第4話 好物はまだある
なんだかんだ挨拶をバッチリこなすあたりちゃんとしていやがる。
これでまた、新入生にさぞかし大勢の虹翼ファンが出来たことだろう。
本性を知っている身からすると何となく癪な話だ。
今日の学校は午前中の始業式と入学式だけで、午後は魔法部省特別会議がある。
魔法部省とは国にいくつかあるの部省の中でも魔法のことを扱う部省のこと。
まあ名前のままかな。
そこで今日開かれる会議にリーセルも参加しないといけない。
「会議が始まるまでに何か胃に入れようか」
学校から出たところで僕はリーセルに聞いた。朝のアイスだけで一日を過ごさせるわけにはいかない。
「うむ、ならいつものカフェにしよう」
リーセルはたまーにある休日に、本屋に入り浸る。
この少女の趣味の一つが魔法書熟読なんだ。意外にも。
レイドール通りにある魔女を引退した店主が営む本屋で、ぶあっつい魔法書が所狭しと並んだ雰囲気の良いお店なんだ。
その隣がこれもまた行きつけのカフェだ。
カフェと言いながら食事は勿論、エルナード名物のリキュールやビールといったお酒まで完備しているという、ほぼレストランだ。
二十代ほどのお姉さんが営む穴場カフェでこれも雰囲気の良いお店だ。
手短に済ませるためにサンドイッチだけを頼むと、今日の会議内容についてリーセルに説明を始める。
リーセルは学生でありながら高い頻度で戦場へもかり出される。
ほぼ週5という異常な頻度で戦場へ赴いている。
だから学校に通う暇もあまりないし、休みは貴重なのに会議とは。クソ食らえ国家権力。
今日の会議内容はあまりリーセルに直接関係のない内容が多い。
だと本人も分かっているからか、いつにも増してぐーたらとしながら資料をペラペラといじっている。
会議内容は、今年の学徒兵の動員について話し合うことがメインだそうだけど、どうせ結論は決まっている。
「リーセル、今回の会議はそこまで深く関係のある物では無いからね」
「うむ、なら休ませてほしいというのに魔法部省はドSなのかのう」
「ま、まあ、今日はマスターランクの魔法使い達が全員集まる会議でもあるみたいだし、顔合わせみたいなものだよ。あまり張り詰めないで。大丈夫だよ」
「うん。分かった」
また珍しい。家の外では子供口調になることも頬を赤らめる事も無いのに。
「お待たせしました~マヨサンドウィッチ、マヨ増量でーす!虹翼様、今日もお仕事ですか?」
「ええ、会議があるそうで。ありがとうございます。お代はこれでいいですか?」
少女は最早わざとかと思うほど、平然と机から体を起こし、平然とお皿を受け取ったところで、大きな瓶をお姉さんに渡した。
「あら、蜂蜜ですか!綺麗な亜麻色。良い物ですよね?ありがとうございます!」
「いいえ、お店で是非使ってください。今度こそはしっかりとお食事を頂きに来ますね」
この国では通貨と共に、俗に言う物々交換もまだ売買の手段として残っている。
国民が通貨に慣れていない訳ではないが。
魔法使いが売買の代価として魔法を支払ったことが由来だと聞いたことがある。
そして、少女の渡した蜂蜜をうっとりと眺めながらお姉さんは答えた。
「こちらこそ!いつも虹翼様にいただくお品は品質も良くて体にも良い物ばかりですから。今回は何かなと毎回密かに楽しみにしてるんです。では、お仕事頑張ってくださいね。またお越し頂けると信じています!」
「またお越し頂けると信じています、とな」
マヨ増しのサンドウィッチを手早く胃に入れるとリーセルは呟いた。うっま。勿論、超高カロリーに間違いない。リーセルの何をしても太らない謎体質じゃなかったら即肥満だ。
「お越し頂けると信じています。」
ここの国民はみんな、こういう時同じような言い方をする。
なぜなら、魔法使いに明日があるかどうか分からないからだ。
カフェのお姉さんは魔法使いではないらしい。遺伝だ。最近は魔法使いでない国民も増えているという。
リーセルは明日も戦場。明後日も戦場だ。たとえ明日、リーセルがぽっくり死んでいたとしても何ら不思議じゃない。そんな事起こるわけが無いけれど。
実際そんなことも多い。久しぶりに学園に行くと生徒が何百人といなくなっている。
この国はそんな仕組みなのだ。非魔法使いの国民達は知らない、魔法使いの闇ってやつなのかもしれない。
僕自身、深く語れた話でも無いが。
「リーセル、そろそろ出ようか。いい?」
「うむ、学校のヘボ教員達と違って魔法部省の上官どもは面倒くさいからの」
そうなのだ。お決まりの話だが、お偉いさんになればなるほど面倒くさい人が増えるのだ。
そして今日はマスターランク集結ときてる。面倒くささ倍増だ。
「よし、そうと決まれば早く行こうか」
小さく息を吐き、目に紅い決心を灯しながら少女は立ち上がった。
お姉さんに一声かけてから店を出、光速移動を始める。
少女には無い、ずっと昔の記憶が僕の中でフラッシュバックした。
少女がもっと少女だった頃の記憶だ。
今の学徒兵達と同じく、憧れと希望を抱きながら戦場へ向かっていたもっと少女のリーセル。
戦場へ向かうとなると僕はいつも思い返してしまう。
この癖なんとかならないだろうか。
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