第六章 悪霊の少女

第42話 少女ととある少年

迎撃げいげきをすぐに行うと息巻いていたお偉方も、さすがに現実が見えてきたようだ。

連合軍側に一時休戦を申し込み、承諾を得たと聞かされた。


しかし、その承諾も、敵の望んだことではない。

無視して突っ込んでこない可能性などない。

当分は、国民は南側に避難継続、学生も不用意な外出を控えるよう伝えられた。


しかしその「学生」という枠から少女は外される定期。

今もこうして外に出てきている。


連合軍の軍基地は、エルナードの西側に位置している。

国境よりも西に軍基地はあるらしく、こっちは国境付近の探索に回されたのだ。


「特になにもないな」

「う、ま、まあね」

軍基地の方面ということはつまり、先日の戦闘があった場所を意味する。

惨劇がまだ広がっていた。

死体らは、連合軍側が焼き払ったと聞いていたが、それでも流血の痕はそう簡単に消えていなかった。

とはいえ、すでに連合軍はこの場所からは撤退しているので、これといったものは何も残っていない。


「探索と言ったって、国側は何を欲しているんじゃ?」

「さあ?」

「探知範囲を広げるとするか」

そう言って目を瞑った瞬間、少女は首を左に曲げた。

開けた左目で、後ろを見ると、遥か遠くに、銃を持った少年が確認できた。


「なんじゃ?」

驚いた少年は、少女とは反対方向に必死で走る。

しかしあっさりと少女に追いつかれ、震えながら少女に銃を向けた。


「お、お前たちに俺の父さんは殺されたんだ!」

「そうか、悪かっ

「悪びれてないだろ!!」

「!」

まだ10になるかどうかに見える少年は、涙を流した。


「お前は!僕たちの国じゃ、悪霊って言われてるんだぞ!!父さんは何も悪くない!殺される理由なんて無い!」

少年を改めて見ると、銃のほかにも、ふところにナイフも所持していた。

下っ端戦闘員の息子か。戦場の片付け雑用にでも連れてこられたのだろうか。


「そうか、悪霊か。おぬしは、ワシを殺したいのか?」

「当たり前だ!そしたら、そしたら、母さんもご飯食べられて、兄さんもずっと家にいれるんだ!」

「そうか・・」


そう言うと、少女は少年の前に屈み、少年の頭を撫でた。

「な、なにするんだ!汚れた手で僕に触るな!悪霊め!このっ!このぉ!!」

少年は少女の手を払いのけようと腕を振り回すが、少女はかたくなに、手を放そうとしなかった。


「ワシの友人がよくこうしてくれたんじゃ。しかし先日亡くなってな。短い命じゃった」

「そんなこと知ったものか!魔法使いと僕の父さんを一緒にするな!!」

そう叫ぶと、少年は懐のナイフを少女に向けて突いてきた。

リーセル!と僕が脳内で叫んだにも関わらず、少女は一切避けようとしなかった。

「中々深く刺すな。上出来ではないか」

そう言った少女の腹からは、今まで見たことのない量の黒い液体が噴き出した。

「な、なんだよ、この黒いの・・・」

少年は、顔にまで飛び散った返り血をぬぐっては目にしながら、少女を見上げた。

「さぁ?なんじゃろうな」

少女は、少年に柔らかな笑みを浮かべた。


「ほれ、ワシを殺したかったのじゃろう?殺されてやるほど女神でもないが、返り血を持って帰れば、国は喜んでくれるじゃろう」

「なんでそんな、お前には攻撃は当たらないんじゃなかったのか・・・?」

「ワシも今は省エネモードじゃからかな。ふふふ」

ふんわりと笑う少女を見て、少年も我に返ったようだった。

へたっと地面に座り込んでしまった。


「少年」

少女は声を強めて言った。

その声に、は?とつぶやきながら少年は顔をあげた。

「強く生きなさいね。君は、一人じゃない。私とは、違う。下っ端の人間が、上の立場の者を恨むのと同時に、上の立場の者も必死なのよ。それを受け入れろとは言わないわ。理解し、その上で、君は大切な人を守らないといけない。君なら、きっと守れるわ。君は私とは違うから」

「・・・・」


少年は、饒舌じょうぜつな少女を見て、ぽかんとした表情を浮かべた。

「難しかった?つまりは、人の心を大切にしなさいってことよ。決して、捨てちゃだめよ。私のようになっちゃだめ」

「でも僕もう・・・」

少年は、少女の腹の傷を見つめた。ドクドクと黒い液体が流れ続けている。

「あら、私は悪霊なんじゃなかったの?悪霊にナイフを突き立てた君は、国の英雄よ」

少年は、はっとした表情を浮かべると、下を向いた。


「じゃあなーワシはとっとと帰って治療するぜ」

色々混ざった口調でそうぼやくと、少女は空中に舞った。


少年は、しばらくその場所で硬直していると、ナイフを地面に突き刺し、何も言わずに仲間の元に戻ったとか。

魔女のはからいを無下にするつもりは無い。

僕は、人として、家族を守るんだ。

そう心に誓った少年がいた。

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