第33話 三人のそれぞれ

「さて。次の曲は『愛の華は咲く』です! これはアニメ化されたブイサイハイブリッドトリューバーのオープニング曲です!」

 雨宮先輩が壇上でマイクを持ち、フリフリのドレスを着て歌い出す。

 その様相はまさにアイドル。

 くるくると回り、踊る姿は普段のせびってくる雨宮先輩からは想像もできない。

 今回のオープニング曲によって雨宮先輩の名も売れるようになってきた。

 それに伴い、彼女の懐も温かくなっただろう。

 事実、いろんなメディアに引っ張りだこだ。

 僕としては少し寂しい気持ちもあるけど、彼女は売れるアイドルになった。

 これでもうお金の心配もしなくていいと思う。

 僕がそばで見守る必要もなくなった。

 そっと壁から背を離し、ライブハウスから出ていく。

 後ろでオープニング曲を感じながら。



「さ。やって参りました! 今日のゲストはカラフル先生です!」

 ティアラもとい夕花が紹介を始める。

 VTuberとして彼女は僕を小説家として見ている。

「どうも、カラフルです」

「今日は昨日に放送されたブイサイハイブリッドトリューバーの感想戦を行いたいと思います!!」

「お手柔らかに」

 僕は冷や汗を掻きながら見守る。

「アニメ化、どうでした?」

「ざっくり言うね」

 どう応えろ、と?

「そうね。私的には最高の仕上がりでした! あのサリーさんとイリアとの絡みが最高でした! そしてマックスの顔芸とか。ライの言葉が胸に刺さり、感動と笑いと、作品愛の詰まった最高の出来映え。PV発表時はどうなるか、不安だったけど、カラフル先生の英断で最高の――」

 止めどなく出てくるブイサイの感想。

 もはや僕は要らないんじゃないだろうか。

 水で口を潤している間も夕花は語り続けている。

 なんだか和むなー。

「ちょっと。カラフル先生も話して!」

「え。僕? だって散々話しているじゃないか」

 正直、僕はそこまで深く考えずに書いているからね。

 書いている途中でこっちの方が面白いかな。あのアイディアをここで使おう。

 とか、そんなことばかり考えているし。

 楽しそうならいいでないの、とは言えない雰囲気だよね。

「あー。まあ、アニメ化良かったね。最初はどうなるか不安だったけど」

「そうですよね! やっぱり先生も不安に感じていたのですね!」

 興奮した様子の夕花ちゃん。

 これでいいのだろうか。

 まあ、楽しそうにしているならいいか。

 またも水を飲む僕。

 ふむ。おいしいみずだ。後でスタッフさんに銘柄を聞こう。

「こら。先生、ゆっくりくつろがない!」

 夕花ちゃんが涙目でこちらを見てくる。

「ごめん。でも話したいことはないよ」

「むう。そんなんだから私は……」

 何が言いたいのか、分からずに困惑する。

「私は隙だらけのカラフル先生も好きだよ!」

「へ……?」

 その言葉を聞いて混乱する僕。

「だって、前々から好きだったもの!」

 公開告白!?

「きゃっ。言っちゃった!」

 照れくさそうに首を振る夕花ちゃん。

「いや、僕には彼女がいるし! それに今回は生配信じゃなかった?」

「この溢れる想いは止められないのっ!」

 素が出ているけど、大丈夫かな?

「この性欲は抑えられないのっ」

「女子が性欲とか、言っちゃダメだろ!」

 僕は困ったように眉根を寄せる。

「ムラムラしてきたのっ。さ。パンツ脱いでっ!」

「へ、変態だぁ~っ!!」

 僕は身の危険を感じ、壁まで下がる。

「……ふふ。冗談なのっ」

「冗談には聞こえなかったけどね」

 目が真剣だったし。

「ま、まあ。私がカラフルを好きになるなんてこと、絶対にあり得ないんだからね!」

「それ逆に怪しくない?」

「もう! バカバカ!」

 顔をまっ赤にして否定する辺り、やっぱりそういうことなんだろうな。

 配信が終わり、僕が最後の反省会をしていると、夕花ちゃんが頭を下げる。

「ごめんなさいっ。夕花、考えなしにあんなこと言ってっ!」

「いいよ。夕花ちゃんの気持ちは分からないでもないから」

 頬を掻くと、僕は立ち去ろうときびすを返す。

「あっ……」

「ごめんね。夕花ちゃんの気持ちには応えられない」

「うぅ……」

 静かに泣き出す夕花ちゃんを置いて、僕は自宅のあるマンションに向かう。


「おそーい。風神丸!」

「ごめんごめん。厄介ごとに巻き込まれて」

「それって夕花ちゃんの告白?」

 ずきっと胸が痛む。

「聞いていたんだ」

「そりゃね。風神丸、けっこう浮気症みたいだから」

 ジト目を向けてくる小夜。

「うん。ごめん……」

 深く頭を下げる。

「まあ、いいよ。許してあげる。今回だけだからね」

「ありがとう」

 僕は夕食の準備を始める。

 今夜はピーマンの肉詰めだ。

 小夜が唯一食べられるピーマン料理らしい。

 食卓に料理を並べると、小夜は嬉しそうに席につく。

 好きなもの、嫌いなものを知った。

 次は何を聞こうか。

 何を知ろうか。

 彼女の気持ちに触れるたび、不安が湧いてくるけど、でもこれも一つの愛の形なんだよね……?

