第43話 家庭

空中で済んだ、治療の跡を眺めながら、少女はエルナード城内に着地していた。


「弁明の余地は無いみたいだね」

「・・そうじゃな」


少女は自身の左側に顔を傾けて、微笑みながら言った。


少女の腹から流れ出た血液の色は黒。

人間の赤ではない。

妙なところで聡明な子だ。

僕がその事実を知っていたことも、きっと彼女はもう分かっているのだろう。


「王宮の八階」

渋りながらも、どこか吹っ切れた言い方で、僕は少女にそう伝えた。

「分かった」



王宮という名前の通り、ここには王族が普通に住んでいる。

六階以上が王族の住まいであり、同時に、多くの者が立ち入りを禁じられている区域となっている。

そこを少女は光線のごとき速度で爆走している。

元々、人気ひとけが少ないせいか、まだ少女に気づいている者はいないみたいだ。


螺旋階段を駆け上がり、八階についたところで少女は急ブレーキをかけて止まった。

間髪入れずに、視界に入った結界全てを破壊する。

ここに来るまでにも、沢山の結界を壊しながら進んできた。

監視カメラなんて便利な機械は存在しないこの国では、監視役を担うのも結界なのだ。

結界に触れたら、同時に結界の術師に通達が飛ぶようなもののはずだ。


「うむ。問題なさそうじゃな」

さっと姿勢を戻すと、少女はいつもと変わらない、喰えない表情で足を進めた。


八階にあるのは、たった一室だけ。

階段を上がってくれば、すぐにそのドアをお目にかかれる。


厳重に防護結界がかかっていたが、そんなものは少女の妨げにすらならない。

少女は重厚な扉に手をかけた。

僕の覚悟も、すでに出来ていた。

いつかは少女も知るべき内容だとは思っていた。

それが今だっただけだ。



生命の誕生は、神がもたらすものだ。

それは、人間であれば母親の体内に、では魔法使いは?

その答えがここにある。



扉の向こうには、とてつもなく広い空間が広がっていた。

「拡張魔法か」

正解。本来の王宮の広さでは賄えなかったのだろう。


少女は部屋の中に足を踏み入れた。

目に入ったのは、両側に大量に並べられた資料だ。

先の見えない長さの本棚に、数え切れない数の資料が詰まっていた。

少女は、手近な資料を一つ手に取って、目を通した。


そこには、ある一人の魔法使いについて書かれていた。

その魔法使いの情報に、少女は思い当たる者がいたらしい。

どこか懐かしむ様子で、ゆっくりと資料に目を通した。



名  グレイス・エリシール

性別 女

属性 水


乱雑な手書きの字で書かれていたが、ご丁寧にも顔写真を添えられて資料は始まっていた。

写真に目をやってみると、黒い髪を、顎あたりで切りそろえた、清潔感のある女性だ。

生まれた年齢も書いてあるが、それを見る限りでは、遙か昔の者だ。

恐らくは、魔法という概念が生まれてまもなく。


案の定、続きにはこう書かれていた。


初の水属性の生成

霊気量はあまり高くない

戦場では役に立たずすぐに死んだ

「親」からの情報では人間味があったとのこと

より人間性を持たせることが出来るかもしれない

死体は再利用にはせず、人間性の研究の為保存



まだまだ続くが、少女は、そこまで読むと、資料を本棚に戻した。


「この「親」は優秀じゃな。彼女は優しいやつじゃった。よく観察しておる」


そう言うと、続けて何個かの資料にも目を通したが、どれも知った顔ぶれだったようだ。



僕は少女の年齢が一体何歳なのかを知らない。

表向きには16歳としているし、実際その年齢の通りに学校にも通っている。

しかし謎のワシ口調と、やけに年上に知り合いが多いこと、何より、遙か昔を生きた魔法使いたちを知っている時点で、16歳というのは嘘だと考えられる。



まるで病院のカルテのようだな、と思いながら、改めて突き当たりの方を見るが、ファイルに入った資料が、ずらっと並ぶだけで、この空間自体には、これといって特異な点はない。

ドアに近い資料から手をつけているが、そのどれもが大昔の話であることを考えると、出生順に並んでいるのかもしれない。


八階と指示したのは僕だが、実際に部屋に足を踏み入れた経験はなかった。

しかし、簡素な情報だけの資料でも分かる。

魔法使いと、王宮側では認識が違う。


魔法使いとは、遺伝でのみ、その能力を得られ、才能の優劣も大部分は遺伝が占める、というのが魔法使いたちの認識だ。

そして、その魔法使いたちの「親」は、一人の親につき、約15人ほどの子供を育てる。

最終的には、その子供達も4歳になると学園に入ることになるが、それまでは「親」の管理下で暮らす。

愛情を注がれ、住む場所という名の家庭を得、管理という名の絆を築く。

しかしそれは、子供達も理解していた。

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