第25話 最強の魔法使い

現在、北部地域中盤。

そろそろ魔物が厄介になってくる地域のはずだ。


「いやだ、変われ」

「ならどうにかして酒豪をなだめろ」

「無茶を言うんじゃないよ」

「まあ間違いないが」


酒豪少年の酒が底をついてから3日。

そろそろやばい。


イライラの矛先が魔物に向いているのは不幸中の幸いだ。

数値にして、約30万のHPを持つ魔物も、さっきから酒豪少年が一人で瞬殺している。




「ねえ、まだ複製出来ないのかい?」

あざと野郎もしびれを切らしたらしく、少女の肩に顎を乗せだした。

「残りわずかなんじゃがなー。いまいち


二人が、ここ三日間続く同じような会話をしているときに、それは視界に入った。


「おい、なんじゃあれ」

「えーーと、

そこであざと少年の声は絶たれた。

あざと少年が、約10m後ろの木の幹に頭を強打していた。

「イリス!」

少女が声を張り上げるが、返事は無い。

「リーセル」

酒豪少年に正気に戻され、少女も、あざと少年を吹っ飛ばしたものを見る。


「おい、これ、どういうことじゃ」

薄くかかっていた霧が晴らされた先に見えるのは、戦車、歩兵、大砲の山。

甘く見て、探知を怠った所を突かれたというところか。


「敵数、約25万。大砲の数は約150。単体で強いのも何人かいる」

「ああ」


酒豪少年の本職は、サポート性能と探知性能にある。

「視」の分野を丸ごと強化する魔法を軸に、敵数や強さを図るその探知には、リーセル以上の腕前があることは間違いない。


小声で情報を共有した少年少女は、あざと少年の救護を諦め、敵に集中した。

「どこのどいつじゃ」

普段のポンコツっぷりを全く感じさせない、“戦場の虹翼”が、前に躍り出た敵に威圧をかける。

「16のガキの眼光とは思えんな。さすがは人外というべきか」

「あ?」

「ああ、お前らは知らないらしいな。ま、それはこっちが明かしてやる情報でもねえ」

「質問に答えやがれ。貴様らはどこのどいつじゃ」

仲良く揃って小柄の、ちびっこ三人衆達の身長の二倍はあるだろうか。巨体に頑丈な鎧を纏った男だ。

「そう警戒しすぎるな。こっちだって、開戦前に拠点を公にしたくない」

質問には答えないか。いや、端から少女もそのつもりで聞いていないだろう。


(敵の拠点っぽい建物に、旗が立ってる。多分、「技術国スフォンド」の連中)

(だろうな)

(と、数的には、そのお仲間。って感じかな)

「ほう」


結局役には立つ霊気通信を介して、酒豪少年が探知で得た情報を共有してくれた。

「ふんっ。結界の騒動に乗じて、まんまと無法地帯を乗っ取られていたか。魔法大国の名が泣くな」

「お?正体割れてんじゃねえか。そういう魔法があるのか。便利だな」


「推察するに、霊気の湧き所があるというのも、協会が掴まされた誤報ということだろう?」

「ああ、んで、お前らはまだその情報を信じ、まんまと兵隊を送り込んで来た訳だ。今度はガキと来たモンだ」


(酒豪、おぬしの見解は?)

(一旦引くべき、とも思う)

(・・・)

(けど、それならボクたちは、大軍をまんまと中心部に案内した大罪人だね)

脳内での会話だというのに、酒豪少年は語り終えると、にこっと笑った。


「分かってんじゃねーか。そいつ、任せたぞ。あざと野郎」

「はいはい」


「なっ!?」

黙りこけていた二人のガキが、視界から消えたその瞬間、どこからか飛んできた斬撃が、男の鎧にヒビを入れた。

思わず声を上げ、正面を見ると、吹っ飛ばして気絶していたはずの、和装の少年がゆらっと立ち上がっていた。


「おいおい、随分頑丈じゃないか」

よく見てみれば、少年の頭から血液らしい赤色は見えない。

「なんだ?他のガキ共はどこかに行ったぞ。見捨てられたか?」

動揺を隠せない。あの少年に放った一撃は、大砲のウン十倍の威力と謳われるほどのものだ。

それをあまりに小柄で華奢な少年がモロに受けたのだ。即死も回避できないはず。


いや、今この真相を必死で考えても時間の無駄だろう。所詮は魔法使い共なんだ。

なにかしらの細工を施していたのかもしれない。


先ほど部下から適当に奪った斧ではなく、今度は愛用の巨大斧をとった。

「なら、こっちも本気をだすまで!」

一瞬で少年との距離を詰め、自分の間合いに持ち込む。少年は長距離タイプ。この間合いなら俺が負けることは――


「・・君、大口叩いておいてそれだけ?」

思考が、少年の透る声に遮られた。少年の頭上に振り下ろした巨大斧は、片手で軽々止められ、男はあっさりと攻撃を食らった。

「ぐはっっ!!」

男は血を吹き出し、倒れた。

体内に強風が吹き荒れるような感覚に襲われた。


「悪いね。魔法には術師の性格が出るんだ」



「いやー怖いよねー。S気質、見た目とのギャップがこうして魔法に出るなんて」

「痛みを尽く感じさせるとは、悪趣味極まりないな」


(!?)

背後に、少年と似たオーラ、そして、絶対に開門してはいけなかった、強烈なオーラを感じた。

残った力で首をそのオーラに向けて、唖然とした。


後ろに控えていたはずの軍が全滅していた。

「な、どういうことだ。お前ら、逃げたんじゃ・・」

「聴力の壁を張られてること、気づかなかったんだ」

まるで少女のような外見の少年は、感情の無い表情を浮かべた。

「キミの後ろに、聴力の壁を張ってたんだ。すぐ後ろで、仲間が消されてる音は聞こえないようになってたってことだよ?分かるかな?」


「だ、だが!総数は25万だぞ!お前達のようなガキ共が、相手になるってのか!」

「25万如きが、ワシを凌駕できると思ったか?」

呼吸が出来ないほどの威圧に呑まれた。たかが16の女のガキの威圧に。

「ボクはキミぐらいの強さのを一匹倒しただけだけどね。リーセルに全部とられちゃった」


「今すぐ国に戻って、お偉いさんのジジイ共に伝えろ。その浅はかかつおめでたい思考をすぐに消せとな」

「た、例えお前らガキがどれだけ強くとも!我ら連合軍には

「私は最強の魔法使いだ。ガキで悪かったな」

・・・不覚にも、その場にいた全員が息を呑んだ。25万の敵を片手の一発で吹き飛ばした少女は、果たしてこの世の物なのか。そうとすら感じさせられた。

「分かったら立ち去れ。ワシは早くウェイリルのうどんが食べたいのじゃ」


少女を前に、硬直していた男は、はっと気を確かにすると、逃走用と思われる乗り物に駆けていった。

早く、あのガキの前から去らねば。そう歴戦の直感も同意していた。



「無駄な時間を過ごしたな。ウェイリル、お腹すいた」

少女は、頬に赤い血のついた表情を変えないまま、マントを翻して歩き出した。


少年二人は、少女の発言に、ほっと息をつきながらも、背筋が凍っていたのを確かに感じていた。

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