 そうだと思いたい。

 食事を終えて、僕はお風呂に入る。

「風神丸、いい?」

「へ? あ、うん」

 風呂に入っているとドア越しに聞こえてくる小夜の声。

 僕は慌てて大事なところを隠す。

 ガチャッとドアが開く。

「何しているの!?」

「いいじゃない。恋人なんだし」

「それは、そうなのかな?」

 女性経験がなさ過ぎて、そんなことを言われても反論できないでいる。

「背中を流してあげるね♡」

 甘えた声音を上げて、歩み寄ってくる裸の小夜。

 もうとっくに決意したような顔である。

 なら、僕も。

 いやいや、僕たちまだ高校生だよ。

 風紀は守らないと。

「僕はまだ準備できていないからね!」

「いいじゃない。少しくらい」

 少しってなに!?

「いや、無理なものは無理!」

「そんなに否定しなくてもいいじゃない。覚悟を決めたのに……」

 じわりと涙を浮かべる小夜。

「ご、ごめんよ。でも、僕は……」

「分かった。ごめんね」

 しおらしい小夜を見て、僕は彼女の腕をつかむ。

 そしてそっと抱き寄せる。

「今はこれくらいしかできないから」

 そう言って僕は彼女の頬に唇を重ねる。

「もう、離さないで」

「うん」

 僕と小夜はこうして愛を深めた。




「今日のゲストはカラフル先生です」

 清楚な顔をしている小夜は、声優として前に立つ。

「どうも。カラフルです。今日も生きています」

 最近、僕にもキャラをつける方がいいと指摘された。

 確かに何かしら背負っていないと、ボロがでそうだもの。

 もともとキャラを憑依させるのは小説書いていればあることだし。

「新作の発表をするそうですね! カラフル先生」

「そうなんです。今度は『らぶらぶイリュージョン、ハイレボリューション』と銘打って、六月七日に発売です♪」

「その新作、今までと意匠が違うと聞きました。どう工夫したのですか?」

「それは、まずは今度は新規さんにも分かりやすく、現代ドラマを主軸としていますが、ファンタジーやSFのような要素がでてくるので、オタクでも楽しめますよ!」

「そう言えば、カラフル先生は前作のブイサイハイブリッドトリューバーでも、ライトノベルにこだわっていましたよね? 何故ですか?」

「僕は一ノ瀬小夜さんのお声に、その考えに惹かれてWEB小説を書き続けていました。だから、僕のいるべき場所はライトノベルなのです。声優と最も近い関係で」

「わたしも」

「え?」

「わたしも、あなたのWEB小説に救われたのです」

 僕は頭が真っ白になる。

 人を救っていた?

 それも一ノ瀬小夜を?

「ふふ。お互い助け合っていたのですね」

「そうみたいですね」

 微笑み合い、僕と小夜はしばらく笑った。


「それで? なんでそんな大事なこと、隠していたわけ?」

 音圧がすごくて、小夜に負けてしまう。

「え。いや、だって話せないでしょ」

 僕はタジタジになるしかなかった。

 彼女は毒舌だからね。仕方ない。

「あんた、どんだけわたしを信用していないのよ」

 はぁっとため息を吐く小夜。

「でも、いいじゃない。こうして恋人になれたのだから」

「それは……そうだけど」

 言葉に詰まる小夜。

 唇を尖らせて、不満そうに顔を背ける小夜。

「僕は君を愛しているよ」

「それは、わたしもよ」

 照れくさそうに俯く小夜。

 そんな彼女が愛おしい。

 僕は近寄り、ギュッと抱きしめる。

 嬉しそうに蕩けた顔を浮かべる小夜。

 やっぱり、僕たちは恋人なんだ。

 その実感が嬉しかった。

 彼女とこれから先も歩んでいくんだ。

 苦労を乗り越えて。

 幸せになるために。


                            ~完~

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WEB作家×ポジティブな僕は清楚系声優×毒舌ヒロインとエロスVTuber×幼馴染み巫女ヒロインに愛されています。時折元歌手の地下アイドル×貧乏先輩ヒロインがせびってくる。 夕日ゆうや @PT03wing

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