第29話 少女の秘密 Ⅱ

少女の白い腕から、黒い液体が流れ出していた。

血を吸っていた虫を、盛大にぶっ飛ばしたせいで、傷口が広がっていたらしい。


僕は必死に弁明をする。

「え、えっと、それはですねリーセルさん、

「なんじゃこのきっしょい液。なにやら変な匂いもしやがる」

自分の腕の匂いを嗅ぐと、ウェッと顔をしかませた。

「ま、なんでもよいか」

アタフタする僕を余所に、あっさり詮索をやめて、シャワーで液体を流し始めた。


よかった・・・。




「あ、おかえり~」

「うむ、すまんな。先にお風呂もらって」

マジか。男子のいる部屋に、風呂上がりで足を丸出しにするやつがどこにいるんだ。

「誤るなんてらしくないじゃないか。気持ち悪いよ」

「なんじゃ、お前は尽く・・」

この少女も、ここでは苦労人にもなる。あからさまに酒酔いをしている二人を見て、頭を抱えた。

「怒らないでよ~寂しかったんじゃん~」

イリスは、リーセルの腕に絡みついた。その隙に、先ほどの傷口に目をやりながら。

そこには、黒い液体を洗った際に、拭われた跡が残っていた。


「おい、酒豪。貴様こやつに酒飲ませてるな」

「リーセルもいる~?」

「いらん」

「子供舌~」

「16で酒豪になる奴のほうがおかしいわ」

酔っ払い二人を適当に扱いながら、少女はさっと荷物をまとめた。


「以前の部屋は、まだそのままのようだよ」

「おー」

「そうか~今日は久しぶりに寮に泊まるんだったね~」

「ああ、じゃあな。ワシはもう部屋へ行く。明日に支障が出ない程度に、早く寝るんじゃぞ」

お前が言うか・・・。

「はいは~い」

「じゃあ、おやすみ。リーセル」

「うむ、おやすみ」

軽く二人に微笑んだ少女は、荷物を持ってドアを開けた。




さすがに、男子寮と女子寮は、棟が分かれている。

(リーセルの前の部屋の風呂は既に水道が止まっているとかで、風呂だけ、少年コンビの部屋を借りた)

そのため、一度建物の外に出ないと、女子寮にはいけない仕組みだ。

「前の部屋、どこじゃったかなー」

「覚えてないのかよ」

「ワシ、ロリの頃の記憶はあまり鮮明でないのでな」

「どーせ異端児だったんでしょ。いろんな意味で」



久しぶりの寮母さんに軽く挨拶と、部屋の場所の確認(あくまで確認)をする。

先日、健康診断の結果を提出した時の女性も、元はここで働いていた。

今はエルナード城内に派遣中だ。


「あのー、

「リーセルちゃん!久しぶりねぇ。元気にしてた?」

優しそうな印象の女性だ。僕も覚えている。生徒にとっての母といえば、彼女のようなものだった。少女もなついていたし。

「ちゃん付けで呼ばれたのは久しいな。マイラさんも、変わらず元気そうじゃな」

柔らかな表所を浮かべて、少女は微笑んだ。


「あらあら。またこんなに華奢になって。血色も悪いんじゃないの?ちゃんとご飯食べてる?」

ああ、と曖昧に少女は答えたが、比較的ふくよかな体型の寮母さんと、リーセルが並ぶと、より少女の不健康さが際立っていた。

「まったく。ちゃんと、規則正しい生活を送るのよ?早死しちゃうわよ?」

「中々深い話を持ち出すではないか。そうじゃな。気をつける」

「はい。じゃあこれ、部屋の鍵。場所は最上階ね」

「うむ。どうも。では」

「はい。おやすみ」



「死ぬ。愛想笑い死ぬ」

何を久々の再会を迎えた後というのに、こんなにやつれた顔をするかね。

「いやそんなんで死んでたら、君ほんとに最強魔女?」

「眠い。早く寝たい。えーと、最上階のーどの部屋じゃったか?」

「最上階はリーセルの一室だけだったと思うけど」

「あれま」


眉間にしわを寄せた表情のまま、長い螺旋階段を上がり続けた。

塔状になっているため、最上階といえど、そこまで広々というわけでもない。

徐々に狭くなる階段を上がり切ったところに、部屋のドアは見えてきた。


そのドアを目にした瞬間、僕は少女の視界を塞いだ。

「な、なにしおる!どうしたんじゃ?」

少女は、視力がゼロに等しい右目を懸命に凝らす。

しかし、右目だけでは目の前に何かが存在することしか分からない。

「・・・このまま、何も見ずにドアを開けて」

「な、なんじゃまったく。わかったわかった」

僕の異常を感じてくれたらしく、手探りでドアを開けてくれた。


忘れていた。いや、あえて忘れようとしたのは自分自身か。

少女がなぜここを追い出されたか。



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