間章 美しい少女

第26話 無知

「なあ?ワシらが向かっていなかったら、どうなっていたか。分かってんだろうな?」

ブァン!!っという机が叩き潰された音と共に、少女が怒号をあげていた。

「・・・すまなかった。こちらのミスだ」

「あ?ミス?協会にネズミが入り込んでることぐらい分かってんだろ。さっさと排除しろや」


えー説明しよう。任務から無事帰還した少女一行は、エルナード城の一室で、お偉いさん達に怒号をあげている。という現状です。


そのお偉いさん達は、さすがにバツが悪いといった様子で目線を伏せている。

「しかも、あっちの幹部は開戦前と言ったんじゃぞ。拠点がバレて破壊された今、攻め込んでこないという確証が何処にある?」

「リーセル。それは我々も分かっている。会議中だとさっき伝えただろ」

「じゃあいつ答えは出る?」

少女と顔見知りらしい男性が、少女をなだめるも、聞く耳を持たない様子だ。


「失礼します。魔法協会からの通達で、内通者が見つかったと」

「そ、そうか」

お偉いさん達が安堵の声をあげた。

なんだ。随分早いな。と思ったけど、どうやら嘘を見抜く魔法というのを、王宮側の誰かが持っていたらしい。


「その者を拷問したところ、スフォンドらの進軍予定日はまだ先とのことです。嘘はありません」

どうやら、今すぐという話でもなさそうだ。

報酬には金一封と当面の休暇を、と告げられた少女は、そそくさと会議室を追い出された。



「結局急いで戻ったから、ウェイリルのうどんはお預けじゃ。なんてことしてくれる」

一旦学園に戻っている道中でも、キッと眉間にしわを寄せながら少女はまだお怒りだ。

「まあ、しばらく休暇もくれるし。久しぶりにゆっくりできる」

「二人とも、うどん食べたかったなら、寮に戻ってから作ろうか?」

お?と嬉しそうな顔をしながら、弟妹が振り向いたのは、もうお気づきのことだろう。




「なはー!さすがじゃ。美味しい」

さっきとは打って変わって、満面に笑みでうどんをすすっている。気が変わるのが早いもんで。

「そう?良かった。イリスも、美味しい?」

こっちも、頬をパンパンにしながらこくっと頷く。

酒豪少年は、頬杖をつきながら、美味しそうに麺をすする弟妹を眺めていた。


ここは、寮の共用スペースの一角で、生徒達が自由に使えるキッチンのようだ。

三人以外にも何人か生徒はいるが、こっちを見てブツブツと話し合った後、そそくさと部屋を出て行った。

リーセルはもとより、少年二人も、どうやら学園では有名人のようだ。

その三人が、敵国の大軍をあっさり追い返したという情報は、生徒達の耳にもすでに入っているらしい。




酒豪少年のうどんを頂いた後、ちびっこ三人衆は、エルナード城の倉庫に来ていた。

大軍を追い返した後、やつらの拠点にあった物をいくつか押収していたのだ。

有用な物はすでに回収されたらしく、他に何かほしいものがあれば、と言われてきたのだ。


「結局ガラクタしかないでしょ」

「尽く無駄足を運ばせるのが好きじゃな」

「でもお酒あるかもしれないしっ」

適当に品を漁る弟妹コンビを余所に、酒豪少年はやはりお酒探しが目的のようだ。


「これ、首飾り?中に写真が入っているけど」

「ほー国外にはこんな技術もあるのか」

いわゆるロケットペンダントのことだろう。


「子供と女性の写真?」

「ほんとじゃ。教え子とかか?」

「さあ?教え子の写真をこんな大事にしてるとか気持ち悪くないかい?女の人もいるし」

うげっと言いたそうな顔で、少女は肩に顎を乗せるあざと野郎を見返した。

「大切なやつってことではないのか?」

「なに、珍しいね」

「知らん。魔法使いのことを人外という輩の思考なんざ理解できんじゃろ」

「ま、それもそっか」


少女は、不思議な首飾りをぽいっと投げ捨てると、酒豪のほうを向きなおった。

「しゅごうー酒は見つかったか?」

「待って、探知をフル起動させて、さっき見つけた。このあたりにあるはず」

「必死だね」


そうだった。少女達は、揃いもそろって勘違いしたのではない。知らなかったのだ。

あの写真の二人が、一般的に考えれば、首飾りの持ち主の妻と子供だろうという事実を。


少女達は「家族」を知らなかった。

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