第30話 リン

くそっ。学園側は掃除をしなかったのか。

どうしようか悩んだ結果、一旦、僕だけにしか見えない目に切り替えて、部屋の中を確認する。

ああ、やっぱり。そのままだ。


部屋の中はほこりに塗れていた。

しかし、それはこの際どうでもいい。

問題は、ほこりと共に、部屋に残っている物体だ。



さて、どうするか。

さっき、あざと少年は、少女に絡みついてきたとき、一瞬、目線が鋭くなったように感じた。

腕に目をやっていたと考えるのが自然か。

彼ら二人は、国から事実を伝えられているのかもしれない。

頼りたいところだが、それも叶わないことだ。

寮母さんを頼るか。いや、掃除も彼女らの仕事なのに、この部屋が当時のままということは、彼女らはこの事実を知らないだろう。


「リン。」

必死に思考を回している僕に、リーセルが優しく声をかけてきた。

「あっ!ご、ごめ

「ええんじゃ。ワシとて馬鹿じゃない。何かあるのじゃろう?」

「・・・」

「構わん。言わなくていい。おぬしのことは信用しとる」

「そう・・・」

「おぬしの視界で見てくれ。どこかしら、寝られる場所はありそうか?」


少女は、いたっていつも通りに。しかしいつもより柔らかな声と表情で言った。

悲惨だな。と思い、僕は思わず、ふっ、と笑ってしまった。

「ふふ、なんじゃ?面白いものでもあるのか。ワシも見たかったな」

「悪いね。君には見せられなくて」

「ふふ。しかしここは戦場と似た匂いがするな。好きな匂いではない」

「そうだね。寝られる場所はなさそうだよ」

「ふむ。では、今晩くらいは、ふわふわベッドを我慢しようかの」



その部屋に広がっていた惨劇。

それは、部屋に飛び散った大量の血液だった。



少女は一つの文句も吐かずに、地べたで寝た。

天井がガラス張りになったこの部屋で。

そして部屋全体は赤い血で覆われた、この部屋で。





「せ、背中・・・。死ぬ・・・」

「さすがに極端すぎたな。すぐここを出よう」

「うむ」

視界は開かずに、手早く着替えをすまし、早々に部屋を出た。


「マイラさん。鍵」

「あら。ずいぶんとやつれてるけど、寝られなかった?それに、ちょっと鼻がツンとする匂い・・」

寮母さんは、リーセルからする慣れない匂いに気がついたらしい。芳香剤でも撒きたそうな顔で聞いてきた。

「ああ、慣れない場所で寝るのはよした方がいいらしいな。部屋にはほこりがたまっていた。匂いはそのせいじゃろう」

「そう。朝食の時間、もうそろそろよ。食べていか

「結構だ。用事があるのでな」

「っ・・」

少女は、下を向き、目を見開いて言い放った。

が、すぐに自身の非に気づいたらしい。慌てて顔を上げた。

「あ、ああすまん。度重なる任務で疲労がたまっておってな。帰ってもう一度寝るとするかな」

「い、いいのよ。体だけは、壊さないように、ね。」

「ああ」


話を曖昧に切り上げると、少女は、はっとしたような、どこか怒りを感じたような表情をして歩き出した。

「リーセル・・?」

「すまなかった。無関係の者に取るべき態度ではなかった」

「あ、いや」


実は昨日、少し考えた。

いっそのこと、少女が、自身の身に起こったことについて、気が付きだしている、と国に報告するか。

「休暇も今日で最後の予定じゃったな。今日は家でゆっくりしよう」

その悩みは今も解決したわけではない。

しかし、少女の無理をした柔らかい笑顔を見た後では、とてもそんな気になれなかった。




少女は飛行魔法を使わずに、自身の足で家に帰った。

小さいが綺麗な川をまたぐ橋をぬけ、少女の家は見えてくる。


見た目だけで簡単に言うなら、夜にはおばけが出てくる系の洋館だ。

母屋、裏には秘密の通路から通ずる研究室。そして倉庫。

絶対夜には人魂ウヨウヨしてる雰囲気しかないが、主人のせいか、どこか可愛げも感じられる。

赤レンガとは、中々センスがいい。


学園側も、少女を寮から追い出したとはいえ、気前がいい。

追い出す代わりに、代わりの家と、当面の生活費はしっかりと保証してくれた。

事実を言うなら、常に少女の家の周りは見張られているのだが、もう慣れたことのようだ。



今も、一瞬でモコモコ部屋着に着替えたかと思えば、暖炉に薪をくべてソファでウトウト中だ。

欲を言うなら風呂に入ってほしかったんだけど・・・。

「ウガッ」

・・・・

この可愛い見た目から、なんて寝言だ。

しかし、スゥーと寝息が聞こえてきた。眠ったらしい。


僕は、少女の前に膝を立てて座った。

さっきより、ずっと小さな少女になっている。

少女の肌は、疲労を知らない。まるでお餅だ。黒蜜かけたら美味しそうだな・・。

・・・・僕は馬鹿か。


眠っている時でさえ、眉間に若干しわが寄っている。

少女の癖の一つになりかけていた。

うたた寝するときは、本を持ちながら寝てしまうのも癖の一つかな。

相変わらず魔術書だ。


気づけば、少女の頬に触れていた。

哀れみとは少し違う。なんていうべきかな。言い表しにくい感情だった。

「大丈夫だから。リーセルは、優しい人だよ」

重さの無い手で、小さな頭を撫でると、僕は戻った。


暖炉の火が弱まっていた。

薪を追加したいけど。

ちょっと寒くなっちゃうな。



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