に外出することを禁じられているので、大部分が学園内で暇を潰しているらしく、鉢合わせたようだ。


(早起きしたみたいになってますが、今の時刻は9時です)


「あ!虹翼様がいらっしゃるわ!」

「先日の戦争でも、お一人で数百万の兵を殺されたとか」

「そんなに!?さすが、やっぱり違うなぁ」

「あたしでも、あんな風になれるのかな~」

「無理さ、あの方は別格なんだ。中等部在学中にマスターランク5級に上り詰める前例なんて、あると思うか?」

「王宮から、きっと特別な待遇をされているのよ。生まれ持った才能だけで、こうも違うなんて、私は認めないわ」

「さすがだとは思うけどよー。やっぱ、疑っちまうよな-」


憧れも棘も、様々だ。

いつもなら、平然と通って自身を突き出すように見せるのだが、今日はなんとなくそんな気になれなくて、光速移動で最上階まで来てしまった。



「朝九時から、随分とやつれてるわね」

聞き慣れた、温かい声に、はっと顔を上げた。

「英雄は大変なのね」

「あ、そうじゃな・・・」

そこには、母がいた。



「母さん・・・なぜここに」

「前にも言ったでしょ。私はもう母じゃないわ。今でもそう呼ぶのはあなたぐらいよ」

母は優しく表情を崩した。


「ここに来たのは、昔を思い出したから、かしら」

「昔?」

「もう気づいているのでしょう?」

母は、変わらず、いたって笑顔で続けた。


「懐かしいわね。私の手の中から離れていった娘が・・・最悪の問題行動を起こしたって上に言われて。慌てて当時のハウスの子供たちをおいてここに来て・・・」


私は返事をすることができなかった。

しかし、母は相づちを求めていないように続けた。


「あなたの姿を見て、泣きそうになったわ。純粋な笑顔を浮かべて、英雄になるの!と息巻いて学園に入学した娘が、包帯ぐるぐる巻きで拘束されていたんだもの」


そこまで話すと、母は私を優しく見下ろした。

「あなたは?なぜここに来たの?」

「ワシは・・・夢で・・・


今日見た夢の内容を母に話した。

一瞬、曇った表情を見せた母も、すぐに柔らく表情を戻し、私の話を聞いた。


「そう、さすが親子、なのかもしれないわね」

母は、悲しみを含んだ声色で言うと、ドアに向き直った。


「入る?」

覚悟を決めなければならない。

そのつもりでここに来たのだ。


「ああ」

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