第44話 無垢と自虐
「皆、死んでしまったな」
少女の呟きに、考え込んでいた僕ははっと目を覚ました。
悩んでいた内容は、少女に問えばすぐに答えが分かることだろう。
しかしそれを今少女に聞いてもいいものなのか。
「あのさ、リーセル
「帰ろうか」
僕の質問を予測していたように、言葉を途中で遮られた。
「ワシは自分のことは分かっておるつもりじゃ。ワシが生涯で殺してきた人間の命は、もう戻るものではない。償えるものでもない。それでも、ワシは人間を殺し続けるのじゃ」
どこか寂しそうに、天井を見上げながら少女は語った。
それが今まで少女の精神を保ってきた持論だろう。
しかし、これは聞かないといけない。
「君は、どうして人を殺し続ける?」
「そうじゃな・・・」
少女は、珍しく、左胸につけた、国の英雄に与えられる勲章を触った。
「ワシの存在価値は、人を殺すことでしか、得られないものじゃから、かな」
俺は、思わず舌打ちをしそうになる感情をどうにかこらえた。
少女は、こちらが
「君の存在価値はそれだけじゃな
「それだけなの!」
「っ!」
「それだけに、なってしまったんじゃ」
「じゃあどうして君は今でも生きて・・・」
「ふっ。さあな」
笑うしかない、とでも表そうか。しかしどこか悔しさを含んでいる、と俺は信じたかった。
例の部屋から静かに去った少女は、家に帰り、またも一人用ソファで眠りについた。
今日の、監視役人への報告は、適当にでっち上げたもので済ませた。
いくらなんでも、王宮の禁止区域に乗り込んでいたとは言えないからな。
少女は、いつもと変わらず、眉間にしわを寄せながら熟睡していた。
あのプチ口論の後、少女は資料を本棚に戻し、平然を装って王宮を出た。
エルナード城、王宮、と言い方を使い分けているが、エルナード城は、王宮を含んだ、城下町一帯の部分を指す。
城内は、魔法使いのみの出入りが一般的であり、訓練場や、学園を既卒の魔法使いたちの住まいも、この一帯に位置している。
そして、ここに紛れて一般的に「ハートハウス」と呼ばれる、子供達と親の住まいもある。
城門へと足を進める少女が、あるハートハウスの前を通ったとき、一人の小さな少女と目が合った。
「っ!?」
少女が思わず息を呑んだのもそのはず。
無垢な表情で少女を見上げる、小さな少女は、肩にあたるぐらいの桃色の髪、それに赤い目を持っていた。
「おぬし・・・」
少女は、思わず、その小さな少女の前に膝を曲げてかがんだ。
「黒のお姉ちゃん、強い人?」
「ワシ、あ、私のこと?」
小さな子には伝わりづらいと気を使ったのか、標準語で少女は、小さな少女に問いかけた。
「うん!私ね、大きくなったら、光の、すごい魔女さんみたいな人になるの!お姉ちゃん、光の魔女さん、知ってる?」
少女は、小さな少女の言葉を聞き、あぁ、と泣きそうな表情を浮かべながら、
「うん。知ってるよ」
と返した。
「私も、光の魔法、持ってるんだって!まっすぐ魔法できたらね、おかあさま、すっごく喜んでくれるんだよ!」
小さな少女は、目をキラキラ輝かせながら言った。
小さな少女が目を向けた方向には、ハートハウスの庭で子供たちと遊ぶ、女の姿が見えた。
「親」という立場にたった者たちは、子供の優秀度合いで報酬や、国からの今後の待遇が決まってくるらしい。
「お嬢ちゃんは、人を殺すことになるんだよ?いいの?」
突然冷酷に言い放つ少女を、慌ててとがめるが、少女は、言い直す様子はなく、小さな少女を見つめた。
しかし、小さな少女は、驚く様子もなく、変わらない無垢な笑みを浮かべた。
「うん!だって、それでいっぱいの人がほめてくれるんだよ!英雄になれるんだって!」
「あぁ、そう、そうだね。そうだったんだよねぇ。」
少女は、小さな少女の言葉に、感嘆の声を漏らすと、少女は、小さな少女の頬に手を伸ばし、優しく撫でた。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
少女の問いに、小さな少女は、自信に溢れた表情で答えた。
「シュナル・フルーゲル!お姉ちゃんのおなまえはなぁに?」
「リーセル・フルーゲルだよ」
小さな少女は、パッと目を輝かせた。
「おそろい!」
「そうだね。おそろいだね」
「お姉ちゃん、またおはなししてね!」
「ねぇシュナルちゃん」
ん?と小さな少女は、細い首をかしげた。
「英雄なんて、なるもんじゃないよ」
「お姉ちゃん、なんて?」
「英雄になる、素敵な夢だね」
「きゃはは!うん!」
小さな手を精一杯振る、小さな少女に手を振りかえして、少女は城門への足を進めた。
「複製かなぁ。可哀想だよね。あんなに純真無垢な子が、将来何億の命を吹き飛ばす悪霊になるんだよ。夢、小さい頃の私と一緒だったなぁ。もしかして精神まで複製できるのかな。研究所は優秀だね。可愛い子だったなぁ。私も小さい頃あんなだったのかな。いやそれはないよね。こんなクソガキがあんなに可愛かったら矛盾するよね。あのハートハウスの「親」、シュナルちゃんのことほめてくれたんだ。私も、「母さん」に大事にされてたのかな。いや、それもないよねぇ。こんなクソガキが「子供」で何が嬉しいんだよねぇ。狂気の子供育てちゃって、母さん、国から酷い扱い受けたりしたのかな。私のせいだよねぇ。
その帰り道、少女は饒舌だった。
ずっと。俺が言葉を返さないのに、一人で話し続けた。
「自虐的」ほど、悲しい性質はない。
そもそも、少女が今、自虐しないといけない点なんてない。
けれど、それに自分で気づけない。気づく自信が無い。
いや、誰かに「違う」と言ってほしかった。
君はそんな子じゃない。優しくて、人の役に立てて、みんなに必要な子なんだって、
言ってほしかった。
自分で認めたくなかったんだ。自分がクソガキで、人に迷惑をかけるだけの子供で、人に不必要な物だって、認めたくなかった。
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